第353話 最悪のシナジー ※別視点

<エリック視点>


「うう、我はもう駄目じゃ。皆、我を心配してるなどと言っておいて、所詮上辺だけだったのじゃ」


「あはは、なんでだろうね。私、ちゃんとやったはずなんだけどね?あ、もしかして獣人だからとか?」


「そんなことは言わないでください。お二人とも、元気を出してください。何か食べますか?」


 エリスが、ぽろぽろと涙を零すイナリちゃんと、魂が抜けたように死んだ目をしたハイドラさんの間に挟まり、二人を抱き寄せて慰めていた。


 一旦、二人のケアはエリスに任せるとして、リズと一緒に先に原因を特定しておくことにしよう。


「リズ、原因に思い当たる節はある?」


「いやあ、わかんないね……魔の森に行く冒険者が全然居なかったとか?」


「――いえ、今日も一定数の冒険者が魔の森へ赴いていましたよ」


 リズの呟きに、アリエッタさんが答えた。遠くには他にも心配しているギルドの職員の姿が見える辺り、皆心配しているのだろう。


「あっ、じゃあやっぱり、ハイドラちゃんが言ってた獣人差別的なやつ?」


「いえ、それも違うかと。問題を起こした冒険者はギルド長が片っ端から出禁にしていますし」


「へえ、ギルド長らしいね。……でもそれなら、ますます何で?」


 リズは杖に巻きつけてある紐を弄りながらアリエッタさんに問いかける。


「恐らく、皆さんから頂いた依頼の案内書が原因です」


「え?でも、昨日ちゃんと書いたはずだよ?リズも一緒に考えたから間違いないよ!」


「その……エリックさん、一旦ご覧になって頂いてもいいですか?」


 アリエッタさんは喉まで出かかっていたであろう言葉を飲み込み、手に持っていた書面を僕に差し出してきた。


 僕はそれを受け取り、一番上にあった依頼書から目を通してみる。




『魔の森に行ってポーションを撒くだけでお金が貰える!?誰でもできる超お手軽金策依頼 嬉しい特典つき』




「何だこれ……」


 初手から胡散臭さをこれでもかと醸している文言に、思わず絶句した。この魔術師に特有の若干崩れた字体には見覚えがある。間違いなくリズが書いたものだ。


「リズ、これは?」


「ほら、皆に依頼受けてほしいじゃん?仕事内容も実際楽だしさ。だから、そこを前面に押し出すことにしたの。アルテミアの経験のおかげで、案外すんなり書けたよ!」


「……」


 僕は目頭を押さえた。


 パーティ名を決める時といい、リズのネーミング周りのセンスは「それだけは無いだろう」みたいな選択肢をピンポイントで叩き出してくる程に壊滅的なのだ。


 そんな人物が、冒険者が依頼を受ける時に必ず読む依頼書を手掛けているというのは……大丈夫なのか?いや、大丈夫じゃないからこうなっているんだった……。


 既に嫌な予感しかしないけれども、一旦問題点を洗い出すべきだ。僕は何とか気を取り直して、続きを読んでいくことにする。




『魔の森に蔓延っているイミテ草の除去 報酬は一瓶あたり銀貨一枚から 差出人:イナリ、ハイドラ』


『ギルド玄関周辺で配布しているポーションを魔の森へ持っていき、魔の森で散布する。場所を受け渡し人が指定することがある。特殊な薬品を扱う関係上、初回時は誓約書を提出する必要がある。空き瓶をギルド受付に返却することで達成と見做す。不正が発覚した場合は罰する』


『依頼を受けてくれた人には、ウサギ印のポーションと携帯食料をプレゼント!』




 題目のせいで身構えたものの、中身は案外適切で、典型的な依頼文の形式に則って過不足なく書けているように見える。


 それに、特典についても問題はない。畑の仕事を手伝う依頼で、お礼として野菜を少し貰えたりするなどのような例はしばしばある。尤も、あのタイトルを見て胡散臭さを感じた冒険者が喜んでこれを受け取るかは別だけれども。


 ただ、それはそれとして、題目の文章と硬い文章の温度差に困惑する人は多そうだ。


「……まあ、依頼書はタイトル以外大丈夫じゃないかな」


「ええ、タイトルは自信作だったのに!」


「というか、タイトルが一番問題だよ。これじゃ、普通の冒険者は依頼を受けようと思わないんじゃないかな」


「そんなあ……」


 落胆するリズを見ると少し心苦しく感じてしまうけれど、ここははっきり伝えておかないといけないことだ。


「いやでもさ、普通じゃない冒険者は受けるんじゃない?」


「……確かに。ゼロ人になるのはおかしいな」


 このギルドに来る冒険者を全て知っているわけではないけれども、例えばお金がなくて困っている者や、興味本位に怪しい依頼を受ける者というのは一定数居る。そういった層すら手を付けないとなると、もっと別の問題があるのかもしれない。


「エリックさん、その下に他の書類もあります。そちらをご覧ください」


 アリエッタさんに促されるまま、僕は依頼書を一枚捲った。


 そして目に飛び込んできたのは、紙一面にびっしりと文字が書かれた書面だった。


「……これは何?スクロール?」


「誓約書です」


「誓約書?」


「はい」


 確かに、依頼書には誓約書の提出を求める記述があった。頷くアリエッタさんを見て、僕は再び誓約書に目を落とす。


 一見魔法スクロールの類と思ったこれは、よく見れば公用語が用いられた普通の文章であった。ただ、文字が小さいうえに文章量が凄まじい。まるで商人が契約を取り交わすかのような硬い文言で、わざわざ条項を分けて書き連ねている。


 普通は何枚も紙を用意するところ、どうにか一枚に収めようとした結果こうなったのだろう。下の方に申し訳程度に作られた余白と署名欄がそれを物語っている。


「それ、ハイドラちゃんが書いたやつだよ。誓約書はちゃんとしないとお互いに困るよねって、ものすごい気合入れて書いてた」


「……これ、契約書と間違えてない?」


「誓約書のつもりで書いてるとは思うけど……ハイドラちゃんってしょっちゅう契約書とか書いてるだろうし、そのノリでやってたのかも」


「うーん……」


 僕も契約書などを作ったことは無いけれど、抜け目がないという意味で言えば、ハイドラさんは完璧に近い仕事をしているはずだ。


 しかし、冒険者の大半はこの誓約書の内容を理解するどころか、読むことすらできないだろう。少なくともディルは無理だ。多分、三行くらい読んだところで破り捨てる。


 ついでに、流し見しただけでも「ポーションを用いた際に生じる損害については責任を負わない場合がある」等、誤解を招きそうな表現がしばしば見えるのも良くないだろう。


 察するに、依頼書を見て依頼を受けようと思った冒険者はみな、誓約書の内容を誤解して不安になり、依頼を受けるのをやめたといったところか。だとすれば、ハイドラさんが報われないように思えてしまう。


 ハイドラさんを傷つけないようにこの事実を伝えるにはどうするべきだろう?そんな風に思案していると、もう一枚紙があることに気が付く。


「……あれ?もう一枚あるんだ」


 依頼書、誓約書と来たら、これ以上何も用意するものなど無い気がするけれども、一体何だろう?


 そう思って紙をめくると、紙全体に大きく拙い字で「たすけて」と書かれた紙が現れた。


「……これは?」


「それ、イナリちゃんが書いたやつだよ。『我直々に助けを求めれば、皆が集まるに違いないのじゃ』ってイナリちゃんが言ったから、文字を教えてあげながら、頑張って書いてもらったの!」


 リズがイナリちゃんの声真似をして答えるが、これは……。


「ヤバい依頼を受けた人が助けを求めているようにしか見えない」


「えっ」


 イナリちゃんが頑張って書いたという背景を知れば可愛く思えるけれども、胡散臭い依頼文面と不穏な誓約書とセットで突然これが出てきたら、誰でも恐怖を覚えるに決まっている。


「アリエッタさん、事前に修正などはしなかったんですか?」


「……はい。勧告はしましたが、皆さんがこれでいいとお答えになったので。規則上、勝手に改変するわけにもいきませんから……」


 アリエッタが俯きながら答えると、リズが静かにこの場から立ち去ろうとしていたので、ローブを掴んで引き留める。


 すると、リズはジタバタと暴れながら言い訳を口にし始める。


「だ、だってさ!リズ、アルテミアでギルド長やってたんだよ?リズの目に狂いは無かったはず――」


「……」


「……ごめん」


 こうして、今回の出来事は、イナリちゃんとハイドラさんの善意と、リズの壊滅的センスと驕りが最悪な形で嚙み合った結果生まれた悲劇だったと判明した。

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