豊穣神と勇者と冒険者
第324話 お見舞い
翌日。イナリはサニーの様子を見るため、教会の隣にある孤児院へ赴いた。右腕には、小さな菓子がいくつか入った籠が提げられている。
「さて、サニーに会うにはどうすればよいかの?」
ここに来るまではエリスが居たが、彼女とは教会での業務の為に別れている。なお、尋常でないぐらい別れを惜しむものだから、心配して見に来た他の神官に引き摺られていく形になった事は、彼女の名誉の為に黙っておこう。
閑話休題。この孤児院には既に庭で遊んでいる子供や神官が何人か見られるが、その中にサニーの姿は見られない。体調が悪いと言っていたので、施設の中にいるのだろう。
時折子供の方から視線を集めているのを感じつつ、イナリは解放されている玄関の扉を潜る。
内部は教会とは違い、様々な装飾が施された、温かみを感じるような内装になっている。正面には、錬金術ギルドと同じような如何にも受付らしい机と、手のひら大の呼び鈴がある。
それを手に取り、三回ほど軽やかな音を鳴らしてみると、奥から神官が現れる。
「お待たせしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「サニーに会いに来たのじゃ」
イナリが手に提げた籠を軽く掲げて見せると、神官は納得した様子で微笑む。
「きっとサニーちゃんも喜びますよ。さあ、こちらにどうぞ」
「――失礼します。イオリさんがお見えになりました」
「入ってくれて構わない」
先導していた神官が部屋の戸を叩いて声を掛けると、中からウィルディアの声が返ってくる。それを受け、イナリに代わって神官が部屋の戸を開ける。
「感謝するのじゃ。……それと、我はイオリではなくイナリじゃ。よく間違われるが、全くの別人じゃぞ」
「えっ!?た、大変失礼いたしました……」
「よいよい。仲間にも見紛われる程じゃからの」
イナリは尻尾を一振りしながら部屋に入り、ベッドの上に座るサニーとウィルディアの方へ目をやった。そして、声を上げる間もなくサニーが胸に飛び込んでくる。
「わっとと……昨日と言い今日と言い、誰も彼も我に突進してくるのじゃ」
「それだけ君を慕っているということさ。この子にとって『お狐さん』は勇者に引けを取らない英雄なんだ」
「お狐さん、会いたかったよ!」
「くふふ、そうかそうか。愛い奴よのう」
ウィルディアの言葉を聞いて気をよくしたイナリは、サニーに抱擁し、頭を撫でて返した。
「しかし、お主も居るとは意外であったのう」
「なに、ただ付き添ってあげていただけさ。神の力を体に取り込んだ者に関する知見がある者など殆ど居ないから、何かあった時に対応できる者は少ないんだ」
「確かにそうじゃな」
イナリはアルテミアでの一幕を想起しながら頷く。ウィルディアが言うところの知見がある者の大半は、アースによって掃除されてしまっただろう。
「まあ、こんな話は置いておこう。それより少し聞きたいことがある」
「ふむ?」
イナリはサニーに持ちこんだ菓子を与えながら話を聞く。
「アースという少女についてだ」
「あら、奇遇ね。私も貴方についての話をしたかったのよ」
話に割り込んできたのは、何処からともなく現れたアース本人であった。サニーは再び立ち上がり、彼女のもとへと駆け寄っていく。
「この際簡潔に問おう。彼女は神だね?」
ウィルディアの問いかけに、イナリはアースと視線を合わせてから頷く。
「うむ。我と同じじゃ」
「補足すると、姉であり、生みの親でもあるわ。それにしても、イナリの素性は理解しているのね。少し安心したわ」
「ああ。……待て、生みの親???」
普段は落ち着いた様子のウィルディアが露骨に理解に苦しんでいる様子は、どこか滑稽であった。そんな様子は気にも留めず、アースは話を続ける。
「さて、今度は私の番ね。貴方、元々私の正体には気づいていたようだけれど……私達を利用しようだとか、変なことは考えていないわよね?」
ウィルディアに向けて笑顔で問うアースだが、その目は全く笑っておらず、威圧感を隠そうともしていなかった。その様子に、ウィルディアもすぐに平静を取り戻して答える。
「『変なこと』がどういうものかはわからないが、少なくとも君たちに不利益なことや、敵対するようなことはしないと誓おう」
「アースよ、こやつは一番初めに我の正体に気が付いて、色々と助言をくれたのじゃ。信用に足る人物だと思うのじゃ」
「そう、ならいいのよ。ただ、釘を刺しておいて損は無いでしょ?」
「ううむ、それはそうなのじゃが……。見よ、サニーが委縮してしまったのじゃ」
アースの威圧感に圧されてか、サニーはいつの間にかイナリの尻尾の背後に避難していた。
「ここは一つ、菓子でも食べて落ち着くのじゃ」
イナリが菓子が入った籠を皆の中央に置いたことで、緊張した雰囲気は霧散した。
その後、改めてサニーの体調に問題が無いことを確認した上で、皆で食事を摂ることになった。行き先は、イナリのお気に入りの店の一つ、オリュザ料理専門店である。
「邪魔するのじゃ」
「いらっしゃい……おぉ、嬢ちゃんじゃないか!」
店主はイナリの姿を認めると、満面の笑みでもってイナリを迎えた。
「色々とトラブルに巻き込まれたって聞いたからな。またここに来てくれて嬉しいぞ」
「お主も息災なようでなによりじゃ。昨日の料理、美味であったぞ」
「それは嬉しいねえ。今日も食べていくかい?」
「うむ。今回は他にも連れが居るのじゃが、構わぬかの?」
「ああ。どこでも好きな所に座ってくれ」
店主の言葉に、イナリ達は横一列に並んで席につく。狭い店の構造上、向かい合って座ることができないのは相変わらずである。
「さて、今回もお任せじゃ」
「ああ、任せてくれ!」
店主が調理を開始する様子を眺めて興奮するサニーを見て、かつては己も見る物全てが物珍しく見えていた事を思い出した。何と言うか、良くも悪くも俗世に染まった感じがした。
イナリが妙なところでしんみりとしていると、ウィルディアが店内を見回しながら声を上げる。
「……昼時なのにこんなに客が少ないとは、この店は大丈夫なのか?」
「ハハ、そう思うかい。少し前までは繁盛していたんだがね、最近は殆ど常連だけで成り立っている店になってしまったよ」
「ふむ。それはここ最近食材の価格が高騰しているせいかね」
「ご名答。お客さん、詳しいなあ」
「どういうことじゃ?」
わかったような会話をする店主とウィルディアに反して、狐二匹と子供一人は置いてけぼりである。
「簡単に言うと、メルモート周辺の作物が全体的に不作になっているんだ。ただ、詳しい経緯は私もあまり知らない」
「ほほう。それは聞き捨てならんのう。我が居らぬ間に嵐でもあったかや?それとも干上がりかの?」
不謹慎ではあるが、「不作」という如何にも豊穣神と所縁のある言葉に、イナリはそわそわとし始めた。傍から見れば凶報に興奮する碌でなしでしかない。
「どちらでもない。話すと長くなるが、少し聞いてくれるか?」
「うむ、聞かせるのじゃ」
店主は手際よく調理を進めながら、事の経緯を話し始めた。
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