第318話 囚人番号 五八七二 ※別視点

<看守視点>


 ある日のこと。いつものように出勤すると、掲示板に新たな囚人の迎え入れに関する通達が書かれた張り紙が掲示されていた。


「この時期にか?しかも一人だけって……」


 囚人の輸送というのは、一、二ヶ月に一回程度、まとめて行われるのが決まりになっている。しかもここに来る者の大半は、殺人が共通の話題になるような救いようのない重罪人ばかりなので、余程の理由が無ければ一人だけがここに送り込まれるようなことは起こりえない。


 俺が張り紙を眺めていると、近くで休憩していた同僚が声を掛けてくる。


「ああそれな、ナイアの方の監獄が満員で、これ以上受け入れられないんだとよ」


「満員?ああ、例の獣人騒ぎか」


「そうそう」


 ナイアでの獣人騒ぎは死傷者も一定数居たが、それ以上に無力化されてそのまま投獄された者も数多くいる。それを全部一か所に詰め込んだらパンクするのは想像に容易いことだ。


「この前あっちに行った奴曰く、魔王の隣でダンスしてた方がまだマシだってさ」


「どういう例えだそれは……」


「さあな。俺も雰囲気で頷いてただけだからよくわからん。それより、その囚人はもう来てるから、飯を渡すついでに見てこいよ。女子連中がはしゃいでたぞ」


「はしゃぐ?美形の男でも来たのか」


「いや」


 同僚は俺の言葉を否定すると、手に持っていた飲み物を一口飲んで再度口を開く。


「可愛い狐の子だよ」




「我、何もしてないのじゃ。ここから出してくれたもれ」


「……」


 俺は人畜無害に見える狐少女を無視して、手元にある紙を見下ろす。


 囚人番号五八七二。


 詐欺、強盗、殺人未遂、暴動の扇動、教会襲撃の扇動、冒険者証の偽造……思いつく犯罪を全て詰め込んだような罪状リストの下には、直近まで指名手配されていたという備考と、詐術に長けている可能性が高いとの注意書き。


「のう、聞いておるかや?」


 なるほど、ここに送られてくるには十分すぎる理由だ。それにしても、はしゃいでいたという女性陣はこの注意書きを見ていないのか?


「おい、囚人番号五八七二。食事の時間だ」


「おお、待っておったのじゃ……のう、これは何じゃ」


「苦情は受け付けていない。黙って食え」


 只の純真無垢な子供にしか見えないが、その裏ではきっと何か企んでいるに違いない。俺は食事だけ渡して、これ以上余計な会話をすることになる前にさっさと立ち去ることにした。


 ……このあと、「硬くて食べられない」と言われた時は僅かに同情心を抱いてしまったが、これもきっと策略の一部に違いない。




 その三日ほど後。聖女様が五八七二と面談するために来訪した。


 罪人を改心させるための面会自体は時折あるが、囚人の審査やら日程合わせやらをすっ飛ばして、ここまで早く面会が決まるのは珍しい。曰く、幼い子供ならばこそ正しい方向へ導くべきとのことだが、まさかこれも五八七二が何か策略を巡らせたのでは……いや、流石に無理があるか。


 今のところ、看守のうち半数程度が五八七二に対して懐疑的な態度を取っている。逆に言えば、たった三日で半数が心を許しているとも言える。この様子では、皆が五八七二に気を許す日が訪れる日もそう遠くないだろう。


 俺はその中でも、最後まで疑い続ける側に立ち続けなくてはならない。捕まる直前まで爆薬や上等なナイフを携帯していたような者が、ただの純真な子供なわけが無いのだから。


 ……と、そう思っていたのだが。


「さっき聖女様御一行がお帰りになりました。五八七二ちゃんにまともな食事を出してあげて、ちゃんと人として接してあげて欲しい、だそうですよ」


 後輩の女子の言葉に、俺は己の耳を疑った。


「まさか五八七二のやつ、聖女様に取り入ったのか……!?」


「先輩、考えすぎじゃないですか?ここ数日見てますけど、五八七二ちゃんは人を騙すような子じゃないですよ。自分がしたことを理解できてないみたいですし、善悪を教えてあげれば、いい子になりますって」


「仮にそうだとして、食事にせよ教育にせよ、中途半端に慈悲をかけたところで、ここから出られないならかえって残酷だろう……」


「それは仰る通りですけど……私達の食事と同じものをあげるくらいなら別に良いと思いますけどね。聖女様のお言葉を無下にするのもよくないと思いますし、何より、五八七二ちゃんのために水でふやかしたご飯、本当に美味しくなさそうですし……」


「うーん……」


 食べ物をふやかして渡すというのは、硬くて物が食べられないという五八七二の為の措置だ。だがそれについてどこか非人道的な行いをしているような感覚はあったし、それが解消されるのは良いことと言えるのかもしれない。


 ただ、こんなことは言いたくないが、部外者、それもそれなりの地位に居る者が干渉してくるのは、こういう時に困るので勘弁してほしいというのも、また本音であった。




「美味じゃ、まともな味がするのじゃ……」


「そうか」


 結局、五八七二の食事は囚人用のものではなく、俺達看守と同じ献立をそのまま与えることになった。


 明らかに五八七二だけを贔屓している状態なので、他の囚人と衝突しないよう目を光らせておかねばならない関係上、最低でも食事が終わるまでは付き添ってやらないといけないのが面倒だ。女性陣をはじめとした一部のメンバーは喜んでこの業務に勤しんでいるらしいが、俺にそういう趣味は無い。


 それはそうと、一つ考えていることがある。五八七二は一体どうしてここに来たのかという疑問だ。


 自分で言うのも何だが、俺達看守は馬鹿じゃない。五八七二が何か俺達に対して詐術を用いたり、何らかの計略を巡らせようとしているのであれば、すぐにそれを察することができる。予め「詐術を用いる」という念押しをされているのであればなおさらだ。


 だが、今のところ裏で何かはかりごとをしているような様子もなければ、暴力的な態度も見られず、大人しいの一言に尽きる。つまり、あの罪状リストに列挙されていた数々の罪を犯した片鱗が微塵も感じられないのだ。


 となると、冤罪か、あるいは俺が想像もつかないような真相――例えば、彼女に別人格があるとか――でもない限り、五八七二がここに来た理由が説明できないのである。


「……少し調べてみるか?」


「何をじゃ?」


「いや、何でもない。黙って食え」


「むう、相変わらず不愛想な奴じゃ」


 仮に調べるとして、その手段は果たしてどうしたものか。そして、囚人の監視が仕事のはずなのに、どうしてこんな子守みたいな事をしているのだろうか。


 積もる悩みに、俺はため息をつきながら周辺の囚人を見やった。




 それから日がたつと、俺が何か行動を起こすまでもなく事態が進展した。


「五八七二についての抗議書が届いた。五八七二の保護者を名乗る連中と、五八七二を捕えた傭兵団の連名だ」


「つまり、冤罪だったということか」


「精査はこれからだから、断言はできないがな。まあ、十中八九くらいじゃないか?」


「となると、ますます五八七二ちゃんを守ってあげないといけませんよ!特にあの向かいの魔術師!あれに感化されて床に魔法陣を描き始めたりしたら最悪ですよ!」


「……確かになあ」


 残念ながら、完全な無罪が証明されるまで牢屋から五八七二を解放することはできない。だが、釈放を前提とするならば、何か問題があってはならないのも事実であり、今まで以上に気を遣う必要があるだろう。




 その矢先、事件は起こる。


 よりによって五八七二の向かい側にいる魔術師が、魔法を無効化する結界を回避して魔術を発動させたのだ。俺は五八七二を連れて逃げようと思ったが、何故かあの狐少女は魔法陣に攫われてしまった。


 理屈を考えるのは後にして、これ以上事態が悪化する前に五八七二を救い出さねばならない。


 俺は慌てて鍵を保管している部屋へ移動し、看守や偶然近くにいた兵士に声を掛けながら、五八七二を助けるために必要な鍵を見つけ出して引き返した。


 そして現場に戻ると、そこには想像もできなかった光景が広がっていた。


 普段はどのような事態があってもへらへらとしているような囚人が、皆恐怖に満ちた表情で一点を見つめている。


 その視線の先には、胸に真円状の穴が空いている魔術師の遺体と、その隣で冷静にそれを見下ろしている五八七二の姿があった。


「おお、戻ってきてくれたのじゃな!不愛想な奴じゃと思ったが、見直したのじゃ」


 こちらに気が付いて安堵する五八七二の様子は普段とまるで変わらず、俺にはそれが奇妙で仕方が無かった。

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