第314話 各々の動向:学者と聖女 ※別視点
<ウィルディア視点>
「ウィルディア様、いかがですか?」
「そうだな……一言で言えば、不可解だ」
私は今メルモートの教会で、未だにうんともすんとも言わない少年――勇者曰く、ファシリットというらしい――と、サニー君の身体に関する調査を進めていた。
「第一に、この魔道具がどのように人間の体に干渉しているのかがわからない。魔道具を解体すればある程度の見通しはつきそうだが、迂闊に取り外してこの少年に何かあってはいけないからな。……リズ君、首輪に手を触れないように」
「え?い、いや、取り外しちゃおうと思ったりなんて、してない、ですかなあ。あはは……」
「……聖女よ、リズ君が不審な動きをしたらすぐに止めてくれ」
「わ、わかりました……?」
動揺のあまり語尾がおかしくなっている教え子のことは一旦聖女に任せるとして、私は寝台に寝かせた少年を一瞥し、目の前に光の玉を出現させて左右に動かした。
「……やはり無反応か」
勇者曰く、この首輪の影響下であっても意識はあるらしい。だとするならば、魔力の塊を僅かに目で追うなどの反射的な動作はあってもいいはずなのだが、旅の道中も含めてそういった物が一切見られない。
この様では食事を与えるのも一苦労なので、今ではハイドラ君が用意した食用キューブを砕いて口の中に押し込むことで落ち着いている。……傍から見れば人道に反するという謗りを免れないだろうが、仕方が無いことだ。
そんなわけで、この少年がどのような状態にあるのかは未知数だと言える。あるいは、これを勇者の首から付け替えた女神とやらに話を聞ければ話が早いのだが、それは叶わない話だろう。イナリ君でもあるまいし。
「さて。第二に、サニー君の容態だ。神の力を後天的に取り込んでいるのに、ここまで健康なのは疑問だ。良いことではあるのだが……」
「うん。わたし、元気だよ!」
「ふふ、よかったですね。アルト神が、貴方に手を差し伸べてくれているのかもしれませんよ?」
やけに仲が良いサニー君と聖女を眺めながら考える。
今のサニー君の状態は、神の力を僅かに身に取り込んだ聖女のそれと近いと見ている。ただ、魔力と神の力と思しきものの比率は聖女のそれよりはるかに神の力に偏っていて、普通であれば命の危険があるはずの状態である。どういう原理でサニー君が元気に活動できているのか、全く理解ができない。
「そして第三に。……何故、聖女ともあろうお方がここに居るのだね?」
当然のようにここに居るから普通に接していたが、いくら教会内部とはいえど、彼女はここに居るべきでは無いはずだ。
「ご迷惑でしたか?」
「そうではないのだが……普段からこういう事をしているのかね」
「ええ、教会に預けられた子供達と話したりすることはしばしばありますよ。それに今回は教会が関与していると伺っていますし、エリス様が連れて帰ってきた子ですから、なおさら気に掛けないわけにはいかないのです」
「そうか。ならまあ、好きにしたらいい……」
私の知識が疎かっただけで、これも聖女の務めの一環らしい。
ただ、聖女と話すのは何とも言えないやりづらさを感じる。全体的にぽわぽわしているというか、私と彼女が光と影のような対照的な属性の人間だからだろうか。
「まあいい、話を少し戻そう。リズ君、ここ数日サニー君と過ごして何か気がかりな事はあったか?」
イナリ救助計画において役目が無かったリズ君には、しばらくサニー君と共に過ごしてもらい、観察を継続してもらうことにしていた。私に子供の世話が務まらないことは、ついこの間発覚したことだ。
私の問いに、リズ君は杖の先端の魔石を弄りながら首を傾げる。
「うーん、先生が知らなそうな事だと……あ、サニーちゃん、何か不思議な能力を持ってるみたい。一言で言うのが難しいんだけど……人の心が見えてるっぽい?」
「なるほど。それは俗に言うテレパシーのようなものか」
「いや、何か……形とか、色とか、そういう感じだよね?」
リズ君が頬を掻きながらサニー君に問いかけると、彼女は元気に肯く。
「うん!リズちゃんは赤い星!聖女さまは白い丸!先生は真っ黒の丸!」
「ま、真っ黒……?」
「この前街を歩いてた時、いきなりサニーちゃんが街ですれ違った人を怖がり出したことがあって。後で調べたらちょっと……その、後ろめたい感じの人だったんだよね」
リズ君が微妙に言葉を濁して告げる。
「つまり……性格がわかるということだろうか?」
「うーん、多分?話を聞いた感じ、イナリちゃんとイオリちゃんもそれで見分けてたみたいなんだよね」
「うん!よわいお狐さんは緑のおっきいもこもこで、こわいお狐さんが灰色のトゲトゲ!」
「なるほど。形でもない気がするが、ひとまずは理解した」
私は「もこもこ」という図形を知らないが、ともかく、サニー君は何らかの形で人の本質を感得できるということなのだろう。ただ、研究所の者に対して何も感じていなさそうな様子を見ると、悪人か否かを見分けられる便利な能力というわけでも無さそうだ。
「聖女の中にそういった能力を持つ者は存在するのだろうか?」
「いえ、聞いたことがありません。聖女とは、アルト神の御言葉に耳を傾け、この世界の為にお力の一部を借り受けるだけの者に過ぎないのです」
「ふむ」
比率こそ違うものの、神の力を体内に含んでいるという意味で聖女とサニー君の体内の魔力の状態が似通っているのは事実だ。
ともすれば、例えば、サニー君が人の心を目視できる能力を発現したように、聖女が皆神の声を聞く能力を得たとすれば辻褄が合うのではないだろうか?
つまりあの街の研究者達は、人に神の力を付与し、聖女を量産しようと……いや、これ以上は妄想の域になってしまうだろう。
「問題は山積みだが、引き続き調査をしてくれ。可能な範囲で記録も残して欲しい」
「はい、先生」
「よし。では私は本格的にこの首輪について調べる。今日はこの辺で――」
「お邪魔するわ」
私がこの場を締めようとすると、突如部屋に見知らぬ黒い狐獣人が入ってくる。
「あっ、くろいお狐さんだ!」
「久しぶりね、サニー、それにリズも。元気にしてたかしら?」
「う、うん。ええと、お久しぶり……って程でもない気もするけど」
「お狐さん!わたし、元気だったよ!」
「黒いお狐さん」と呼ばれた少女は、私や聖女の存在など微塵も気にせずサニー君と話し始める。
「あ、あの、貴方はどちら様ですか?この部屋の前には警備の方が居るはずなのですが」
「私はアース、それ以上の事は秘密。警備は居たけど、何か、軽く会釈したら通してくれたわ」
そんなわけが無いだろう、という言葉を私は飲み込んだ。彼女の身体に魔力が無いことに気が付き、この黒い狐の少女が只者でないことに気が付いたからだ。それを見抜かれたのか、彼女は私を一瞥してから再びサニー君に視線を戻し、ぺたぺたと頬や肩、腰を触っていく。
「うん、うん……安定しているわね、よかったわ」
「それよりお狐さん、聞いて!よわいお狐さんが捕まっちゃったの!」
「ええ、知っているわ。今日は貴方とイナリの様子を見るために来たの」
「ほんと?」
「本当よ。それじゃあそういう訳だから、また今度ゆっくり話しましょう?」
「うん、またね!」
突如現れたアースと名乗る謎の狐獣人は、サニー君に見送られながら、部屋の扉を開けて立ち去った。
「彼女は何者だ?リズ君、知っているのかね」
「……ちょっと、勝手に話したらヤバそうだからノーコメントで」
「まあ、それならそれでいい」
口元で指を交差させてバツ印を作るリズ君を見て、私は頷いた。
彼女は恐らく、イナリ君と同じ神だ。そのような上位存在を相手に迂闊な事を口走れないというのは、容易に察することができる。
しかもサニー君の身体に触れて「安定している」と言ってのけた辺りにも、何か異様なものを感じる。あちらから何も言わない限り、変に詮索しない方が身のためだろう。
「……一気に疲れたな。先に休憩にしようか」
「でしたら、使用人に皆さんの分の食事を作って頂くようお願いしておきますので、ご一緒にいかがですか?」
「……謹んで受けよう」
一人で仮眠でもしようかと思っていたのだが、突如聖女との食事会になってしまった。残念ながら、私の疲れが癒える事は無さそうだ。
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