第313話 各々の動向:傭兵との交渉 ※別視点

<エリス視点>


 倉庫改め、傭兵団の拠点に立ち入ると、十名前後の男女が各々お酒を嗜んだり、カードゲームに興じたりと、自由に過ごしている様子がありました。


 回復術師としての経験上、傭兵の方々は全体的に粗暴というか、戦闘以外に対する関心が薄い方が多い印象がありますが、ここに関してはその例から外れていると言えます。


 案内の男性に着いていき、あちこちに積まれている木箱をすり抜けるように部屋の奥へ進んでいくと、そこには傭兵団に指揮をしていた男性が待っていました。


「リーダー、『虹色旅団』が来ましたよ」


「来たか」


「ええと、どうぞ好きなとこに座ってください。あんま綺麗じゃないですけど……」


 その言葉を受けて腰掛けようとしていた椅子を見れば、確かに埃が積もっていました。仕事でもないのに神官服を汚すのは少し嫌だったので、多少不作法ではありますが、ここは立っておくことにします。


 一方のエリックさんはそれに一切躊躇せず椅子に座り、相手を見据えています。


「改めて自己紹介といこう。俺はグリニール、ここの傭兵団を率いている。ついでに、そこにいるのはマーキスだ」


「あ、どもっす。……というかリーダー。俺が言えた義理じゃないですけど、今まで名乗って無かったんですか?」


「……『虹色旅団』のことは前聞いたから、名乗らなくていい。早速本題に入るぞ」


 マーキスさんの言葉に対して鋭い視線で返した後、グリニールさんは強引に話を進め始めました。


「まずはそちらの主張を整理しよう。我々が捕えた獣人の正体は『虹色旅団』に所属していたイナリであり、獣人を扇動していた首謀者ではない。だから、イナリを牢獄から解放するために動いてほしいと。それで間違いはないか?」


「間違いない」


 グリニールさんの言葉にエリックさんが頷きます。


 そう、私達がここに来た理由は、傭兵団にもイナリさんを救うために動いてもらうためです。現状はイオリさん本人が直談判する方向で話が纏まっていますが、それがうまくいかない可能性を見越しての判断です。


 少し私情を挟むと、イナリさんを牢獄に送り込んだ彼らに一言いわないと気が済まないという理由もあるのですが。


 私たちの要望を確認したグリニールさんは、おもむろに首を振って答えます。


「結論から言うが、そちらの要望に頷くことはできない。そちらの主張としては冤罪だと言いたいのだろうが、我々は現に、その少女が獣人の長として行動していた現場を見ているし、当人が『長として』我々に投降したという事実がある」


「それはイナリさんが自衛の為に、仕方なく長のフリをして凌いでいたのです」


「とんでもねえ理論っすね」


 私の言葉に、マーキスさんがつまらない冗談を聞いたかのように苦笑します。きっと信じて貰えないだろうとは思っていましたが、これ以外に言いようが無いのが何とももどかしくて仕方ありません。


「狐族は詐術を得意とする者が多いと言うだろう。『虹色旅団』は、獣人の長という身分を隠すために、イナリに良いように利用されていたのでは――」


「勝手な想像で仲間を侮辱しないでもらいたい」


「……確かに、この切り出し方ではそう受け取られても仕方が無いな。謝罪しよう」


 エリックさんがグリニールさんの言葉を遮って声を上げれば、彼は一秒ほど間を開けて謝ってきました。エリックさんが言わなければ私が声を上げていた事でしょう。


「だが、悪いことは言わないから今一度考えた方がいい。俺たちは自分の目で以て、イナリを捕らえるという判断を下した。そしてその結果として、獣人の行動が大きく変化した。それも、依頼者が報酬に色を付けるほどに好転的にだ」


 グリニールさんは近くの机の酒瓶を手に握ります。それなりに良い銘柄な辺り、確かに儲かっているようです。


「果たして、長の『フリ』でそこまでの影響力を持つことができるか?いくらうまく立ち回ったとて、普通そんな事にはならないだろう。それを成立させるうえで考えられる可能性は二つ、イナリが元々獣人の長であったか、獣人すら騙せるほどの詐術を持っているかだ」


 グリニールさんは話しつつ、お酒をグラスに注いでいきます。


「どちらにせよ冒険者か獣人のいずれかを欺いているわけだから、イナリは何らかの詐術に長けていると見るのが自然だろう。……確認するが、本当にお前らはイナリという少女を理解しているか?利用されていないと断じることができるか?」


 グリニールさんの言葉に、私達やイナリさんを侮辱するような意図は微塵も感じられませんでした。


「狐族に限った話ではないが、迂闊に関わると火傷する種族ってのはいくつもある。立ち回りを慎重にならないといけない理由は、高等級の冒険者ならわかるだろう?」


 一通り話し終えたのか、グリニールさんはお酒が入ったグラスを一気に煽りました。それを見て、エリックさんが口を開きます。


「確かに、僕達はあの子のことを知らないし、『虹色旅団』にいる明確な理由だって、僕達が声を掛けた事以外には特に無いのかもしれない」


「ほう?」


「でも、いくつもの困難を乗り越えた仲間なのは、それこそ事実であり、揺らがないものだ。決して僕達を騙すような事はしないと断言できる」


「そうか。だが、それはあくまでお前の考えだな。そっちの神官はどう思う?」


「私ですか?そうですね、確かにエリックさんが言う通り、イナリさんが私達を騙すような事は決して無いと思います。ですがイナリさんが私達と共に居る理由が特にないかもしれないという点に関しては訂正したいところですね。私とイナリさんは言語化することすら無粋なほどの強い気持ちで結ばれているのですから、『虹色旅団』にイナリさんが滞在している理由のうち最も多くを占める動機は私が居るからで間違いないでしょう。あなた方は事実を重んじる様なので、ここは一つ、目に見える証拠を提示するとしましょう。例えばこのお守りは――」


「いや、もういい。……迂闊に関わると火傷する人間も居ることを再確認できた、感謝する」


「ええと、どういたしまして……?」


 私はただイナリさんへの愛を説いただけなのに、どうして皆さんげんなりとしているのでしょう?傭兵団のお二人だけならともかく、エリックさんまで……。


「何か、重いっすね」


「何がですか?」


「いや、何でもないっす。続けてください。……ああいや、続けてってのは本題の方で、エリスさんの方じゃなくて――」


 私がマーキスさんに向けて問えば、彼はさっと目を逸らし、しどろもどろになり始めました。


「……ええと、とにかく。僕達は誰もあの子に騙されているなどとは思っていない」


「そうらしいな。だがやはり、こちらとしてその可能性を排除できるまでには至らない。冤罪だったとして動くなら、依頼者の方にも説明する必要があるからな。あるいは、依頼として持ち込むのなら、そういった利害関係を無視して動くこともできる」


「その具体的な額は?」


「そうだな……大金貨五十枚だ」


「リーダー!?流石にそれは吹っ掛けすぎっすよ!」


「仕方ないだろう、むしろ長期的に見れば安い方だとも思うが。どうだ?」


 グリニールさんの問いかけを聞いた直後、私はイナリさんとの交信を始めます。


 ――イナリさん。イナリさんの大金貨、使ってもいいですか?


 ――む、いいよ。どうせここに居たら使えない。


「払います」


「エリス!?」


「マジっすか!?」


 私の言葉にエリックさんとマーキスさんが目を丸くしますが、イナリさんを大金貨五十枚で買えると考えれば破格です。お金を払わない選択肢などあるでしょうか?


「……参った。このまま帰ることを期待して吹っ掛けたつもりだったんだが……ああ、本当に厄介だな……」


 ……何故かグリニールさんは頭を抱え始めてしまいました。いや、私の行動が想像の範疇を越えたのだろうことは明らかなのですが、何も厄介者扱いされる程ではないと思うのですが……。


「依頼者にどう説明したものか……マーキス、今夜は皆を集めて緊急会議だ」


「そ、そうっすね。もしかして報酬返納案件ですかね……?」


 頭を抱え始める傭兵の二人を前に、エリックさんが手を上げます。


「少し待って欲しい。そちらが受けていた依頼は『獣人の集落に対処すること』ならば、イナリちゃんがどうして獣人の長として振舞えたのか説明すればいいはずだ」


「……確かに、それは知っておいた方がいいだろう。聞かせて貰おうか」


「簡単に言うと、ほぼ同じ外見の少女が長で、偶然入れ替わっていたんだ」


「……とんでもねえ真相っすね」


「んなもんわかるかよ……」


 傭兵の二人は再び頭を抱えました。


 ――そういえばエリス。この前の菓子、美味だった。ありがとう。


 ――ふふ、それは良かったです。近いうちにまた届けますね。


 ――うむ。


 それをよそに、私はイナリさんと交信して、一人笑みを浮かべていました。




 余談ですが、後日、イオリさんを連れて再訪した際、傭兵団の皆さんはまるで幽霊でも見たかのような反応をしていました。

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