第312話 各々の動向:勇者兼冒険者 ※別視点

<カイト視点>


 イナリさんがイオリと勘違いされて牢獄送りにされたという話は、まさに寝耳に水だった。でもイオリだけはその可能性を予見していたらしく、自ら牢獄に直談判すると言い出した。


 僕としてはあまり気が進まなかったけれども、他にいい考えが浮かばなかったし、元々向かう予定だったメルモートという街に牢獄があるという。


 そういうわけで、イナリさんの無実を証明するべく、急いでメルモートへと向かったものの……僕は今、イオリと共にメルモートという都市から少し離れた場所にある街の冒険者ギルドに居る。


 というのも、メルモートに入場するために必要な条件を満たすため……厳密には、イオリが入場するために必要な条件を満たすためだ。獣人種があちこちで問題を起こしているせいで、冒険者証を作り、等級3以上の条件を満たさないと街に入れることができないのだとか。


 エリックさんが言うにはそこまで大変じゃないらしいけど、少し前までは冒険者証さえ持っていればよかったらしいから、それなりに基準が厳しくなっているのは明らかだ。


「勇者様。本当にごめんなさい、私のせいで……」


「気にしないで。これで僕も正式に冒険者になれたし、結果オーライってやつだよ」


 僕は冒険者証を手に取って見せながら返した。


 これはついさっき、ディルさんと一緒に冒険者登録をしたことで手に入れたものだ。魔力が無いせいで登録に血判をさせられたのは少し驚いたけども、最近同じような事例があったらしく、案外すんなり登録が済んだ。


「……それに、もうイオリと離れるのも嫌だからさ」


「勇者様……!」


 僕の言葉を聞いたイオリが僕に体を寄せてくる。


 イオリとの関係はとても良好だ。よく慕ってくれるし、まるで妹ができたみたいで、一緒に過ごしていてとても楽しい。……たまに目が怖いというか、お互いの認識にとてつもない温度差を感じるような気もするけれど……気のせいのはず。


 周囲から視線が集まっているのを感じた僕は、体重を預けてくるイオリをそっと押し返し、依頼が張り出されている掲示板を見た。


「ええと、エリックさんが言ってたのって……これかな?」


「『ベルガ村の周辺の設備点検』……はい、これですね」


 イオリが尻尾を揺らしながら冒険者ギルドの掲示板の張り紙を読み上げ、それを手に取った。これは低い等級から受けられ、かつ僕のカメラを活かせる、いわば稼ぎ依頼だろうとディルさんやエリックさんから勧められたものだ。


「じゃあ、早速――」


「おい、そこのお前ら!」


「あ?」


 突然近くにいた冒険者に声を掛けられ、イオリが低い声を上げる。振り向いて見れば、そこにはザ・冒険者とでも形容できそうな大男が立っていた。これはまさか、異世界で冒険者になったらお決まりの、アレ……!?


 僕が場違いな感動を覚えているうちに、イオリが一歩前に出て冒険者に対して返す。


「何だ。私が獣人なのが気に食わないか?」


「あ?違えよ。あんたの方はまだしも、そっちの坊ちゃんは全然戦えそうな佇まいじゃないと思ってな。初心者だけでいきなり依頼を受けるのは危険だから警告しようと思ったんだが……」


「ん?あ、ああ……」


 ただの世話焼きな人だったらしく、僕達の間には何とも言えない空気が漂っていた。


「何となく言いたいことは分かる。こういうのは本来ギルドの連中が言うべきなんだろうが、ここのは仕事が適当なんだ。俺達で気にかけてやらないと、新人がどんどん潰れちまう」


「そうなんですね。もっとこう、僕みたいなのは来るなとか、色々言われるのかと思って」


「ああ、そりゃ昔の話だな。今時そんなことやってるような所を見つける方が大変さ。獣人の話もそうだ。確かに煙たがってる奴はいるが、大々的に絡むような奴は軒並み痛い目を見たからな……」


 冒険者の男は遠い目をして呟いた。この感じ、身近でそういう例を見てきたのかもしれない。


「で、話を戻すが。念には念を入れて、誰かしらベテランについてもらった方がいいぞ。俺でよければ着いていってやろうか?」


「その必要はない。そいつらの面倒は俺が見るからな」


「ん?……おお、ディルじゃねえか、全然気が付かなかった。久々だなあ!」


 遅れて会話に入ってきたディルさんを見て、冒険者の男が親しげな様子で歩み寄る。


「何時ぶりだ?一年くらいか。酒飲むか?」


「落ち着け、これからこいつらの面倒を見るって言っただろうが。酒は要らん」


 ディルさんは肩を組もうとする冒険者の男を手で制して押し返した。完全に置いてけぼりを食らっている僕達は、無言で顔を見合わせることしかできない。


「まあいいか、ディルが居るなら間違いねえや。お前ら、運が良かったなあ!」


「え、ええと、はい……?」


「ったく、やめろよ恥ずかしい……」


「はは、悪いな、久々すぎてつい。今度ゆっくり話そうぜ。……ああそれと、坊ちゃん。好きな子に良いところを見せようとして、取り返しがつかないことになるなんて例はいくらでもあるから、気を付けろよ」


「す、すすす、好きな子!?ななな、なにを言っているんだ!私と勇者様はそんな――」


「う、うん。僕とイオリはそういう関係じゃないです!でも、忠告はありがたく受け取ります」


 慌てて否定するイオリに乗じて、僕も冒険者の男の言葉の一部を否定しつつ感謝を示した。……何でだろう。急に隣から尋常でない殺気を感じる。な、何で……?


「あー……じゃあディル、頑張れよ」


 冒険者の男も何かを感じ取ったのか、急に会話を切り上げ、酒場へ引き返していった。それを見届けたディルさんが僕達に向き直る。


「色々と言いたいことはあるが……イオリ。カイトを勇者と呼ぶのをやめろ。悪目立ちするだけで、良いことなんて何一つないぞ」


「た、確かに」


 ……今まで教会で勇者として扱われていたことが多すぎて気にしていなかったけれども、客観的に見て、イオリが僕のことを勇者様と呼ぶのはかなり「イタい」奴なのでは?


 その考えに至った瞬間、今までの事を思い出して顔が熱くなるのを感じる。どうしてもっと早く「勇者様」呼びを止めることができなかったんだろう。


「……勇者様。その、お、お名前を呼ばせて頂いても、よろしいですか」


「うん、是非……」


「わ、わかりました。カイト、様……」


 僕とイオリは目を合わせ、そしてさっと逸らした。一連の流れを見ていたディルさんはものすごく居心地が悪そうだ。


「……ひとまず、今すぐ言いたいことはそれだけだ。特に問題が無ければ頼を受けて来い」


「は、はい!」


 ディルさんの声に、僕は依頼書を持っているイオリの手を引いて受付へと向かった。




<エリス視点>


 メルモートから少し離れた位置にある街にて。


 ディルさんにカイトさんとイオリさんの様子を見てもらっている傍ら、私とエリックさんの二人は、イナリさんを捕えた傭兵団に面会することになっていました。


「……地図によれば、ここが指定された場所みたいだ」


「うーん、見た限りただの倉庫にしか見えませんが。場所は本当にここですか?傭兵団というのは、どこもこういうものなのでしょうか」


「そんなことは無いっすよ。ここは仮拠点というか、仮眠所みたいなもんなんで」


 突然倉庫の扉が開き、中から現れた傭兵団の一員と思しき男性が私の言葉に答えました。この方は、確か――。


「あっ、この前ご一緒した方、ですよね?」


「そうっす、あの時はどうも!お二人が来るという話は聞いてますんで、とりあえず中にどうぞ」


 私達は男性の言葉に従い、傭兵団の拠点へ足を踏み入れました。

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