第303話 三人の長

 朝方まで待つと、舞台の方にそれぞれ犬、鳥、羊の三人の獣人が現れた。体に身に着けた装飾の量が他よりやや多い辺り、長の面々であろう。そのうちの一人、鳥の長が、鳥獣人に対して声を掛ける。


「パウセルよ、覚悟は決まったか」


 この鳥獣人の名前はパウセルと言うようだ。それに、覚悟を決めるなどと言っている辺り、公開処刑でもされそうになっていたのだろう。


 ともあれ、予定通りイナリは皆の前に姿を現し仲介することにする。


「待つのじゃ。こやつから事情は聞いたのじゃが、此度の件は我に原因がある故、手打ちにしてやってくれぬか」


「……ふむ、なるほど。何やら、行き違いがあったということですかな」


 鳥の長は翼で顎を撫で、イナリに細目を向けながら答える。


 説得は成功したようだが、仮にも命が懸かっているとは到底思えない淡白なやり取りに、イナリは拍子抜けした。


「ふん、つまらん」


 イナリの言葉を受けて興ざめしたと言わんばかりに鼻を鳴らすのは犬の長だ。彼はイナリを一瞥すると、集落の方へと引き返していった。


「すまない、彼はその……少し、気が立っているみたいだ。ともかく、貴方が言うのであれば、パウセルの件は皆納得するだろう」


 一方、最も紳士的な態度でイナリに誤るのは羊の長だ。彼の頭には力強さを感じさせる大きく捻じ曲がった角が二角生えているが、全身が白い毛でもこもことしていることも相まって、長の中では最も温和な印象を受ける。


「パウセル、我が娘よ。今回の采配は、君の立場が良くなることを願ってのことなのです。分かりますね?」


「……はい」


「よろしい。では、引き続き励むように」


 鳥の長はパウセルに言いつけると、彼女を拘束していた草の縄を爪で切断し、羽ばたいて木の上の巣に帰っていった。何と言うか、人が空を飛ぶ光景はどうにも奇妙に映る。


 イナリがぼうっと鳥の長が小さくなっていく光景を眺めていると、羊の長が跪いて声を掛けてくる。


「お初にお目にかかる、狐の君。噂は色々と聞いているから、その力を疑うことはしない。どうか、我らを良い方向に導いてくれ。パウセルの件に関しては、我々の方で周知しておくので、気にする必要はない。……それでは、また」


 彼は立ち上がると、他の長と同様に集落へと帰っていった。


 イナリはそれを見届けながら、パウセルの翼を掴んで立ち上がらせる。


「何というか……三者三様じゃな」


「そうですね。あれがこの集落でも幅を利かせている長達です」


「というかお主、長の娘なのじゃな」


「……違います」


「いや違わないじゃろ」


 目を逸らして否定するパウセルに、イナリはすかさず被せた。


「……自ら未来を閉ざすような決断をするような鳥頭の娘だなんて、誰が誇りに思えます?」


「おぉう、酷い言われようじゃな……」


 イナリはここの獣人達に何があったのか詳細は知らないけれども、パウセルが名を伏せていた理由はここに起因するようだ。いわゆる反抗期の一環なのかもしれないが、イナリにはわからない感覚である。


「まあいいです。ところで、先ほどはあえて聞きませんでしたけど、貴方……姉様ではありませんよね?」


「……やっぱりそうじゃよな?」


「何でそっちが疑問形なんですか?」


 パウセルは体に付いた砂埃を身震いして落とすと、呆れたようにイナリを見た。


「だって我、有無を言わさず連れ去られただけじゃし。正直、お主の話を聞いていた時、適当に話を合わせておっただけで、ずっと『こやつ何言ってんじゃろ』って思ってたのじゃ。結局、お主らの言う姉様とか、姉御とか言うのは誰なのじゃ」


「イオリ様です」


「……何となく話が見えてきたのじゃ。やはり我、人違いで連れて来られておるのじゃ」


 今でこそただの勇者大好き狐と化しているイオリだが、彼女は「真の獣の民」を率いていた実績を持つ者であり、ここの集落の者からすれば、その手腕こそ「価値がある」ものだったのだろう。


 つまり、その少女と姿が酷似している、その辺の植物をもこもこ生やすだけの神など、お呼びでないのである。一瞬とはいえ己の力を必要とされたと思って期待していたイナリは、ただの道化であったわけだ。


「全く、本当に無駄な時間を過ごしたのじゃ。疾く、我を村に帰してくれたもれ」


「それはできません」


「何故じゃ?」


「もう既に、貴方は姉様として皆に周知されています。それが虚偽であったと分かれば、関与した者はまとめて血祭りですよ」


「我に関してはとばっちりも良いところじゃな。ま、その時は逃げさせてもらうのじゃ」


「……一応言っておきますけど、ここの掟に従ったら、村まで報復対象ですからね」


「なんと迷惑極まりないのじゃ……」


 イナリはげんなりと天を仰いだ。


 ここまでをまとめると、不可視術を使おうが隙を見て逃げようが、獣人達は村に対して見当違いの逆襲を始めてしまうらしい。きっと、イナリがイオリでないことが露呈しても同様だ。


 あるいは、村の事を見捨てて逃げるという選択肢もあるかもしれないが、間違いなく人間達の獣人に対する印象は悪化の一途を辿ることになるだろう。そうしたら、いよいよ人間の街に立ち入ることすら許されなくなる可能性もある。不可視術があれば関係ないと言えばそれまでだが、二度と皆と大手を揮って街を歩けないというのは悲しいし、出来れば避けたい未来ではある。


 ではどうすればよいのか。それは単純明快で、人間達の救助が来るまでイオリとして振舞えば良いのである。姿に関しては獣人すら欺けるほどなのだから、不可能では無いはずだ。


「仕方ないのう。ここは一つ、我が腹を括って話を合わせてやるのじゃ。感謝するのじゃぞ」


「大変だとは思いますが、いわば我々は運命共同体です。うまくやりましょう。……では早速、この後の予定を説明します」


「予定とな?」


「はい。貴方はこれから、獣人達に挨拶をすることになっています」


「ふむ、挨拶とな?それくらいならお安い御用じゃ」


「それはよかったです。では、気を付けるべき事をお伝えしますね――」


 腕を組んで尻尾を揺らすイナリに、パウセルは安堵した様子でこの集落の事を説明し始めた。




 時は進んで昼下がり。


「――では只今より、我らに輝かしき未来をもたらすお方、イオリ様よりお言葉を頂く!皆、耳を立てて聞くように!」


 イナリは現在、今朝までパウセルが拘束されていた舞台の上に立たされていた。目の前には、この集落にいるほぼ全ての獣人が集結している。


 それを前にイナリが思う言葉は一つ。


 ――思ってた挨拶と違う!


 イナリが考えていたのは、一軒一軒回って「こんにちは」と言うだけの仕事だ。


 だがこれは、獣人らを鼓舞する気の利いた言葉だとか、信用を得るための場であり、ここでの立ち回りが後に響く類の行事だ。事実、獣人の中にはイナリに見定める様な目を向けている者もいる。


 選択肢が無かったとはいえ、安易にイオリに成り代わるなどと言ったのは早まった決断だったかもしれない。


 だが後悔したところで状況は変わらない。イナリは脳を全力で稼働させ、何を言うべきか考える。参考にすべきはパウセルの獣人に関する説明だ。


 一つは、獣人と触れ合う上で念頭に置いておくべき三つの事項について。


 要約すると、「嘗められたら終わり」「過激すぎず、温和すぎず、丁度いいぐらいの姿勢を見せる」「威厳はしっかり」の三点である。言うだけなら容易いが、中々に高度な要求だ。


 尤も、三点目に関してはイナリが元々持っている神としての威厳だけで十分だとは思うが……念には念を入れて、以前聖女を前に語った時のような、高圧的な姿勢は見せておいた方がいいかもしれない。


 もう一つは、獣人達の間でのイオリ像である。


 曰く、狐火を扱うことができる高位種で、敵に臆することなく行動して同族を導くと共に、人間を巧みに欺き利用する強かさにより、バラバラであったテイル国の獣人を単身で纏め上げた点が高評価を受けていたとか。


 もう一つの武勇伝として、イオリは教会との衝突で命を落としたと思われたものの、一人教会に乗り込み、崩壊に導いたことになっているらしい。当事者の一神としては、そんなことがあってたまるかと思わずにはいられない。


 最も悲しきは、イオリの全ての行いは偏に勇者のためだろうから、ここまで持ち上げている獣人達が報われない点だが……ともかく、この集落内でのイオリはそういうことになっているらしい。


 さて、それを踏まえて、イナリが導き出した答えは――。


「皆の者、よくすだきき。我はけふ、強大なる敵討ち滅ぼしし後、お主らの助けを求むる声を聞きてここに来たり。この住処の有様、世間の境地、世……かたがたなる苦難あらめど、我が言の葉に従はば定めて良きかたに進むことを契る。民よ、我が後に続くべし!」


 誰もわからなさそうな言葉で、それらしいことを言うことであった。


――――――――――――


※訳:皆の者、よく集まってくれたのじゃ。我は今日、強大な敵を討ち滅ぼした後、お主らの助けを求める声を聞いてここに来たのじゃ。この住処の状態、周辺の環境、社会……様々な苦難があろうが、我の言葉に従えば必ず良い方向に進むことを約束するのじゃ。民よ、我の後に続くのじゃ。




細かい文法などは見逃してください(小声)

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