第296話 果物屋
人混みの中を進んで案内されたのは、この街における標準的な間取りの食材屋だ。
店内の至るところに肉や野菜、果物などが陳列されていて、一角には氷に包まれた魚もある。数名客らしき者も見受けられ、フルーティとは別に店番の少年が一人いる。
フルーティは店番に声を掛けると、イナリ達を店の奥に通した。
「狭いしお世辞にも清潔感は無いですけど、どうぞ好きなところに座ってください。んで、伝言のメモはどこだったかなーっと……」
机の引き出しを漁るフルーティが言うように、イナリ達五人全員を招くにはやや狭い。少し前までこの倍の人数で行動していたのを考えると、分かれたのは正解だったかもしれない。
部屋を見回せば、使い古された杯や皿が置かれてあったり、衣服が積み込まれた籠が置いてあったりと、それなりの生活感が見て取れる。なお、全員が座れるだけの場所は無さそうなので、自然とイナリとイオリが座ることになった。
「お、あったあった。ちょーっと、ややこしいんですよねえ」
伝言メモを手の甲で叩きながらフルーティが呟くと、エリスが物憂げな表情で尋ねる。
「もしかして、獣人との争いに巻き込まれてしまっていたのですか」
「ま、それもそうなんですけどねえ。多分見た方が早いですね」
フルーティは再び机を漁り、二枚の手配書を皆の前に掲げる。
「ふむ。これ、グレイベルとベイリアの姿絵じゃな?」
「そうみたいだね。『獣人と共にアルト教に反逆を企てた容疑』か」
「そういうことです。実際、ベイリアの方は捕まったみたいで。グレイベルが色々奔走してましたよ」
「お主、グレイベルとどういう関係なのじゃ?」
「古い付き合いの友人ですよ。たまに果物を売ってるんです」
「なるほどのう?」
他の皆からすれば特に不審な点は無い受け答えであろう。しかし、イナリはグレイベル改め、グラヴェルの素性を知っているわけで、その親友ともなれば、彼も何かしらあるのかもしれない。
イナリがそんなことを考えていると、イオリが声を上げる。
「やっぱりお前、『果物屋』だよな?」
「……あれ、もしかして君、あの時の?驚きました、よく無事でしたねえ」
フルーティは仰々しく声を上げ、まじまじとイオリを見る。
「何か言い方が白々しいが……まあいい。おかげで私の目標も達成できたし、感謝したかったんだ」
「それは良かった。何か問題があって逆恨みでもされてたらどうしようかと」
「どういう懸念だそりゃ……?」
「まあ気にしないで、話を戻します。……なんやかんやあってベイリアは救出され、その後俺に伝言を託してこの街を去っていきました」
「『なんやかんや』に随分色々詰め込みましたね」
「ま、俺も知らないことはあるんで。で、それを踏まえて聞いてください。『俺たちは無事だが、教会の連中に目をつけられてしまった。獣人と関係を築いていたのが功を奏したようだから、彼らと共に行動することにする。これからどうなるかはわからないが、お互い明るい未来があることを祈る』……だそうですよ」
読み上げ終えたフルーティは紙切れを机の上に戻し、イナリ達に向き直った。
「でも悲しきかな、その後教会がどうなったかはご存じの通り。もはや教会のお触れを真に受ける人間なんて、思考回路が麻痺したバウンティハンターくらいでしょうし、こんな事なら伝言でなく、本人の口から伝えることもできたでしょうね」
「ばうん……なんて?」
「バウンティハンター。要するに、盗賊や賞金首を捕まえて賞金稼ぎすることだね」
「ほほう、なるほどの。理解したのじゃ。にしても苦労しておるようじゃな……」
「そうですねえ……」
イナリの呟きに対し、エリスがイナリの耳を軽く揉みながら同意した。……ちょっとくすぐったい。
それをよそに、ディルがフルーティに尋ねる。
「他には何も言ってないのか?」
「重要なことは特には。近況報告と挨拶をしといてくれって感じでしたからね。というわけで、引き留めて失礼しました。これで俺の用事は終わりですんで、もしよければ何か買っていてください。旅の前の食料の補給は大事でしょう?」
一体何故この男がイナリ達が帰路についていると知っているのかと思ったが、きっと先ほど皆での会議を聞いて推測したのだろう。どうにも掴みどころがない人間である。
「まあ、この街で軽く補給するつもりだったし……ちょっと見てみようか」
「そうだな」
エリックの言葉に皆が表に戻ろうとする中、イナリはそれを引き留める。
「我、少しこやつと話してよいじゃろか?」
「いいですけど、何かあったら……いや、何かされそうになった時点で叫んでください。すぐに駆け付けますので」
「わかっとるのじゃ」
イナリは手をひらひらと振って皆が部屋を去るのを見届け、フルーティに向き直った。
「さて、話とは?」
「別にそう大したことではないのじゃが……お主、グレイベルのことはどれくらい知っておるのじゃ?」
「……なるほど、君がイナリですね?」
「そうじゃが……な、何じゃ急に?」
突然一歩前に近づいてくるフルーティを見て、イナリは身構えた。場合によっては大きな声を上げることも視野に入れるべきかもしれない。
「あいや、そう怯えずとも大丈夫です。グレイベル……グラヴェルから幾らか話は聞いていますから」
「ほう」
フルーティの口からグラヴェルという名前が出たことにより、彼の立ち位置は概ねイナリが推測した通りであると確定したと見てよいだろう。
「おっと、待ってください。きっと聞きたいこともわかります。……俺が何者か知りたいのでは?」
「確かにそうじゃが……」
話が早いのは助かるが、何だか見透かされているようで手放しには喜べなかった。
「そうですねえ、答えてもいいのですが……まだ秘密ということにしておきましょう」
「あ?」
「別に後ろめたいことは無いですよ?ただ、何でもかんでも話すのはつまらないと思いませんか」
「……ううむ……」
要するに詮索するなということだろう。このまま食い下がってもいいかもしれないが、それをしたところで、あまり良い方向に物事が運ぶようには思えない。
「仕方ないのう。ではこれで話は終いじゃ」
「はい。困った時は声を掛けてください。いつでも力になりますよ!」
「はあ」
腕を曲げて声を上げるフルーティに対し、イナリは冷めた返事を返して立ち上がり、皆の元に合流した。
その後は適当に食料を吟味して購入し、馬車を回収すべくカトラス商会に向かった。そして諸々の準備を終えてナイアを発ったのは、夕暮れ時になってからであった。
人数が倍に増えたことに伴い、馬車もアルテミアに向かっていた時より大型になっている。ほぼ全員一定以上の戦闘力があるため護衛は不要だし、御者もエリック、ディル、ハイドラにイオリも加わった四人で行っているので、意外と負担は少ない。
イナリはエリスの膝の上に座って馬車に揺られながら、己の硬貨入れの中を覗き、硬貨を一枚取り出して掲げる。
「ほお、これが、大金貨……」
銀貨より一回り大きいくらいの大きさの金の硬貨は、飛竜便の中でウィルディアから手渡されたものだ。
結局、ウィルディアにより支給された群青新薬の報酬は、見積もった額の半分、大金貨百五十枚であった。ハイドラとイナリはそれを半分ずつ山分けした形になる。
貰えなかった額を見ればかなりの損失なのだが、ハイドラは大金貨百枚でも貰いすぎだと言っていたし、イナリも金に頓着しない性格なので、当人が納得しているならと、特段揉めることは無かった。
「見るのじゃエリス。この小さな硬貨に、銀貨何千枚もの価値があるのじゃ」
「ふふ、そうですね。イナリさん、使い道について、何か考えていますか?」
「んー……わからんのじゃ。結局、これが如何ほどの価値なのかが我の中で定かでない故な」
「確かに、今まで銀貨十数枚の世界にいたのに、突然大金貨を渡されても困りますよね……」
「うむ。とはいえ、これで美味なものを食べ続けられるのは間違いないのであろ?今の我はそれだけで十分じゃな」
「そうですか。ふふ、イナリさんはいつでもイナリさんですねえ」
「うむ。我はいつでも我じゃ」
イナリがエリスにもたれ掛かってくつろいでいると、目の前に赤い影が立ちふさがる。
「ちょっと待った!イナリちゃん、そんな考え方じゃダメだよ!!もしお金が余ってて困ったら、何時でもリズに相談してね!買いたい魔道具は無限にあるから、有効活用していかないと!!」
「……イナリさん、絶対、こんな風になってはいけませんよ」
「そうじゃな」
まったりとした雰囲気を破壊した赤髪の魔術師に対し、イナリとエリスは冷めた目を向けた。見かねたウィルディアもそっとリズを引きずって席に座らせた。
「うちの教え子が失礼した」
「何で!?お金があったら魔道具を買う!何が間違ってる!?」
「全てが間違っている。ううむ、リズ君のこの浪費癖、私の教え方の問題だろうか……?」
「一応これでも、全盛期と比べたら大分改善したんですけどね……」
「もっと酷い時期があったのか……!?」
頭を抱えるウィルディアの言葉に、エリスは苦笑で返す他無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます