第294話 さらば、アルテミア ※別視点あり

<イナリ視点>


 イナリは昨晩話した通り、エリス達と共に街を観光していた。既に荷物はまとめ終えてあり、日が暮れるまでには飛竜港の発着場で合流することになっている。


 なお、カイトとイオリはエリックとディルの方に任せている。きっと今は、魂が抜けたようなファシリットの様子を確認している頃合いだろう。


 己を操っていた者と対面したカイトがどのような反応を示すのかが気がかりだが、少なくとも過酷な処分は下さないだろう。……イオリが余計な事をしない限りは。


 閑話休題。イナリ達は辺りを見回しながら街道の中心を歩いていると、リズがぼやく。


「なんかもう、寂れた街になっちゃったねえ」


「うむ。折角我が労力を割いてやったというに、良いのやら悪いのやら」


 今の街の様子は復興前の閑散とした状態に逆戻りしてしまっている。たまに出会う人間も、基本的にはこの街から去る者ばかりだ。


 そのおかげで馬車に轢かれそうになったり、よからぬ輩に絡まれる可能性が低くなるのは結構なのだが、街並みだけが栄え、しかし人が居ない環境というのは何とも奇妙であり、もの哀しくもある。


「昨日まではまだ人が居たんだけどねえ……。昨日の一件のせいで、皆急いで避難しちゃったのかな?」


「それはありえそうですね。兵士も撤収しているでしょうし、教会ももはや体を成していませんし……」


 ため息をつくエリスを見て、イナリはふと疑問が思い浮かんだ。


「ここは、アルテミアという国の、アルテミアという都じゃよな?ここが消えたら、この国はどうなるのじゃ?」


「どうでしょう。戦争で滅んだわけではないですし、直ちに国が無くなることは無いと思いますが」


「そうだね。確か、王様も教皇も近くの街に退避してから考えるって感じらしいよ。行き先は別々の街だった気がするけど……」


「そうなのですね。でも、今後政争が起こりうる可能性を考えたら何とも言えませんね……」


「そういう、ややこい話は分からんのじゃ」


「ふふ、私もです。むしろイナリさんがわかったら、それはそれでちょっと怖いです」


「どういう意味じゃ」


「純粋が一番ということです」


 ジトリと睨むイナリを、エリスは微笑みながら撫でて誤魔化した。


 一方のサニーは、周辺の建物を目を輝かせながら見回し、声を上げる。


「このへん、建物がいっぱいですごいね!人がいっぱいいると、どんな感じなの?」


「うーん、そのまますぎて説明が難しいな。他の街に行ったらいくらでも見られると思うけど」


「へー。楽しみにしておくね!」


 どうやらサニーは、人混みというものを知らないらしい。


 研究所で暮らしていたとなると人で溢れかえることなどそう無いのだろうが、本人が気にかけている様子が無いから軽減されているだけで、中々に酷い話である。


 エリスはそれを受けてサニーの頭を撫でた後、ある建物の前で立ち止まる。


「ここ、私がよく来ていた喫茶店の一つで、甘味が美味しいことで有名なお店だったのですが……もう閉じてますね。残念です……」


 エリスは窓から店内を覗き込み、明らかに人気が無い様子を見て肩を落とした。


「もしかしなくても、今日行こうと思っていた場所の半分以上がこんな様子でしょうね。流石につまらないでしょうし、少し考え直しますか……」


「んや、これが最後の機会なのじゃ。行きたい場所には行くべきじゃし、これはこれで風情があるというもの。我は気にせぬよ」


「そうですか?サニーさんとリズさんはどう思いますか?」


「よくわかんないけど、いいよ!」


「私も大丈夫!先生たちと合流するまでの時間もいっぱいあるしね」


「……ありがとうございます。では次の場所に行きましょう!」


 切り替えて声を上げたエリスは、皆を先導して揚々と歩き始めた。




 その後は、エリスが修行していた時代に暮らしていた宿やら教会やらを見てまわったり、在庫処分目的で営業していた店で食事や買い物をした。荷物の都合もあり、そう大量に買うことはしなかったが。


 また、商人と話す機会もあった。曰く、今回の件をきっかけに店を畳む者も居れば、別の場所で一からやり直すつもりの者もいるらしい。他にも補償金がどうのという話もあったが、イナリにはさほど重要とも思えないので割愛である。


 さて、そんなエリスによるアルテミア観光が終わると、ウィルディアやハイドラと合流して飛竜港に集まった。そこには既にエリックらの姿があった。


「皆、おかえり。ウィルディアさんとハイドラさんの分も含めて手続きは済ませてあるから、準備が済み次第、あそこの客室に入って問題ないよ」


「それは分かったけど……エリック兄さん、結局あの人はどうしたの?」


 リズはそっと、カイトの隣に立たされているファシリットを指さして尋ねた。


「彼自体は信頼できる教会を探して預ける予定だよ。……でも、ちょっとややこしいことになってて……」


 エリックはリズに加えて、エリスとイナリを手で招いて囁きかけてくる。


「どういう思考を経たのかはわからないけど、カイト君はアースさんを敵視しているみたいなんだ。ちょっと気に掛けた方が良いかもしれない」


「はあ」


 アースが救おうとしている自分の世界の人間に恨まれるというあまりに皮肉な事態に、イナリは間の抜けた声を上げた。


 せっかく問題が一つ解決したのに、また問題を起こされてはたまったものではない。エリックの言う通り、折を見てカイトの思考を探る必要がありそうである。


 その会話が終わったと見ると、ウィルディアがエリックに向けて話しかける。


「積もる話はいくつもあるが……まずは飛竜便の手配に感謝する、エリック殿」


「いえいえ。帰る場所が同じなわけですし、これくらいどうということは無いですよ」


「のう、話の腰を折るのじゃが、お主には転移術で帰るという方法もあるのではなかろうか?」


「おお、良い質問だイナリ君。たしかに個人単位であれば、君たちに調べてもらった座標を使うことで帰ることが可能だ。しかし転移先の状態がわからないから、仮にちょうどそこに机などの物が重なっていた場合、転移した者の体は物体と競合状態に陥り――」


「なるほど無理なのじゃな、理解したのじゃ」


 詳しくは言わないでおくが、無駄にグロテスクな想像を喚起してしまったイナリは顔を顰めつつ、忘れ物が無いか確認する。


「短剣、茶の木、爆弾、硬貨入れ、それに衣服と指輪……うむ、大丈夫じゃ」


「……何回聞いても意味不明な荷物構成ですよね」


「これでも増えた方なのじゃがなあ」


 イナリはエリスの呟く声に返しながら、地に座るドラゴンの横に置かれた客室に一足先に入り、適当な椅子に座り、天井を眺めて一息つく。


 今回の旅は、魔術災害による地球人の転移に始まり、教会による獣人の精神干渉や勇者の傀儡化、アルト以外の神の認知……どれを取っても、この世界の歴史に刻まれるであろう事件が連続している、実に濃い旅だったと言えよう。


 だがここで一つ、イナリが気になったことがある。それは――。


「我、あんまり活躍しておらんかったのでは……?」


 旅の専らの目的であるポーション製造も後半には殆どハイドラが進めていたし、カイトの件では多分にアースが活躍していて、イナリはおまけみたいなものであった。


 つまり何が言いたいかというと、パッとしないのだ。


 イナリの活躍の多くは「信者に権能を使わせ、獣人の洗脳を解いた」とか「創造神のために研究所を調べた」といったような間接的な、あるいは脇役的なものばかりで、一言で誇れる成果を探すとなると、「ゴブリンの拠点を片っ端から爆破した」くらいしかないのである。


 あるいは、「豊穣神が直接手を下すまでも無かった」とでも言えば聞こえはいいが、同じ神であるアースやアルトが手を下している時点で、その理論も成立するか怪しいところがある。


「……ま、これからに期待じゃな。うむ」


 イナリはそっと現実から目を逸らし、客室の窓からアルテミアの街並みを眺める。


 この街は、アルトが初めて地上に降臨した時から存在する、長い歴史を持つ街だ。それこそ図書館に行って本でも探せば、歴史を綴ったものが何十冊と見つかることだろう。


 しかし、それもあと数日の話で、それ以降この街は過去のものとなる。


 その後、この街が人々に語り継がれるのか、それとも忘却されるのかは定かではないが……何にせよ、最終的にこの街を真に知る者はイナリだけとなるだろう。


 ならばこそ、今のうちにこの街の姿を目に焼き付けておかねばなるまい。それがこの街に対する、僅かばかりの手向けとなるはずだ。


「そうじゃ、こういう時の写真機じゃな!おおいカイトよ、ちと話があるのじゃが――」


 イナリは再び席を立ち、自分と瓜二つの少女にべたべたとくっつかれている少年に向けて声を掛けた。




<???視点>


 夜間、アルテミアを去る人々の列に紛れ、二人の神官が囁くように話し合っている。


「――というわけで、ファシリットは失敗したようですが、如何なさいましょう?回収隊を組みますか?」


「いえ、彼には尊い犠牲となって頂きましょう。それと、失敗というべきではありません。おかげであの神の手札がいくつかわかりましたし、研究所が無くなったからとて、今までの積み重ねが全て消えてなくなるわけではないのです。地道にやり直すとしましょう。次の候補地は洗ってありますか?」


「はい、こちらの地図に……如何なさいましたか?」


「ああ、これは失敬。最近、とても興味深い少女を見つけまして。わけあって手を出すことはしませんでしたが……あの少女に思いを馳せると、自然と笑みがこぼれてしまうのです」


「……妾にしたいということですか?僭越ながら、あまりそういった発言はしない方がよろしいかと……」


「違います。勝手に私を幼女趣味にしないで頂きたい」


 神官の言葉は、夜の闇に溶けていった。

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