第293話 勇者と創造神A ※別視点あり
<カイト視点>
僕が目覚めると、そこには知らない天井があった。どこか温かみを感じさせる木造の天井は、外から差し込む朝日に照らされている。少し辺りを見てみれば椅子や棚などの家具も見られるから、今は床に寝かされているとみて間違いなさそうだ。
……それで、一番気になる点なのだけれども、今の僕の体は、すやすやと眠るイナリさんによってがっちりと拘束されている。その力強さに驚くと同時に、ふわりと漂う香りと、寝息や鼓動が伝わってきてドキドキする……。
……いや待て、イナリさんは死んでしまったはずだ。ということはここは、死後の世界?それか、まだ夢の中にいるとか?
あらゆる可能性を考えて脳をフル稼働させていると、少し離れた位置から透き通るような声で話しかけられる。
「おはよう、起きたみたいね。気分はどう?」
「ええと、大丈夫です、けど……誰ですか?」
「秘密。好きに呼んだらいいわ」
どうにか姿を見たいけれども、ちょうど家具と重なって隠れてしまっている。声だけの存在とやりとりするというのは、何だか奇妙な体験だ。
「あ、あとその、隣にいるのは起こさないで頂戴。話が拗れるのは御免なの」
「え?は、はい……」
僕が立ち上がってその姿を見ようとするのを阻止するためか、彼女は先んじて釘を刺してきた。反論する理由もないから、素直に頷くことしかできなかった。
「じゃ、時間も無いから手早く行くわよ」
本来先に確認するべきはずの、ここが何処なのか、どうしてここに居るのか、その他諸々の質問は全て飛ばされ、話が進んでいく。
「貴方、自分の状況はわかる?」
「はい。ええと……操られていたんですよね?」
「あら、それはわかっているのね」
「うーん、わかっているというと少し違うかもしれません。多分そうだったんだろうなあ、くらいの感覚です。首輪を貰った辺りで変になったのはわかっているので。……あれ、そういえば首輪はどこに?」
妙に首元がすっきりしていると思ったら、首輪が無くなっていたことに気が付いた。僕は首輪の行方を尋ねたつもりだったけれども、相手の少女――便宜上、Aさんとでも呼んでおこう――は相槌を打って話を進めてしまう。
「その期間の記憶はどの程度覚えているの?」
「ええと、全体的にあやふやに、ですかね。ここに来るまでの記憶は全く無いんですけど……」
「なるほど。きっと、首輪を外してからは気絶していたのね」
不規則に意識があったり無かったりしたので、毎度脈絡のない光景を見せられていた。
知らない人と会話をしていたと思ったら魔物を倒していて、かと思ったら訳の分からない存在と戦っていたり……。例えるなら、夢を見ているような状態が一番近いかもしれない。
「実感は無いんですけど、人を攻撃していた記憶があるのも間違いないです。きっと、辛い思いをさせてしまったかもしれません」
「そうね。教会に利用されていたのだから、そういう事もあるでしょうね」
責められたり失望されたりすることを覚悟していただけに、無感情に肯くAさんに拍子抜けしてしまう。
「突然この世界に連れて来られたと思ったら、訳も分からないうちにこんなことに巻き込まれるなんて、さぞ辛かったでしょうね。……ねえ、地球に帰れると聞いたら、どうする?」
「えっ!?……ち、地球を、知っているんですか?」
大きな声を上げかけたものの、僕に抱きついている狐少女を起こすなと言う言葉を思い出し、咄嗟に声を抑えた。きっとそうなったら、Aさんと話せなくなってしまうという予感がしたからだ。
「勿論、よく知っているわよ。それで、答えは?」
Aさんの言葉に、僕はしばし考えてから口を開く。
「……帰りたいです。この世界は、僕が思ってたのとは全然違いましたし、地球の皆が恋しいです。教会にされたことも、許せるかと言ったら……全然、そんなことは無いです」
「そうよね。なら、この世界の魔王を倒――」
「でもやっぱり、僕はこの世界に居ないといけないと思うんです」
「あ゛?……こほん。どういうつもりかしら」
話を遮ってしまったからかAさんがものすごい低い声を出していたが、これは遮ってでも言わなければいけない事だ。
「前から、周囲の人から『世界を救えるのはカイトだけ』と言われていて。そんな中で僕がくよくよしていたから、どんな手を使ってでも魔王を倒す必要が出てきてしまったんだと思うんです」
「はあ、ポジティブ思考もここまで来ると呆れるわ。貴方、この世界の連中にいいように利用されてただけなのよ?」
「わかってます。だからこそ、僕が強くなって、他でもない僕の意志で物事を決めて、世界を救いたいんです」
「わあ、ご立派な事。ま、どうせすぐ挫けるだろうし、死なない範囲で好きにしたらいいんじゃないの」
Aさんは露骨に興味が失せたような声色で答えた。変なことは言っていないはずなんだけど、どうしてこんなにやる気を削いでくるんだろう……。
「……あれ?あの、まだいます?」
呼びかけてみても返事は帰って来ず、鳥の鳴き声が外から聞こえてくるだけだった。
「うーん、何だったんだろう……」
こちらの世界に来てから初めて確実に地球を知っている人物と出会えたのに、聞きたいことも聞けなかった。でも、少なくとも地球に戻る手段は知っているみたいだし、魔王を倒すことが鍵になっているのは間違いないらしい。
詳しいことが聞けなかったのはほぼほぼ僕のせいだけれども、きっとまた会える気がする。多分。
その後の僕は、二度寝をしようにも抱きついているイナリさんの感触が気になって眠れず、悶々とした状態で横になっていた。
その状況に変化をもたらしてくれたのは、冒険者のディルさんだ。部屋に入ってきた彼は僕の顔を覗き込むと、さっきのAさんと同じように僕に声を掛けてくる。
「よう。調子はどうだ?」
「あ、大丈夫です。もう自分の意志で動けます。いや、ある意味動けないんですけど……」
「だろうな、似たような事例をよく知ってる」
僕がそっと腕に抱きついているイナリさんを指せば、ディルさんは苦笑しながらそう答えた。
「で、今の僕ってどういう状況なんですか?」
「ここは俺達『虹色旅団』のパーティハウスで、お前は昨日ここに担がれてきたんだ。エリックから聞いただけだから俺もよく知らんが、今話題の新しい神サマがお前を操ってた連中を一掃して、俺たちに託したんだとさ」
「新しい神……アルト神以外ということですか」
「そうだな。他にも色々話すことはありそうだが……まあまずは飯だな。食えそうか?」
「はい、食べたいです、けど……ええと、どうしたらいいですかね」
「そいつも怒りはしないと思うし、起こしてもいいだろ。仮に怒ったとして、食事を摂るためとでも言えば納得するさ」
僕はディルさんの言葉を受けて、身をよじって拘束を解き、狐少女の肩を叩く。
「んぅ……ゆーしゃさま……勇者様!?」
「ごふっ」
彼女は僕を見るなり、尻尾をぶんぶんと振りながら僕に飛びついて押し倒し、跨ってくる。
「勇者様!私はこの時を待っていました!これからはずっと一緒ですよ!!」
「い、イナリさん。痛いからどいて……」
「ああっ、失礼しまし……勇者様。今、なんと?」
彼女は満面の笑みから一転、真顔で尋ねてくる。
……間違いなく、これは僕が何かよくない受け答えをした時の空気感だ。いい加減それはわかってきている。
「ど、どいてほしい?」
「その前です」
「ええと、イナリさ――」
僕が答え切る前に、目の前の少女は僕の顔の両隣に手を置いて詰め寄ってくる。
「勇者様。私はイナリではなくイオリです。まさかとは思いますが、見分けがつかなかったなどとは、言いませんよねえ……?」
「……あの、ディルさん。どうしたらいいですか」
「……最初は俺らもわからなかったから、落ち込む必要はない。もし騒がしくなるなら外でやってくれ。程々にな」
「ディルさん!?」
こうしてディルさんに見捨てられた僕は、イオリに小一時間問い詰められた後、朝食が出来上がるまでの間イナリさんとの違いを懇切丁寧に解説された。
……イオリとの再会は望んでいたけども、もう少しいい感じの再会がしたかったなあ。
<イナリ視点>
「ほら見てください勇者様!どちらが貴方のイオリか、もう一目瞭然ですよね!?」
起きたら、早々にしょうもない修羅場に巻き込まれた。
カイトが戻ったことでイオリの気分が高揚しているのか知らないが、付き合わされるこっちの身にもなって欲しい。
「ええと、こっち、だよね?」
「そうです!流石は勇者様!」
カイトはイオリを指させば、彼女がカイトを褒め称える。
……とんだ茶番もいいところだ。そも、服装が違うのだから見分けも何も無いだろうに、この狐娘は何を言っているのだろう。
イナリがため息をついてエリスの方を見やれば、彼女も苦笑する。
「私のイナリさんもちゃんと見分けられています。そう不安がらなくても大丈夫ですよ」
別にそんな話はしていないのだが、こっちもこっちで何を言っているのだろうか。
イナリがさらにため息を零しながら食卓につくと、リズがぼそりと呟く。
「何か、イナリちゃんとエリス姉さんを足して割ったら、イオリちゃんが出来上がりそうだよね。……あ、サニーちゃん、野菜いる?」
「いらない!きらい!!」
「だよね!リズも野菜嫌いだから分かるよ。朝食は肉だけで十分だよね!」
「二人とも野菜はちゃんと食べるように。リズも、ちゃんとサニーちゃんの手本になるように振舞うべきだよ」
「えぇ?エリック兄さん、今までそんな事言わなかったじゃん……」
「この機会に少し改めるべきと思ってね。それに大人は皆、野菜も食べているよ」
「サニーちゃん、リズと一緒に野菜、食べよっか?」
手のひらを返したリズに、サニーは露骨に顔を顰めた。
もうすぐこの街は滅ぶというのに、この家には平和な時間が流れていた。
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