第205話 経路設定会議

 イナリが馬車の後方で焼き菓子を齧りながら外を眺めていると、鎧を着こんだ兵士を乗せた馬車とすれ違った。それを目で追いつつ、イナリはエリスに問いかける。


「あれってもしや、獣人達に対処するための者かや」


「どうでしょう、規模感は定期巡回の兵士と同じように見えます。でも、件の獣人の集団との邂逅は免れないでしょうね。上手く解決すると良いのですが……」


 エリスが、遠く小さくなっていく兵士たちの姿を眺めながら呟く。


「そも、どうやって対処するのじゃろうか。やはり武力かや?」


「それは最終手段で、おおまかには交渉、警告、強硬手段の流れが普通でしょうか。ただ……獣人という属性がどう作用するか……」


「ふむ?」


「ここ最近の様子を鑑みると、獣人は既にあちこちで揉め事を起こしているみたいで、人間との衝突による怪我人も双方少なくないですから、いきなり強硬手段に出る可能性も否めません」


「確かに、昨日の村の獣人に対する接し方にせよ、メルモートの獣人の実質的な締め出しにせよ、中々極端な措置であったよの」


「そうですね、やはりどこも繊細になっているようです」


「ふーむ。昨日についてはもうよいとしても、ずっと野宿が続くのは嫌じゃなあ」


「そうですねえ。外だと安心して眠れませんよね」


「うむ。かといって、我だけ不可視術を使うのも微妙じゃし……」


 旅のメンバーのうちエリス以外は、条件を満たせばイナリの不可視術がしっかり発動する。そんな中でイナリが不可視術を発動すると、置き去り、街などに出入りする際の人数の不整合、ほか諸々、何が起こるかわからない。


 ともすれば、極力使用は控えておこうというのがイナリの判断であった。


 ……なお、昨晩、不可視術を使って私的な理由で宿屋に潜入しようとしたことは一旦置いておくとする。


「変なことにならぬと良いが」


 イナリは遠くに見えるホローバードを見ながら呟いた。




「ハイドラさんと話し合った結論として、今後の予定を共有するよ」


 二日目の夜。


 一行が森に囲まれた補給地点にて、昼間にディルが撃ち落としたホローバードを食べて夕食を済ませたところで、エリックの一声で会議が始まる。


「僕達はメルモートからトゥエンツに行ったら、そこからは主要路は使わず真っすぐナイアに向かって、そこで一旦カトラス商会からお借りした馬車は預けて、アルテミア領土内に入る予定だった」


 エリックの口から飛び出したのは、聞き覚えのない地名の数々だ。説明に当たって地図を見せてくれてはいるが、何も読めないイナリには何の助けにもならない。


「……ないあ、ってどこじゃっけ。何か、一瞬聞いた記憶があるような、無いような……」


「アルテミアとグレリア王国の国境近くの街ですよ。確か、新聞に載っていたと思います」


「あぁー……少し思い出したのじゃ。して、『とえんつ』というのは?」


「トゥエンツだ。メルモートとナイアを直線上に繋ぐ街で、北に真っすぐ行けば王都だ。……それ以外には……まあ、ちょっとデカい村って感じか?」


 イナリの問いにエリスとディルがそれぞれ答えたところで、エリックが説明を再開する。


「ただ、トゥエンツからナイアへの橋が先日の嵐で壊れて使えないんだ。だから、次に最短経路になるニエ村を経由して行く」


「『贄』!?冥土服といいその村といい、この世界、時折かなり酷い名前が出てくるのう……」


「イナリちゃん、何をそんなに驚いているの……?」


 イナリの反応に対し、ハイドラは怪訝な表情を作った。それをよそに、ディルが腕を組んで口を開く。


「……その村、あんまりいい噂を聞かねえな。近寄らない方がいいんじゃないのか」


「私も反対です。まだ多少長旅になっても、主要路を辿って迂回したほうが安全です」


「ふむ、二人してそんな反応になるとは……その村、何か曰く付きなのかや?」


「その村、昔魔物のスタンピードを通りかかったドラゴンに救われた影響で、龍神なる存在を信仰していまして、未だに生贄文化があるんですよ」


「それなら潰してしまえばよかろ。確か、アルト教を脅かしたらそうなるのであろ?」


「その通りなのですが……厄介なのが、その龍神信仰がアルト教の教えと競合せず共存できる上、住民数もさほど多くは無く、生贄文化以外には大した問題も無いので、アルト教がわざわざ潰しに出張ることもしないのです。時折問題提起されるのですが、大体なあなあになって終わります」


「なるほどのう。……まさに『贄』村というわけか。しかし、大した問題が無いというのなら、何を躊躇っておるのじゃ?」


「そこはな、余所者を縛り上げて生贄にするみたいな噂もあるし、何かと胡散臭いんだよな。エリック、それにハイドラさんも、どういう考えなんだ?」


「ええっと……ここはリーダーのエリックさんに答えて貰った方がいいか。お願いします!」


 ハイドラは回答をエリックに委ねた。この場には冒険者の方が多い以上、そちらに委ねた方が良いと判断したのだろう。


「じゃあ、ハイドラさんに代わって。前提として、ウィルディアさん達の状況を考えると少しでも急いだほうがいいことが明白ということを念頭に、ニエ村の経由を選んだ理由は主に二つ。第一に、ニエ村はアルト教の監視対象にはなっているから、それなりに神官がいるはず。エリス、確か、生贄になった人は教会に保護されていたはずだよね?」


「……確かに、そうなっていますね。子供であれば、発見次第アルテミアの孤児院に保護されていたと記憶しています」


 エリックの問いに、エリスは頷き返した。


「うん、それが神官が居ると言える根拠の一つだね。しかも、僕達の中にもエリスという神官がいるわけだし、万が一にでもニエ村の住民も迂闊な事はできないはず。つまり、道中の安全は比較的担保されている」


 エリックは指をもう一本立てる。


「第二に、一応の道は整備されている点。他にも最短経路の選択肢はあったけど、どれも獣道や山の中を抜けるようなルートばかりになる。となると、魔物襲撃のリスクや防寒装備の有無、物資状況を鑑みると、ニエ村を通過するのが一番いい。勿論、通り抜けるだけだから、長期滞在なんてしなくていい」


「うーん……まあ、聞いた限りだと大丈夫そうな感じはするが……」


「思い返せば神官の中には監視任務が課される方も居ましたし、悪い印象が先行しすぎなんですかね……」


「エリスは物事を悪い方向に捉えがちじゃからの。まあ、我はよくわからんかったが、エリックとハイドラが話し合った上で出した結論で、確かな根拠があるなら良いと思うのじゃ」


「イナリが言うと一気に不安になってきたな。やっぱりやめねえか?」


 イナリの発言で態度を急変させるディルに対し、イナリは渾身の蹴りをお見舞いした。彼の体は鉄かと思う程に硬く、イナリの足がじんわりと痛むだけの結果に終わった。


「ひとまず、異論が無ければこの方針で進めるよ。一応、トゥエンツに着いたらもう一度情報収集はするから、あくまで暫定的なものと思っておいてくれればいいよ」


「というわけで、明日の夜にはトゥエンツに着いて、一日休んだらすぐ出発する予定なので、皆で頑張りましょう!」


 エリックが締めくくり、ハイドラが激励の言葉で奮い立たせた。


「……ところで、その『とえんつ』に獣人は入れるのじゃろうな?」


「……ええーっと、メルモートと同じ基準で考えれば、入れる、はず……?」


「その辺も要調査ってことだな……」


 イナリの言葉に、ハイドラが歯切れの悪い返事で返す。会議は、何ともしまりの悪い締めくくりとなった。

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