第190話 謎の手紙

 半分寝ていたイナリが復活し、男性陣が着替えを済ませたところで、一同はパンと昼食の余りのシチューを夕食として食べながら、各々席について話し合いを始める。


「では、最初の議題です。イナリさん、アステ改め、アースさんについて教えていただけますか?」


「ううむ、といっても、我が言える範疇では、我の姉だとか、その程度じゃ……」


「まあ、その程度でも十分だよ。とにかく、イナリちゃんの口から、アースさんとの繋がりがあると確認できたという事実が大事だからね」


「うむ、聞かれても困る事ばかりじゃからな、助かるのじゃ」


「私はもう一歩踏み込みたいです。イナリさんから見て、あの方は信用できるのでしょうか」


「その点は問題ないのじゃ。アースは我に、美味な菓子、茶、寝具ほか諸々をくれたからの、信用できるのじゃ」


 イナリは自信満々に答えるが、一同の反応は渋いものであった。


「……その基準だと誰でも信用できる人になれそうな感じがするが。本当に大丈夫か……?」


「我だって何も考えていないわけでは無いのじゃ。しっかり話し合った上で我が大丈夫だと断じているのだから、それを信用するのじゃ」


「……まあ確かに、今のところイナリが知らん奴にほいほいついていった例は無い……か?」


「そういうことじゃ。ディルよ、もっと我の事を信用するのじゃ」


「いやあ、難しい相談だな……」


「うーん、信用できますか。そう、ですか……」


「エリスよ、何か問題があるのかや?」


「……いえ、特には」


 イナリから見れば、一瞬だけエリスの表情に明らかに問題ありと言いたげな表情が読み取れたが、他の二人は特に気がついていないようだし、本人が問題ないというのならば、ここは一旦流しておくことにした。


「んじゃ、この話は終わりだな。次は俺たちの方からだ」


 ディルがそう切り出すと、机の上に三枚の小さな紙を並べた。


「……何ですか、これ?」


 エリスが心底不思議そうな声を上げて問うと、エリックがそれに答える。


「わからない。ギルドから受け取ったもので、僕たち宛てに出された手紙……かな?今朝届けられていたみたいで、紙には『2』『5』『9』と数字しか書かれていない。差出人はウィルディアさんみたいなんだけれど、二人とも、何か聞いていないかい?」


「私は特に聞いていませんね。イナリさんは?」


「我も思い当たる節は無いのう。数字を使った占いでもしているのじゃろうか」


「占いは女子がよくやるってのは知ってるが、あの学者さんがそんなタイプの人間には思えんがな」


「ディルさん、女子のイメージを知識として語るのは虚しいだけですから、やめた方がいいですよ」


「……うるせ」


「ううむ、経験で言えば、占いをしていた人間を見たことはあるのじゃ。星の位置がどうとか、甲羅を割ってその割れ方を見るとかの。しかし、どうしてそれで未来が予測できるのじゃ?甲羅を割って未来がわかったら、我、こんな苦労してないのじゃ」


「あ、あはは。本業でもないと、そんなもんですよ……」


 微妙にリアクションに困るイナリの言葉に、エリスは苦笑した。


「まあ、とにかく。二人とも何も知らないのなら、流石に番号札を送って終わりなんてことは無いだろうし、気長に待とうか」


「それがいいと思います」


 話が一段落したところで、イナリは一つ気になった事を確認することにした。


「……すまぬが、ちとその手紙を見せてくれぬか?」


 イナリが手紙を要求すると、エリックがそのうちの一枚を手渡してくる。


 イナリはそれを受け取ると、大きく書かれた数字らしき文字と、小さく書かれた宛先らしき文字をまじまじと見つめる。


「イナリちゃん、どうしたの?何かわかった?」


「……いや、何というかの……。この手紙の内容は、暗号とかではないのじゃよな?お主らが普段使っている一般的な文字なんじゃよな?」


「ええ、そうですね。それがどうかしましたか?」


 手紙の内容が極めてシンプルなものであることを確かめた上で、イナリは手紙を穴が空くほど見つめ、一つの結論を導く。


「……ううむ。我、文字、読めなくなっているかもしれぬ……」


「それは……。イナリさん、こちらはどうでしょうか」


「これは……先の活動記録か。ううむ、まるで読めぬな」


 どうやら、今回アルトが用意した言語モジュールの対応領域は「話す・聞く」止まりなようだ。


「あやつ、さては忘れておるな?これは後で苦情を入れねば……」


「苦情……?」


「あいや、こちらの話じゃ。気にせずともよい。多分そのうち読めるようになるじゃろ」


「どういう理屈なのかすげえ気になるんだが……」


「気にするなといったら気にするな、なのじゃよ」


「……腑に落ちねえ……」


 イナリの半ばゴリ押し気味の言葉に、ディルは天井を見上げて呟いた。


「……それじゃあ、これで最後かな。イナリちゃん、調子はどう?何か異常はない?」


「うむ、文字が読めなくなっている点以外は、至って正常じゃ」


「そっか。でも色々あって疲れているだろうし、様子見も兼ねて明日は休みにしておこうか。一応、魔の森の定期調査依頼もあったんだけど……他に受けるパーティがいくつかあるだろうし、僕達が無理して行く必要は無さそうだね」


「それはありがたい話じゃが、お主らだけで行ってきてもよいのじゃぞ?」


「いや、それは多分エリスが難しいかもなあ……」


「はい。イナリさんを一人にするのは許可できません」


「そ、そうか……」


 ディルが椅子の手すりに寄りかかりながら口を開く。


「でも、この前のゴブリン退治はそれなりに動けてたし、ある程度社会性を身につければ大丈夫だとは思うぞ。そんな日が来るのかは知らんが」


「一言余計じゃぞ」


「あとこの前、要塞の一件でわかったことだが……。イナリお前、逃げ足だけなら俺とタメ張れるくらいすばしっこいぞ。あのバサバサした服と走りにくそうな靴でどうやって動いてんだってくらいにな」


「それも一言余計じゃぞ」


「でもそれなら、イナリさんが活躍できる日も近いのでは?」


「いや、それは微妙だな。基礎体力が冗談みたいに無いからな」


「全部余計じゃぞ……」


 ディルに上げて落され続け、イナリの心はボロボロだ。そんなイナリの頭を撫でながら、エリスが話題を切り替える。


「というか、臨時調査じゃなくて、定期調査になったんですね」


「名前が変わっただけで特に内容の変化は無いけどね。これからも魔の森は残るだろうし、ずっと臨時依頼を出しておくわけにもいかないだろうってことみたいだ」


「……前から思っていたんですけど、エリックさんって、もう半分ギルド事務員みたいなものですよね」


「我、も冒険者の知識の標準はわからぬが、エリックは妙に詳細な情報を流してくることが多いようには思っておったのじゃ。やはり、こやつが特殊なのかや」


「ははは……何というか、踏み込みすぎて抜け出せなくなってしまった感じはしているよ」


「引退後の進路は安泰じゃねえか。素直に喜んでおきな」


「ううん……そう、かなあ……?」


 ディルの言葉に、エリックは曖昧に頷いた。

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