第185話 力って何だ

「ううむ……我の力を使えるように……?」


 アースから神器を受け取った後。


 イナリはアースが小屋に置いていった良質な布団と毛布に包まりながら、アースが去り際に残していったアドバイスについて思考する。


「そういえば、エリスやらは、アルトの力の一部を行使しているのじゃったか」


 過去に回復魔法やその大分類である聖魔法について聞き齧った事や、回復魔法の詠唱句に「神よ」とか言っていたところを総合的に考えていけば、これは間違っていないはずだ。


「……となると、それと同じようなことが、我にもできるということか……?」


 イナリの本分である豊穣神としての力は、自分を中心とした一定範囲の土地の植物の成長を促すだけだと思っていたが、ここに来て新たな可能性が生まれた。


 ただ、そういった可能性を考えるならば懸念するべきことがある。


「エリスが、我の信者……というのはまあ、あまり疑う余地も無いが」


 これは正直、「まあそうですよね」という感じだ。正直、さほど驚く事ではないし、問題はそこではない。


「我、アルトの信者を奪ってないかの……?」


 エリスは、少なくとも建前上は、アルト教の神官のはずだ。それがイナリの信者になっているというのは、色々と大丈夫なのだろうか。


 まず第一に懸念すべきは、今イナリが呟いた通り、アルトの信者が一人減ったという点だ。


 イナリが知る限り、少なくとも、神は信者なしでも全然平気だ。イナリの実体験で言えば、信者……らしき者がたくさんいたころも、人一人いなかったころも、良くも悪くも、調子は変わっていない。


 だが、イナリとアルトでは、同じ神という括りであっても、豊穣神と創造神では大きく性質が違うので、その例がそのまま適用できるかどうかはわからない。


 流石に、いくらでもいる人間の内たった一人の信者を失ったところで、その影響は全く無いとみていいだろう。しかし万が一、アルトが信者の数の変動によって何らかの影響を受ける場合には、将来的に問題になり得るし、一応確認くらいはしておくべきか。


「流石に我とアルトは仲間じゃし、問題にはならないじゃろうが……一応話は通しておくことにするかの」


 さて、この問題はいいとしても、第二に、エリスについての問題がある。


 彼女はアルトの力を使って回復魔法やら結界やらを使っていたはずだが、イナリの信者になった今、彼女のその力はどうなるのだろうか?


 もし仮に使えなくなっていたとしたら、彼女の回復術師としての活動に影響が出ることはほぼ確実だ。


 ついでに、以前話に聞いたアルテミアほどではないにせよ、イナリがエリスと会って間もない日に注意されたことを思い出せば、この世界が全体的にアルト教以外に当たりがやや強そうな雰囲気がある。エリスがアルト教信者でないと露呈した時、イナリ教信者……もとい異教徒に対する人間の反応はどうなるだろうか。


「……いや、そも、イナリ教って何じゃ。我、何も教えた覚えはないのじゃが」


 何にせよ、どうにもならなそうだったら、魔の森でエリスと二人暮らしでもしよう。それはそれで、きっと悪くはないはずだ。


「それに、アースは一体どうやってエリスが我の信者と認めたのじゃろうか?」


 エリスが自称していたならともかく、アースの口ぶりからすればそれはあり得ない話で、何かそれ以外の根拠からエリスがイナリ信者であると断定しているはずだ。


「例えば、何か札のようなものがあって、そこに何の信者か掲示されているとか……?あるいは、何か魂の色みたいなのが見えるとか……?ううむ。考えていても埒が明かぬな。早速、アルトと話すとするかの」


 イナリは布団の中でもぞもぞと動き、指輪を使ってアルトとの通信を開始した。


「アルトよ、聞こえておるか?」


「はい、狐神様!少々お待ちください」


 イナリの呼びかけに、アルトは軽い返事を返すとしばし声が遠くなる。きっと今も世界の調整作業をしているのだろう。ここは少し集中して、彼がどういった呟きを零しているのか聞き耳を立ててみよう。


「……えーっと、これで……あっヤバ……大丈夫かな……?まあいいか……。すみません、お待たせしました!」


「待て、本当に大丈夫かや?何か不穏な感じがしたのじゃが」


「いえ、大丈夫です、はい。お気になさらず」


「そ、そうか……?」


「それで、どうなさいましたか?言語モジュールはもう付与できているはずですが、何か問題が?」


「いや、それは問題ない……と思うがの」


 イナリの返事が曖昧なのは、言語モジュール云々は、実際に現地人と話すまでどうなっているかはわからないためである。


「そうではなくての、アース曰く、お主の信者が一人、我の信者になったようでの。その点問題が無いか確認しようと思ったのじゃ。ついでに、信者の見分け方があれば教えてくれぬか?」


「なるほど。ひとまず、信者の件については了解しましたし、問題もございません。何なら、我々はこうして繋がっているわけですし、もっと手広くやっても構いませんよ?」


「いや、そのつもりは無いのじゃ。人間に姿を現している今、碌な事にならんのが目に見えておるからの」


「それもそうですね。ともかく、信者云々は気にしなくて大丈夫です。……ああいや、地上の人間に呼びかける機能がある関係上、聖女と呼ばれる者を信者にするのだけはちょっと困りますかね。それぐらいです」


「なるほど、理解したのじゃ」


「それで、信者の見分け方ですが……これは私もわかりませんね。私、私の信者か、人間が勝手にやってる宗教の信者しか見た事が無いので……」


「あぁ、それはそうじゃな……」


 思い返せば、この世界における神はアルト以外存在しないのだ。そんな環境では、信者を見分ける術の必要性など皆無だろう。


「ううむ、今度アースに尋ねるしか無いじゃろうか」


「お力になれず申し訳ございません……」


「んや、構わぬよ。最後に……これもアースからの受け売りなのじゃが、我の信者に我の力を使わせることが出来るらしいと聞いたのじゃ。我は全くもってあてが無いのじゃが、何かわかるかや?」


「人間たちが聖魔法とか言ったりするやつですかね。うーん、そうですねえ……。まず大前提として、その世界が魔法文明で、かつ、狐神様の信者で、信者に狐神様の力を使う素質があることが求められます。少し例外はありますが」


「ふむ」


 これらの条件についてエリスに照らし合わせれば、ひとまず三つ目以外は満たしているはずだ。


「ただ、この素質というのが人間によって十人十色で、何ができるかも不明瞭なところがあります。なので、ある程度狐神様が主導していかないといけません。私の場合は、最初に何人かの人間に、それなりの時間をかけて私の力の引き出し方や歪みの対処法を教授しましたからね」


「なるほどのう。ここは当事者と相談する他なさそうかの」


「そうですね。あるいは、地球神様ならもう少し何か知っているかもしれませんが……」


「まあ、困ったらそちらにも当たってみるとするのじゃ。感謝するのじゃ」


「いえいえ、お気になさらず」


「では、我はもう寝るのじゃ。おやすみじゃ」


「ええ、おやすみなさいませ」


 イナリはアルトとの通信を終了すると、もぞもぞと布団の中に潜っていった。

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