第184話 神器回収 ※別視点
「え、あ……やはりイナリさんは……死んでしまったのですか……?」
「え?死んでないけど」
「えっ?あ、そ、そうですか。よかったです……」
「人間じゃないんだから、そんな簡単に死ぬわけ無いでしょうに」
「しかし、となると、神器を回収する理由は……?」
「最初に言った通りよ。イナリが残していったから、それに代わって代わりに回収してあげるだけよ。何か問題が?」
「い、いえ。何でも……ただ、言い方がものすごい語弊を孕んでいたというか……」
「そう」
イナリ信者は何か勘違いしていたのか、イナリが死んだと思ったらしい。何やらアースの言い方が悪いらしいが、事実を告げただけでそのような事を言われる謂れは無い。
「……それで。さっさと神器を渡して欲しいのだけれど?」
「いや、待ってください。その前に、まずはイナリさんが受けた仕打ちに関する話を詰めさせてください」
「……そうね。少し時間をあげるわ」
アースは腕を組んで椅子にもたれかかり、好きに話してよいという意思表示をした。さっさと帰りたいところではあるが、この男たちが苦しい言い訳をするところを見ているのは一興だし、イナリへの土産話にもなる。
ついでに、イナリ信者の身に危険が及んだら、少し力を貸してやるくらいはしてやらないこともない。
「で、お二人とも、言い残すことは?」
「いや、僕達は確かに、事前に話した通り要塞にイナリちゃんを連れていったけれど、神器を奪うなんて話も、投獄しようなんて話もしていないよ。要塞の兵士に話を聞いてくれれば、証言してくれる人はたくさんいるはず」
「そもそも、神器を奪おうとしたんなら、投獄するなんて遠まわしな事をしないで、飯とかで適当に丸め込んで持ち逃げした方が早いんじゃないか。もっと言うなら、神器を狙っていたなら、イナリが逃げ出してからアステさんが来るまでの空白期間で、いくらでもやりようがあったと思うが」
男二人は口々に反論を述べていく。
「……あれ、確かにそうかもしれませんね。お二人がイナリさんを陥れたのかと思ってかっとなってしまいましたが、冷静になって考えてみれば、色々と穴がある感じがします。動機もいまいち定まりませんし……」
ガラの悪い男の反論で、イナリ信者は勢いを無くす。何だか話の方向性が変わってきたように見える。
というか、「飯とかで適当に丸め込む」とはどういうことだろうか。自分の妹は食事で釣れるほどのチョロ神なのだろうか?流石にそれは嘗めすぎだと思うが……いや、でも、何か、ご飯で釣れそうな感じも否めない……?
アースがそんなことを考えていると、リーダーの男がアースに向けて話しかけてくる。
「アステさん。今のイナリちゃんは呪いによって記憶が無くなり、言葉が殆どわかっていなかったんです。そんな状態で牢獄に連れていった我々にも落ち度はありますが、アルト神に、そして貴方に誓って、イナリちゃんを害する意図はありませんでした」
「私に誓われても困るけれど、私の目を誤魔化そうとしている感じもしないわね」
どうやら、イナリの主張と彼らの主張には食い違いが生じているようだ。どちらが事実かはわからないが、何となくイナリの認識に綻びがありそうなことは分かった。
尤も、それでイナリを責めたりするつもりは無いし、アースは基本的にイナリの味方であるスタンスには変わりないのだが。
もう少し難航するかと思っていたアースはやや肩透かしを食らったような気分になりつつ、一つ気になっていた事を尋ねる。
「……ねえ。その、記憶喪失って何の事なのかしら。そもそも、神に呪いがかけられるわけないでしょう?」
「……そうなんですか?」
「当然よ。神同士なら呪いもかけられるけれど、人間ごときが用意できる対価で神を呪えるなんて思わない事ね」
「……でしたら、イナリさんはどうしてあんなことに?」
「そりゃ……えーっと。……何でもいいでしょ、あなたたちが思っているような理由ではないのだから。さあ、いい加減神器を渡しなさい」
「露骨に誤魔化したな……」
「黙りなさい、人間。私が会話してやっているだけありがたいと思うことね」
「……」
ここで言語モジュールどうこう言うのは色々と問題がある。それを説明するにはアルトとアースの関係の説明から始まり、この世界から見た異世界、つまり地球の存在に触れる必要があるからだ。
ここで安易に異世界の存在を示唆することは、将来的に己の首を絞めることになりかねない。
はっきりと答える意思が無いことを示せば、イナリ信者が席を立ちあがって口を開く。
「……神器をお持ちします。お二人もそれでよろしいですか?」
イナリ信者が他二人に確認を取ると、彼らは頷き返す。それを見たイナリ信者は部屋を出て一分もしないうちに、一本の短剣を丁寧に運んでくる。
「こちらで間違いないでしょうか」
「……ええ、あの子の力を感じる。これで間違いないわ」
私は短剣を受け取って、それが確かに目的の物であることを認める。
すると、神器を渡してきたイナリ信者がアースに向けて口を開く。
「……すみません、少しその神器について尋ねてもよろしいでしょうか」
「……答える保証はしないけど。言ってみなさい」
「この世界では神器の所持について厳しい管理がなされています。しかし、その神器については、私以外誰も神器だと思わないようなのです。これは一体どういう事なのでしょうか?」
「……ああー……この世界、元々アルトしかいないものね……」
アースはしばし一考し、声を漏らしながら納得する。
「何かご存じなのですか?」
「ええ。これはあなたが知っておくべき事でしょうし、あなたの信心に免じて教えてあげるわ」
「私の信心、ですか」
「神器っていうのは、その神器の持ち主の神を信仰していないと、それが神器だと分からないの。この説明で十分よね?」
「……それって、つまり……」
「じゃあ、今度こそ私は用も済んだし、もう行くわね」
席を立ったアースはテレポートの予備動作を取るが、それをイナリ信者が引き留める。
「ま、待ってください!もしイナリさんに会うのなら、戻ってくるように伝えていただけませんか!」
「……まあ、あなたたちの主張も含めて、伝えるだけ伝えておいてあげるわ。でも、それでどうするかはあの子が決めることであって、あなたや私が決めることではないから、その点はくれぐれも勘違いしないことね」
「……ええ、わかりました」
アースはその返事を聞くと、イナリの元へと転移した。
「ただいま!」
「うぉわ!?」
イナリの小屋の前辺りに転移すると、青い実が大量に入った籠を抱えたイナリが大きな声を上げながら飛び跳ねる。
この前天界から放り投げたときもそうなのだが、こういうところが、どことなく悪戯したくなる雰囲気がある。
「びびび、びっくりしたのじゃ……。そ、それで、我の神器は回収できたかや?」
「ええ、当然よ。ほら」
籠をそっと床に置いたイナリが尋ねてくるので、それに応えて神器を差し出す。
「おお!確かに我の剣じゃ。アースよ、感謝するのじゃ!これで我も寒い夜を過ごさずに済むのじゃ!」
「何というか、切実すぎて涙が出そうになるわ……」
アースの呟きにイナリは首を傾げる。
「それで、少し話すことがあるから聞いてほしいのだけれど」
「ふむ?」
「彼ら曰く――」
アースは街での出来事と、イナリの主張と人間たちの主張の違いについて大まかに説明した。
「――ということらしいわ。実際、神器は確かに返ってきたし、あなたが言っていた事とは少々食い違っている印象を受けたわね」
「……それはつまり、我は嵌められたわけではなかったということか。……よかったのじゃ」
「それも踏まえてだけれど……イナリ、あなた、これからどうするの?」
「うむ。言語もじゅうるが戻り次第、帰ることにしようかと思うのじゃ」
「……即答なのね?」
「うむ。そも、我はアルトに招かれた以上、地球に戻るのは無しじゃろ?それに、少し考えていた魔王路線も……今の我には荷が重そうじゃ。それに、言語不和による誤解であったのならば、戻らねばエリスが悲しんでしまうのじゃ」
「……そう。あなた、人間と随分仲良くしているのね?自分が嵌められる可能性とかは考えないの?」
「まあ、その時はその時じゃがな。しかし少なくとも、これまでは我によくしてもらっていたのじゃから、ある程度は報いてやらねばならぬじゃろ?」
「確かに、それもある意味、神としては正しい態度なのかしら」
「そういうことじゃ。それに、今はお主だっておるのじゃ。……別にこれきりお主と話せないとか、そういうわけでもなかろ?」
「そうね。いつでも連絡してくれて構わないわ。……その、あまり今回みたいに、手伝いのお願いとかは困るけれど」
ぶっちゃけ地球の管理はかなり暇だし、時間はあるのだが、イナリの手伝いは十中八九アルトの世界で動くことになるわけで、イナリの願いであっても、それは少々面倒なのだ。
「うむ。それならば、我は街に戻る。決定じゃ」
「……ああでも、もし人間に虐げられたりした時は言いなさいよ?アルトに世界を潰させるから」
「ま、まあ、そうならないように頑張るのじゃ……」
恐らく、この世界の命運の数パーセントくらいはイナリが握っていることになるだろう。
「それじゃ、私は地球の方に戻るわね。頑張るのよ?」
「うむ」
「それと、さっきアルトに確認した感じ、言語モジュールは明日くらいには完成するらしくて、勝手に付与してくれるらしいわ」
「わかったのじゃ」
「最後に、エリスとか言ったかしら。あの人間、あなたの信者になっている自覚が無さそうだったから、気にかけておいた方が良いわよ?うまく力を使えるようにさせてやれば、あなたを守る役に立つかもしれないし」
「うむ……うむ??」
「じゃ、また連絡してちょうだいね~」
アースはイナリに向けて軽くひらひらと手を振ると、隣に生成した亜空間に入っていった。
「ちょっ、待つのじゃ!信者って!?我の力って何じゃ!?」
イナリの叫び声が魔の森に響き渡ったが、それに答える者は既にいなくなっていた。
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