第183話 神器の在処 ※別視点
「すみませんでした」
「本当よ。場所が場所だったら、あなたの事を消し飛ばしてたかもしれないわ」
アースは、冒険者ギルドの端で、突然アースに飛び込んできたイナリ信者の謝罪を受けつつ、お詫びとして奢られた料理を食べながら文句を零す。
「エリスお前、しれっと命の危機に瀕してたらしいぞ。本当に気を付けろよ」
「ですが、私にはイナリさんに見えたんです。長い髪、大きな狐耳と尻尾、身に纏う気配……色が違うくらい何てことありません。これはもう、ほぼイナリさんと言っていいのでは?」
「是非、精神科の受診をおすすめするわ」
「精神科ってのはわからんが、精神が完全におかしくなっているのは同意だ」
「私、もう限界なんですよ。イナリさんとまともに触れ合うのをやめて早四日……いや、もう一か月くらい経ってましたっけ……?」
「いつから計測開始してるのかは知らないけど、一か月経ってないのは確かだよ。ところで、君は自称イナリちゃんの姉で、僕達の家を捜していたとか?どうして僕達のところに?」
「『僕たちの家』?……なるほど、あなたたちが」
アースは、目の前にいる三人が「虹色旅団」の連中であることを理解した。
イナリの話によれば、彼女を脅かした不届き者は、「虹色旅団」の男二人だけだと聞いている。もう一人のイナリ信者の女は……何かよくわからないが、とりあえずイナリを大事に思っていることは理解した。
うっかり消し飛ばさなくてよかったと、アースは内心安堵した。
「ひとまず、人気のないところに行きたいわ。あなたたちの家に案内してちょうだい」
イナリがこの街においてどういった活動をしているのかは知らないが、人気の多い場所で話しても良いことは無いだろうというのはわかっている。やや強引ではあるが、目的地まで直接案内してもらうことにした。もし断られたら、姿形を変えて尾行なり何なりすればいい話だ。
アースが要求を提示すると、リーダーの男は他の二人と目配せしあう。小声で会話しているが、今なら何を話しているかもしっかり聞き取れる。
「……だそうだけど……どうする?」
「まあ、良いんじゃねえか。イナリの身内だなんて偽る奴はそうそういないだろうし……多分、只者じゃないぞ」
「私はイナリさんに会えれば何でも……」
「……じゃあ、ひとまず、家まで案内します」
「ええ。よろしく」
明らかに若干一名会話できていなかったように見えたが、それを指摘する理由もない。アースは虹色旅団の家に移動した。
彼らの家に入ると、アースはそのまま居間に通される。
「それで……まずは君の名前を聞いても?」
相手はここに来るまで、アースが人気の少ない場所を探す意図を汲んでか、特に何も探ってこなかった。
「……アステメティよ」
「ええっと……アステさん、でいいかな」
「何でもいいわ」
言うまでもなく、これは偽名である。
「それで、アステさんは……イナリちゃんの姉だとか。何か証拠を示してもらっても?」
「その前に、あなたたちはイナリについてどの程度知っているの?」
「どの程度って言うと……とりあえず、神なのは知っています」
「そう」
なるほど、こいつらはイナリが神であることを知ったうえでイナリを陥れ、神器を取り上げようとしていたらしい。この時点でこの家ごと吹き飛ばしたい気分でいっぱいだが、何も知らなそうなイナリ信者もいるし、イナリの神器まで吹き飛んでは堪らない。今は我慢だ。
「なら話が早いわね」
アースは転移を使って相手の背後に移動し、背中から語り掛ける。
「……一応言っておくけど、私も神なの。姉妹であることの証明は、それで十分でしょう?」
そして再び元居た場所に転移する。現時点で、この世界の人間にはテレポートができないとのことなので、これで神であることの裏づけとしては十分なはずだ。
己が神であるという認識を刷り込めたと判断したアースは椅子に座り、腕を組んで口を開く。
「それで、私はあの子ほど優しくないから、それを念頭に置いたうえで聞いてほしいのだけれど」
「……!」
アースの発言に、部屋の中に緊張が走る。
「ああ、そんなに構えなくても大丈夫よ。私、お喋りしに来たわけじゃなくて、あの子が残していった神器を回収しに来ただけなの。それを受け取ったら帰るから、さっさと差し出すなり場所を教えるなりしてちょうだい」
ちなみに、何故アースがこのように交渉しているのかと言えば、アルトの世界で人間を殺害するのは極力控えたいからだ。尤も、断られたり攻撃された際には、間接的にイナリに害を及ぼしたという体で実力行使するつもりだが。
「『遺した』!?それってつまり……もうイナリさんは……。いや、そんなはずは……」
アースの言葉に、イナリ信者が取り乱す。彼女からすればこの話はイナリとの繋がりを無くすことも意味するわけで、いくらか気の毒に思わないこともないが、まずは妹の願いが優先だ。
「……ちなみに、あの神器についてはご存じなのですか?」
「……短剣でしょう。流石に知らないで来るわけが無いでしょうに。イナリ曰く、あれが無いと生きていけないのだとか。実際、生活に支障が出ている様子は知っているけれど……流石に大げさよね?」
聞かずともわかるだろう質問に、アースはため息を零しながら返す。
イナリはあの神器が無いと火がつけられず、料理はおろか、暖すらとれないのだから何とも可哀そうな話だ。ただ、昨晩イナリから聞いた、お茶が淹れられなくて気が狂いそうになるという話は、些か誇張が過ぎるとも思うが。
「……唯の短剣とか言ってたが、あいつ、何か隠してやがったな……?」
「さあ、これで十分よね?神器を差し出すか、在処を教えなさい」
「イヤです!」
「ちょっと、エリス……?」
「エリス、お前も話は聞いてただろ?お前がイナリの事が大好きなのは分かっているが、あまり我が儘は言わない方が……」
エリスと呼ばれたイナリ信者の大声に、男二人は困惑する。正直、アースも驚いた。男の方からならともかく、まさか、イナリ信者の方から反対の声が上がるとは全く思っていなかったのだ。
「……相応の理由はあるのよね?話してみなさい」
「はい。……アステさん。あなた、神だか姉だか何だか知りませんけど、ずっとイナリさんを放置していたのですよね。それで、イナリさんが居なくなってからノコノコやってきて『神器を回収します』って、都合が良すぎませんか?一体あなた、今まで何をしていたのですか!」
「うぐっ……」
痛いところを突かれたアースは思わず声を上げた。神器の回収はイナリからの依頼であって、それ以上でもそれ以下でもないのだが、その前後の発言はしっかりアースの心を抉っていく。
「エリス、言いたいことは分かるけれど、少し落ち着いて」
リーダーの男はイナリ信者を制止しようと試みるが、彼女は止まらない。
「これが落ち着いていられますか!イナリさんはずっと一人で全部やらなくちゃいけなくて、時には悩んで、苦しんで、ようやく私達と生活できるようになってきたところで記憶喪失までして……こんな悲しいことがありますか!?」
「ちょっと、エリス!それ以上は――」
「エリック、言わせてやれ」
「え、えぇ……?」
この場でこの空気感に困惑しているのはアースとエリックと呼ばれたリーダーの男だけらしい。
それにしても、自分はただ妹のおつかいをこなしに来ただけなのに、一体どうしてこんな説教を受ける羽目になったのだろうか。
それに、記憶喪失とは?そんなことがあればアルトが黙っていないはずだし、アースがイナリと話した際も、別に変な様子は見受けられなかったように思うが。
「皆さんは知らないでしょうけど、イナリさんと寝るとき、よく聞かれるんです。『自分が保護される価値はあるのか』『自分は森に帰った方がいいんじゃないか』って……。いつもはのほほんとしているように見えて、その心の底では、ずっと悩んでいたのですよ」
「……そんなことが……」
これについては初耳だが、イナリなりに頑張ろうとしていたことが窺える。右も左もわからない異世界で、何とも健気なものである。
「そんな気も知らないで、イナリさんの発言を『大げさ』などと一蹴するような姉がどこにいますか?……あなたに、イナリさんの神器を継ぐ権利はあるのですか」
「……え、いや、別にそんなつもりは……」
イナリの神器に関する言及について「大げさ」と評価したのが、変な方向に拡大解釈されている気がする。というか、神器を継ぐとか、一体何の話なのだろうか。
「そんなつもりがないって、実際そうしてあなたが見放したからこそ、イナリさんはたくさん苦労しているのですよ!その点は潔く認めたらどうですか!」
基本的に大人しく聞いていたアースだったが、流石にここまで言われては言い返さないといけないだろう。アースは机を叩いて反論する。
「理由は尋ねたけれど、私の事を好き放題言う事を許した記憶は無いのだけれど。何?私がイナリの面倒を見ていれば、何も起こらなかったって言いたいの?」
「……少なくとも、経験する必要が無い苦労の一つや二つはあるはずですよ」
「……まあ、それは事実かもしれないわね。でも、イナリが受けた苦労の多くは人間の手によるものよ?あなたは知らない様子だけれど、そこの男達は、イナリの信頼を得るために保護するだけして、油断したところで投獄して神器を奪い取ろうとしたんだそうよ?貴方、それを聞いてなお、本当に全部私が悪いって言えるのかしら?」
「は?……エリックさん、ディルさん。説明を。私が、冷静でいられるうちに」
「いや、全くもって身に覚えが無いが……」
「……あの、アステさん、それはいつ聞いた話ですか」
「日付感覚が合っているかわからないけれど、昨日か一昨日くらいかしら。私がイナリと会った頃にはもう体が冷たくなってて、大変だったんだから」
アースの声は、部屋中に重く響いた。
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