第181話 創造神なら不思議じゃない
「……地球神よ、生憎何も出せないが、ひとまず座るが良いのじゃ。あいや、『こんな場所』に座るのは嫌か?」
「ご、ごめんなさい……!」
軽く皮肉を言ってみれば、アースは乞うようにイナリに縋りついて謝罪する。エリスといいアースといい、最近は縋りついて謝罪するのが流行っているのだろうか。
「……まあ良い。先ほど天界から戻った時、我も同じような事を思ったからの」
「それはそれで問題があると思うのだけれど……いや、何でもないわ」
アースは小屋の床に座る。
「……ところでアースよ。一つ気になっておる事を聞いても良いか?」
「ええ、何でも聞いてちょうだい」
「……何故、お主に耳と尻尾が生えておるのじゃ?」
今のアースには、何故かイナリの持つそれとそっくりな、黒い狐耳と尻尾がついているのだ。これは一体どういうことなのだろうか。
「そりゃ、貴方と姉妹なのだから、何も不思議なことは無いでしょう?」
アースが首を傾げると、それに連動して耳もピクリと動く。明らかに飾りなどではないだろう。
「いや、不思議じゃろ。一体どうなっておるのじゃ?どちらがお主の本来の姿じゃ……?」
「どれも私よ。創造神なんだから自分の姿形が自在なのは当然でしょう?」
「そうか?……そうなのか……」
そういえば、少年の姿をしているアルトも、人間の前に姿を現した際は力強さを感じさせる翁になっていた。それと同じような理屈なのだろうか。
「我も、実はそういったことが出来たりするのじゃろうか」
「出来なくは無いだろうけれど……私は今のあなたが一番いいと思うわ」
「そうか。……まあ確かに、別に姿を変える理由もあまりないのう」
しいて言うならば、もう一度人間社会で暮らす場合には有用だろうか。しかし、わざわざ人間のために自分の自慢の耳と尻尾を隠したりするのも癪だ。
「ところで、貴方の神器がある家の場所を教えてくれるかしら?」
「うーむ、我がついていくことも難しいからのう……。冒険者ギルドなる場所に行って、『虹色旅団』の家の場所を尋ねればわかるはずじゃが……」
「随分遠まわりね。地図とか……無いわよね。寧ろここ、何があるのよ?」
アースは小屋を見回しながら尋ねてくる。
「地球から持ち込んだ物だけじゃな。今は人間の街にある我の神器、我の衣服、社にあった石と、茶の苗木……」
「苗木?」
「うむ。……あっ」
聞き返してくるアースの声に頷いた後、イナリは慌てて口を塞ぐ。この発言は、地球から持ち込んだ物を栽培していることを自白したようなものだ。
アースはジットリとした目でイナリを見つめる。
「その苗木、人間に渡して普及させたりはしたの?」
「いや、誓ってしておらんのじゃ!」
「……まあ、貴方は創造神の事情なんて知らないのよね。今回は不問にしてあげるわ。じゃ、それは置いておくとして……早速行ってくるわね。貴方はこれからの事を考えておきなさい」
アースは立ち上がり、手を腰に当ててイナリの方に向き直る。
「いや、待つのじゃ。このような嵐の中をお主一人で行っては危険じゃぞ!」
「それは分かってるわよ。だから、転移で行ってくるわ。街の場所自体は確認してあるから、心配しなくていいわ」
「ううむ、しかし、転移はこの世界が最近使えるようになりつつあるものじゃ。故に、お主が使っているところが露見したら、大変じゃぞ?」
「あら、そうなの?それなら街の近くに転移して、そこから歩いて行くわ」
「それも、嵐の中一人で歩くのは不審に思われると思うのじゃ」
「……つまり、待ってろって事?」
「……ありていに言えば、そうなるのう」
「貴方、確か天候操作もどきができたわよね。それはどうなの?」
「よく知っておるのう。じゃが、これほどの嵐を無くすことは骨が折れるのじゃ。お主はどうじゃ?」
「出来なくはないけど、多分天変地異になっちゃうわ。……うーん、アルトの世界だし、あまり干渉するのも良くないわよね。はあ、仕方ないか……」
アースは物騒な発言と共にため息をつきながら、渋々といった様子で再び床に座る。
「そも、我がギルドへ出向くよう提案しておいて何じゃが、言語については問題ないのかや」
「勿論大丈夫よ。アルトと交流し始めた頃には、この世界の基本言語はおさえてあるわ」
「ほう、それはすごいのう」
「まあ、創造神は言語理解が簡単にできるから、称えられるような話でもないのだけれどね……」
「ふーむ、そうなのかや」
「そうなのよ」
アースが返事を返すと会話が途絶え、雨と風の音が部屋を支配する。
「……とりあえず、地球からお弁当でも持ってくる?」
「料理か。是非持ってきてほしいのじゃ」
イナリの返事を聞くと、アースは亜空間を開いてそこに入っていった。
「……そういえば、アースがこれを使って地上に来たのなら、我が天界から落下した意味ってあったのじゃろうか……」
イナリは訝しんだが、アースが温かい弁当を持ってくると、そのような疑心は一瞬で消し飛んだ。
結局、嵐が止むまでには一日を要し、その間、アースはイナリと共に狭い小屋で一夜を過ごした。
その間、あまりにも散々なイナリの住居を見かねたアースは、地球からいくつかものを持ってきてくれた。
そのおかげで、窓には雨避けを兼ねた簾が、床には良質な布団が一枚敷かれている。当初は二枚用意するつもりだったが、イナリの部屋のサイズでは、二人分の布団を敷くのに十分なスペースは無かったのだ。
そんなわけで二人で一つの布団で寝ることになったわけだが、その過程でお互いの尻尾を軽く触りあう一幕があった。何となく、イナリにもエリスの気持ちがわかった気がした。
そして朝。
「うーん、やっと晴れたわね!この解放感、たまらないわ!」
アースは小屋の外に出ると、両手を上げて大きく体を伸ばした。
外は草木についた水滴が日光を反射し、実に清々しい光景だ。なお、そこら中に散らかっている葉や枝は見ないものとする。
「うむ。では計画通り、お主には我の神器の回収を頼みたいのじゃ」
「そうね。それじゃ、早速行ってくるわ」
「うむ、健闘を祈っておるぞ」
「ええ、大船に乗ったつもりで待っていなさい!」
アースはイナリに向けて親指を立てると、一瞬で姿を消した。
「……さて、我はまず、畑の様子を見るとするかの」
イナリは小屋の周辺に植えた作物の様子を確認する。
「……ううむ、予想はしておったが……」
畑に植えた、野菜や草花系の作物の大半は無残な姿になっていた。いくつかの作物はそれなりに形を保っているが、植え直すぐらいはしないと、少々厳しい状態と評価せざるを得ない。
だが、茶の木だけは嵐など無かったと言わんばかりに綺麗な状態が保たれている。イナリによって育てられた品種は伊達じゃないということだ。
「ブラストブルーベリーはどうなっておる……じゃろう、か……」
イナリがブラストブルーベリーを植えていた場所に目を向けると、そこには凄惨な光景が広がっていた。
他の作物と同様、幹は完全に倒れてしまっていたが、問題はそこではなく、その奥の方である。
風によって吹き飛ばされた実が破裂したのか、森の方では妙な倒れ方をしている木々の姿があり、その断面には爆発跡がいくつも残っているのだ。
もしこれがイナリの小屋に直撃していたら、一体どうなっていただろうか。
「……これ、植える場所を変えた方が良いのう」
なるほど、これは植えるのに許可証が必要なわけだ。イナリは静かにブラストブルーベリーの幹を土から抜き取り、安堵のため息をついた。
「川の方も見に行っておくとするか。この様子だと、我の田は完全に崩壊しておるじゃろうな……」
そんなことを呟きながらイナリが川へつながる小道を草木をかき分けて進んでいけば、そこには想像に違わぬ光景が広がっていた。それだけ確認したら、安全も考慮してさっさと引き返した。
そしてイナリは、腕を組んで自分の住む土地を一望し、やるべきことを考える。まずは軽く掃除をして、作物を植え直して成長促進をしてみようか。アースに神器を持ってきてもらった後の事は、それをしながら考えればいい話だ。
「よし、決まりじゃな」
イナリは早速行動を開始した。
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