第180話 SSSの家
「……えーっと。……地球の貴方の社に神器を忘れたってことかしら?」
僅かに震えた声でアースが尋ねる。
「いや、こちらの世界の我の家にある神器じゃ」
「なるほど、ね……?」
アースからは釈然としない返事が返ってくる。
「どうして私に声をかけたの?ちゃんと理由があるのよね?まさか、暇そうだったからとかじゃないわよね?……それとも、実は私に怒ってて嫌がらせしたいとか……?」
「流石に被害妄想が過ぎるのじゃ。我がお主に頼んでいる理由はじゃな――」
イナリはここまでのあらましをアースへと話した。
「――と、いうわけじゃ」
「……ふうん、そう。それで、頼れるのが私だけってことね?その人間たち、うちの妹に随分な仕打ちをしてくれたみたいね。……ちょっと天界に来なさい」
「ふむ?」
アースがそう言うと、指輪の通信が勝手に停止する。どうやらアース側で通信を終了したらしい。全く気にしていない事であったが、指輪の通信を切られるのはこれが初めての経験である。
イナリは指示に従って、指輪の転移機能を使って天界へ移動した。
すると、すぐ近くにアースが出現する。遠くには黙々と作業をしているアルトの姿も見える。
「我、あんな作業やってられんと思うのじゃ……」
「全く同感だわ。アルトが気長に世界の調整をやっているのは相当すごいことなのよ?」
「同じ創造神のお主が言うと説得力が違うのう。……それで、我は何故呼ばれたのじゃ?」
「貴方の様子を確認するためよ。地球の天界からこの世界を見るのは大変だから」
「ふむ?我を心配してくれたわけか」
「……そうよ。面と向かって言われるとちょっと恥ずかしいわね……」
アースはイナリから目を逸らし、頬を掻きながら呟く。そして間もなく、照れ隠しのようにイナリに近づいて口を開く。
「そんなことはよくて!貴方、気づいてるのか知らないけど、落ち込んでるのがバッチリ表情に出てるわよ?……うわっ、冷た!?」
アースがイナリの頬に触れると、その冷たさに驚愕する。
「ああ、これはちょうど地上に嵐が来たからじゃな。しっかり雨に晒されてしまって、火もつけられぬからこうなったわけじゃ」
「神だから大丈夫とか思ってるのかしら?……実際そうだけど、体には気を遣っておきなさいよ」
「わかっておるよ。じゃが、火を起こすのに使う剣が無いのじゃ。……えっと、我の神器じゃ」
「ああ、それで私がお呼ばれしたわけね。まあ、色々と思うところはあるけれど――」
アースはイナリに注意しつつ、指を鳴らして毛布を召喚し、イナリに渡してくる。とても柔らかく、質の良さは疑うまでもない。
「とりあえず温まっておきなさい。それ、持ち帰っていいから」
「うむ。感謝するのじゃ、アースよ」
「いいのよ。妹を放置するなんて姉として失格よ」
「……それにもっと早く気づいてくれればと言いたいところじゃが、この話は前にしたよの」
「……そうね。まあ、とりあえず話したいことはあるけれど、少し落ち着きましょうか」
アースは再び指を鳴らし、隣にテーブルと二つの椅子を召喚した。洋風なテーブルには茶菓子と湯気が上がっている緑茶が置かれており、洋なのか和なのかチグハグな事になっている。
イナリはそこに腰掛けると、緑茶を一口飲む。温かい茶が、イナリの冷えた体を癒していく。
「……それで、本題なのだけれど。頼み事の詳細を教えてちょうだい」
「む、引き受けてくれるのかや!?」
イナリは耳と尻尾をピンと立てて喜びを露にした。
「まだ決まってはいないわ。私は貴方を助けてあげたいのは事実だけど、『神器を取ってきてください』だけじゃ頷けるものも頷けないってことよ」
「なんじゃ、そういうことじゃったか。……と言っても、そう複雑な事ではないのじゃがの。我を保護していた人間らの家に入って、我の神器を拝借して戻ってくる。それだけじゃ」
「……あんまり情報量が増えないわね。まあ、難しい話ではないというのは分かったけれど……その後はどうするの?」
「その後?」
「ええ。地球に戻りたいなら場所を探すし、人間に復讐したいなら手伝うし、何なら、アルトに世界を潰してもらうこともできるわ」
「そ、そこまでする必要は無いのでは……?」
物騒な事を口にするアースにイナリは慄く。創造神には、すぐに世界を壊すだのなんだの言い出す物騒な連中しかいないなのだろうか。
「勿論、冗談で言ってるわけではないわ。貴方は私の世界の神なんだから、当然色々と主張するだけの筋合いはあるのよ」
「……理屈は理解したが、それは望まぬ。そも、我はこの世界の手伝いのために居るのじゃからな」
「それはそうよね。私だってアルトにそんなこと言いたくはないわ。ひとまず、そういう選択肢もある程度に思っておいてくれればいいの」
「うむ」
確かにエリック達には裏切られた形にはなるが、一時は共に過ごした仲だし、流石に世界を滅ぼすのは過剰と言わざるを得ないだろう。
「それで?神器を取り戻した後はどうするの?」
「……考えている途中じゃ。正直、どうしたらいいのかわからぬ」
「……まあ、貴方からしたら青天の霹靂ってやつよね。まあ、私が神器を取りに行っている間に考えたらいいと思うわ」
「うむ、そうさせてもらうのじゃ。……む、引き受けてくれるのかや!」
「ええ、地球は殆ど眺めているだけだし……。ただ、アルトの同意は得ないといけないわね」
アースがアルトの方を見て話す。確かに、異世界の創造神が地上に降りるのは大変な事であろう。
「ちょっとアルトに話をつけてくるから、待っていてちょうだい」
「わかったのじゃ。……この菓子、美味じゃな……」
イナリは茶菓子をサクサクと食べ進めながら、アルトとアースが会話している様子を見守る。
アースがアルトに話しかける。世界の調整に集中していたのか、突然話しかけられたアルトは驚いた様子だ。すぐにイナリの姿を認めると、軽く会釈してくる。
アースがアルトへ要件と理由を説明する。……アルトの顔色がどんどん悪くなっていくが、大丈夫だろうか?あの顔の横にブラストブルーベリーを並べたら、大体同じくらいの色合いにならないだろうか。
イナリがそんなくだらないことを考えているうちに、アルトは顔を青くしたまま、アースへ向けて何度も首を縦に振った。アースはその結果に満足気な表情をしながらイナリの方へ戻ってくる。
「快諾してくれたわ!」
「そ、そうなのかの……」
アースの認識にはやや疑問が残るが、ともあれ、これで神器の回収の見通しはついたと言えよう。ついでに茶菓子とお茶で腹も膨れて、一石二鳥である。
「じゃあ、準備を整えたら貴方のところに行くわ。地上で待っていてちょうだい!」
「わかったのじゃ」
イナリは指輪に触れ、自身の小屋へと転移した。
「……」
ここは、煌びやかで荘厳な雰囲気の天界とはうって変わって、強風による振動、狭い、寒い、と3Sが揃った小さな木組みの小屋である。
「どこで差がついたのじゃろうなあ」
アースから貰った毛布に身を包んだイナリの切実な呟きは、嵐の中に掻き消えた。
夜が明けて外がいくらか明るくなった頃、イナリの家の前に光が現れる。一体何かと思ってイナリが眺めてみれば、そこから黒い衣服に身を包んだアースが現れる。どこか既視感があると思えば、イナリが初めてアルトと出会った時ととても似ているのだ。
「ふう、待たせたわね。……って、雨じゃない!」
ある程度時間は経っているが、依然として嵐は吹きすさんでいる。アースは雨に濡れないように急いでイナリの小屋へと駆け込む。
そして軽く服についた水滴を払うと、イナリの小屋を一望して絶句し、震えながら手を口に当てた。その顔には、憐みがこれでもかと表れている。
「貴方、人間に追いやられて、こんなところで隠れ住んでいるの……?信じられない。やっぱり人間に痛い目見せないと私の気が済まないわ。ちょっとアルトのところに話をつけに――」
「待つのじゃ、アースよ。落ち着くのじゃ」
イナリは、怒りの感情を露わにするアースの肩に手を乗せて引き留める。
「何で!?こんな悲惨な光景を見て落ち着くなんてできないわ!貴方、流石に優しすぎよ!」
「落ち着くのじゃ、地球神。これは、我が建てた、我の家じゃ」
「……えっ」
「つまりじゃ。ここは、我が元々住んでいた場所じゃ。……それで?もう一度感想を伺っても良いかや?」
「……ええっと。……いいお家ね?」
アースは目を泳がせながら答えた。
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