第172話 何言ってるの? ※別視点あり
「ところでイナリ、貴方そろそろ帰った方が良いんじゃないの?確か、人間に保護されてるんでしょ?……あら?これ、祀られているの間違いよね……?」
「まあ同じようなものじゃろ。ともかく、あまり長いこと我の姿が無くなると困る者が居るし、そろそろ帰った方が良さそうじゃな」
イナリは主に銀髪の神官の事を思い浮かべながら返した。
「そう。私はもう少しアルトと話して帰るとするわ。色々と頑張るのよ、イナリ」
「うむ。お主も達者での」
イナリは地球神、もといアースに軽く手を振ると、席を立ってアルトの方へ歩み寄る。
「アルトよ、我はそろそろ帰りたいのじゃが」
「ああ、わかりました。地球神はどうでしたか?」
アルトは作業の手は止めず、しかしイナリを気遣うように問いかけてきた。
「うむ、よき関係を築けそうじゃ。呼ばれた経緯が経緯なだけにこう言って良いかはわからぬが、地球神……いや、アースと話せたのはお主のおかげじゃ。感謝するぞ」
「はい。私としても、お二人の仲を取り持ててうれしい限りです。……今の状況に目を瞑れば、ですけどね……」
イナリとアルトはお互い微妙な面持ちで会話した。状況が状況なだけに、素直に喜んでよいのか微妙なところなのだ。
「事はそれほど深刻なのかや」
「ええ、断言はできませんが、もう一つ歪みが実体化するかもしれません。そうすると、いよいよ地上の生物にも深刻な被害が齎されかねませんし、避けたいところではありますが……」
「ふーむ、そうか。どうにか自体が良い方向に願うこととしよう」
「ええ。……というわけで、大変申し訳ないのですが、自力で帰っていただいてもよろしいでしょうか……。今は少しでも多くのリソースを世界の修復に回したいので……」
「ふむ?まあ、そういうことなら……いや、どうやって帰れと?まさか、あの時のように天から落ちるやつをもう一度、などとは言わんよな?」
「……今なら丁度前回と同じ場所辺りに落下できるはずなので……お許しを……」
「そんな……」
アルトの返事にイナリは絶望した。その後ろからアースが歩み寄ってくる。
「何話してるのよ?さっさと帰った方がいいんじゃなかったの?」
「いや、それが、我にここから落ちて帰れと言うでな……」
「それでくよくよ言ってるの?なら、そんな妹のために、姉の私が後押ししてあげるわ!」
「……はえ?」
アースは姉妹関係を強調すると、イナリの腰に手を回し、有無を言わさず近くにあった穴にイナリを放り投げた。
「いやッ、そんな助けは求めておらぬわあぁぁ――!」
天界にイナリの悲鳴が響くも、すぐに遠くに消えていった。
「地球神様、流石に今のは……」
「……その、ちょっと意地悪したくなっちゃったのよ。地球に居る他の神と交流する機会も殆ど無いから、ちょっとテンションが上がっちゃって……あとで謝っておくわ」
「私が言えた身ではないかもしれませんが、それがいいと思います……」
「そら、きれいじゃなあ……」
二度目ともなれば景色を眺める余裕もできる。イナリは自身が自由落下している事実からは目を背け、夜空を眺めた。天界が地上の半分程度の時間で進んでいることを考えると、今はイナリがゴブリン討伐に赴いた日の夜辺りの時間帯であろう。
地上ではきっと、エリスからしたら一緒に体を洗う直前でイナリが姿を消したようにしか見えないだろうし、きっと慌てていることだろう。夜が明けたら、早急に家に戻らねばならない。尤も、それもイナリがどこに墜落するか次第では考え直す必要がありそうだが。
まだまだ遠く見える地上の方を見れば、イナリが魔境化させた丘が見える。イナリを中心として成長促進が行われたおかげか、魔の森とそうでない部分の境界線は綺麗な円形を描いている。少し横に見えるメルモートらしき街の影と比較してみると、少なくともメルモートの街が十六個は入りそうな大きさだ。
ついでに、よく見ると、魔の森とは比較にもならないが、メルモートを中心とした一定範囲にもうっすらと境界線が見える。恐らく、イナリがメルモートの街で暮らしている影響で、そこを中心に草木が生い茂っている部分が生まれつつあるのだろう。
そんな地上は少しずつ、着実にイナリとの距離を狭めている。
「あやつら、アルト共々いつか同じ目に遭ってほしいものじゃ。……いや、アースの態度を見る限り、あやつらにとっては何てことないことなのじゃろうか」
もしかしたらアルトが地上に姿を現した際も、同じような方法で地上へ移動していたのかもしれない。それならば、彼ら創造神の中の常識がイナリに適用されただけであって、寧ろイナリの方が少数派と言えるだろう。
イナリはため息をこぼし、地上へと落下していった。
幸いというべきか、魔の森に生い茂った木々はイナリの落下の衝撃をしっかり軽減してくれた。尤も、一回目の落下と比べて相対的に軽減されたという話で、その衝撃の強さは所詮、どんぐりの背比べでしかないだろうけれども。
そんなわけで、地上に落下したイナリは服についた土埃を叩き落としながら立ち上がった。
「さて、川はこちらじゃな……」
イナリは不可視術を発動して身の安全を確保し、落下時に確認しておいた川の方角へ向けて歩を進め、自身の家に帰宅した。魔の森を歩くのも手慣れたものである。
「――リ!……ナリ!」
自宅で丸まって眠っていたイナリは、突然声をかけられて目を覚ます。
「んあ?」
イナリは自身の名を呼ぶ声に目が覚める。自身の体を揺すっていたのはエリスであった。イナリが目を覚まして身を起こすと、まず第一にエリスはイナリに抱きついてくる。目には涙を浮かべていたようだし、相当心配させたことが窺える。
「……お主、何故ここに?一人で来たのかや?」
不可視術を突破しているのはもはや不問に処すとして、どうして彼女はイナリの家に来ているのだろうか。
イナリがエリスに尋ねると、彼女はぴたりと体を止め、イナリの肩に手を乗せながら、ゆっくりとイナリと目を合わせる。
「Quet de et イナリ wit haltenay……?」
「は?」
突然、本気で訳の分からない事を言い出すエリスにイナリは目が点になった。
「お主、我を揶揄っておるのか?我の知る言葉で喋ってくれたもれ」
「……Et イナリ, quet de mim stemicenay yemo waulmisc?」
エリスの反応を見るに、お互い何を言っているのか通じ合っていないように見える。イナリは己の体に汗が流れるのを感じる。
「……まさかこれ……」
「Wit promt……」
どうやら、言語モジュールとやらを抜いた影響が早速現れ始めたようだ。
<エリス視点>
昨日ゴブリン討伐をした後の事を抱え込み、思いつめてしまった結果、私が目を離した隙に森の自宅へ帰ったものだと思って、パーティのお二人の協力のもとここまで来ましたが……どうやら事態はそう単純では無かったようです。
「イナリさん、大丈夫ですか?」
「となわあっつありをじゃ……」
どういうわけか意思疎通が不可能になったイナリさんを抱え、私はパーティの皆さんのところへ戻ります。
とりあえず、「のじゃ」の部分だけは分かるんですけど、それ以外何もわからないのですよね……。もしかして、「のじゃ」には相当な意味が含まれているのでしょうか。試す価値はありそうです。
「のじゃのじゃ、です」
「……かこほばおなさつありねお」
相変わらず何を言っているのかはわかりませんが、ものすごい冷たい眼差しを頂きました。多分これは、「馬鹿にするな」辺りだと思います。……イナリさん、そんな冷たい顔できたんですね……。
「エリス、イナリは……居たのか。全く人騒がせな奴だ……」
「道中で襲われたりしてなかったのは良かったよ。無事でよかった」
ディルさんとエリックさんは私とイナリさんを見て安心したような表情になりますが……。
「……あの、それがですね」
「えにさよ、ろるねけてばのろおりおもや」
「何て?」
イナリさんが二人に話しかけるも、通じないと分かるとすぐにしょんぼりしてしまいます。
「……これは……どうしてこんなことに?」
「わかりません。ですが、一つ思いついたことはあります」
「何かわかるのか?」
「はい。これは、イナリさんを攫うのに失敗した輩のうちの誰かが、イナリさんに記憶喪失の呪いをかけたのではないでしょうか」
私は、自身の見解を皆に告げました。
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