第171話 魔法文明は上級者向け
「……」
「……」
現在、天界のテーブルには二人の少女が座っている。
片や、とてつもなく長い間、会話はおろか顔を合わせた事すらないにも関わらず、独断で異世界へ派遣することに頷いてしまったことに対する後ろめたさを感じる地球神。片や、地球神と話すべきことをそっちのけでお茶を堪能し始めた豊穣神である。
「ねえ、天草之穂稲荷」
「む?」
地球神に声をかけられ、イナリはそちらの方に目を向ける。
「その……ごめんなさい。私が変に距離を取ったりしないで、もっと気にかけてあげるべきだったわ」
イナリは地球神について殆ど知らないが、創造神ということはアルトと同じような役回りなのだろうということは予想がつく。
「……少なくとも、お主と面識があれば、色々やりようはあったかもしれぬな。……今更話すのも怖いし、怒らせそう、じゃったか?ああ、あと、文明を土に還しそう、とかも言われてたかの」
「んな、何で知ってるのよ!?」
地球神は椅子をガタリと鳴らし、目に見えて動揺する。
「つい最近アルトから聞いたのじゃ。それで、実際に我を見て、どう思ったかの?そんな物騒で野蛮な神に見えるかや」
「……正直、袖に血をつけて現れたときは本気で邪神に転職したのかと思ったわ。貴方、アルトと話し始める直前に呪いがどうとか言ってたでしょ?」
「確かに言いはしたが、そこまで本気では無かったのじゃ……というかお主、それを知っておったのかや」
「ええ。万が一、貴方とアルトがトラブルを起こしたら困るからね。勿論、その前も、たまに確認しに行っていたけど……いつ見ても、大体都会のど真ん中で植物に成長促進をかけつつ、縁側に座ってお茶飲んでるだけだし……」
「……実際、我のすることなんてそれくらいだったしの……」
イナリはお茶を一口飲む。イナリの地球における行動様式は三行程度で事足りるレベルであったのは、否定しようがない事実だ。
「我が何も行動しなかったことが根本的な原因であることは前提として、お主は何故何もしてくれなかったのか、聞いても良いか?アルトのように、神託とやらを使うなりして、色々と策を講じることは出来たじゃろ?」
「色々と理由はあるけど、私は不干渉派なのよ」
「……不干渉派?」
「要するに、殆どを地上の神や生物の営みの流れに任せて、私は最小限の仕事を果たすだけにすることが一番効率的だろう、ということよ」
「ふむ……つまり、我はその最小限ですらなかったと?」
「勘違いしないでほしいのは、決してあなたを蔑ろにしていたわけではないということよ。ただ、私が貴方の置かれている状況に気づいたころにはもう、それに対処しようとしたら、過干渉になってしまう次元になっていて……」
「泣く泣く俯瞰しておったと。なるほどのう」
「本当に、ごめんなさい……」
地球神は深く頭を下げる。それを見たイナリは手に持っていたコップを静かにテーブルの上に置いて、軽くため息をついた。
「……過ぎた事じゃ。少なくとも、今はアルトをはじめ、皆に良くしてもらっておるし、我は寛容じゃから、赦してやるのじゃ」
「……!あ、ありがとう……」
イナリからすれば、そんな不干渉派だとかなんだとかは知ったことではないし、そんな流儀を放り投げてでも対処してほしかったものだが、イナリにはイナリの事情があるように、彼女には彼女の事情がある。そう割り切ることにした。
「じゃが、今後は我抜きで我の話をするのはやめてほしいところじゃ。そも、アルトの打診に我が同席するとか、色々できたじゃろ」
「そ、そうね。正直、地球での話はいくらでもツッコミどころがあるでしょうけど、まとめて水に流して欲しいわ……」
「中々横柄じゃなお主。……まあ、過ぎた話を端から指摘しても埒が明かぬし、良いじゃろう」
イナリはテーブルの上に残されたお茶が入ったペットボトルを手に取り、自分のコップに注いだ。そして話題転換も兼ねて、別の疑問について尋ねてみることにする。
「ところでお主、不干渉派とやららしいが……干渉派もいるのじゃな?」
「ええ。アルトが正にそれよ。神託に神罰に加護に、その他諸々って感じね」
「しかし、地球に居た身で言うのも何じゃが、アルトの様子を見ていると、不干渉など厳しいのではないかや?今回の件なんて、人間が魔法を行使したことによって生じた歪みじゃろ?」
「そうね。こうなるから魔法文明はやめとけってあれほど言ったのに……」
地球神は深いため息をついた。
「アルトからいくらか話は聞いておるが、やはり魔法文明は、我らにとって厳しいものがあるのかや」
「ええ。魔法の脅威は今、私たちが身をもって体験しているけれど……かなり動向に目を光らせておかないと、簡単に変なことが起こり得るの。それに、何より厄介なのが、魔法文明は科学文明より盤石なのよ」
「ふむ」
「……あまりピンと来てなさそうね。機械をまともに見たことが無いのなら無理もないのかしら」
「うむ。知らんもんは知らん!」
「別に胸を張って言う事でもないわよ。……ええと、科学は、蒸気機関にせよ電気にせよ、何かしらの動力を要するの。だから、万が一人間が何かしようとしたら、隕石でも落とせば、機械はただのガラクタになり、文明は立ち行かなくなる。でも魔法は、世界のマナや人間の体の中にある魔力を動力源にするから、極論、人間一人でも色々できるわけ」
イナリはしばらく腕を組んで考えたが、リズが魔法で色々と便利な事をしていたのを思い出し、何となく合点が行った。要するに、地球では井戸や蛇口などを使って水を得る必要があるが、魔法ならどこでもすぐ出せるといったような話をしているのだろう。
「……何となく理解はしたのじゃ。つまり、人間が神に牙をむいた際に対処しやすいのは科学文明ということじゃな」
「そういうことね。そんなわけで、魔法文明は大量に干渉しなきゃいけない性質上、必然的に干渉派になるし、科学文明は干渉しなくても問題ないことが多いから、不干渉派になれるわけ。……勿論、管理が大変ってだけで、魔法文明は魔法文明で、いいところはあるのよ?」
地球神はとってつけたように魔法文明についてフォローした。
「……」
イナリは再びお茶に手をつけつつ考える。もしかして、アルトが魔法文明で大変な思いをしている原因の一つは自分なのではないか。イナリには以前、アルトが科学文明を引くまで破壊と創造しようだとか言っていたところを全力で止めた記憶があるからだ。
「……いや、しかし、決して我は間違っておらぬよな……?」
「……?どうかしたの?」
「ああいや、独り言じゃ」
「そう」
……イナリは既に人間と良好な関係は築けているはずだし、また振り出しからというのも中々辛いものがある。それに、地球神の口ぶりからするに、魔法文明だろうが科学文明だろうが、上手くやれば問題ない話なのだ。
まあ、既に少々問題は発生しているが。
「……ところで、お主からアルトへ何らかの制裁は課されるのかや」
「いえ。これが全然知らない創造神だったら滅ぼして償ってもらう可能性もあったけど……アルトは私の友達だし、貴方もいるから、転移者を無事に返してもらえれば何にもしないわ」
「……もし何かあった時はどうなるのじゃ?」
「その時は……そうね、とりあえず私達でお話合いかしらね、フフ」
目が笑っていない笑みを浮かべる地球神にイナリは震えた。
「まあ、アルトがすでに策は講じたようだから、そうそう大変な事にはならないはずよ」
「そ、そうじゃな。そうであることを願うばかりじゃ」
「ところで、貴方は最近どうしているの?こっちではうまくやれてる?」
「うーむ、まあ、うまくやれている、と言っていいはずじゃ」
「……何か、歯切れが悪くて心配なんだけど?」
「その、ごく一部の人間との関係は良好なのじゃがな?我、今魔王なのじゃよな……」
「何がどうしたらそうなったのよ……」
「訳あってちとばかし成長促進を最大にして、丘一つ森に変えてしもうたことが災いしての……一応アルトの助力も得て事態の収束に向けて頑張っておるところじゃ」
「……まあ、私は影から応援しておくことにするわ」
地球神は呆れたように呟いた。
「ねえ、その指輪、ちょっと貸してくれる?」
「む、良いぞ」
イナリが指輪を外して地球神に手渡すと、彼女は指輪を弄り始める。
「……なるほど、こういう構造なのね……ならここを……こうして……できた。はい、返すわ」
地球神から指輪を返してもらうと、元々ついていた青い宝石の隣に黒い宝石が一つ増えていた。
「これで私と何時でも話せるわ。私たちは親子……いや、姉妹みたいなものだから、困った時でも暇な時でも、遠慮なく話してちょうだい」
「ほう、これは助かるのじゃ。感謝するぞ、地球神よ」
「アースでいいわよ。人間の言葉から取ったけど、そんな堅い呼び名より、こっちの方が良いわ。でしょ?イナリ」
「……!そうじゃな。改めて、よろしく頼むぞ、アースよ」
「ええ」
イナリがアースに手を出すと、彼女はしっかりと手を握り返した。
「ところで、我らが姉妹なら、どちらが姉になるのじゃ?やはり我か」
「いや、そこは私じゃないの?」
「む?」
「ん?」
……こうして、イナリとアースは終わりの見えない議論に足を踏み入れた。
最終的に、創造神の方が先に生まれたアースが姉ということで落ち着いた。
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