第170話 三神面談 ※別視点あり

<アルト視点>


「うーん、これはちょっとマズいですね……」


 私は、地上や世界の状態、地球神様の言っている事の事実確認を終わらせた感想を零します。


「……ねえ、貴方が連れ去ったんじゃないの?」


「ええ、誓って私は関与していませんよ。……ああいや、ある意味では関与しているんですけど……」


「説明して」


「はい。ええと……どうにも、私の世界の人間が魔法を使って地球神様の世界の人間を連れ去ったらしいですね……」


「そう。ならさっさと返してちょうだい」


「いや、そうしたいのは山々なのですが、どうやら発動した魔法が不正に時空ゲートをこじ開けてしまった影響で、世界に大量の歪みが生じてしまって……それも見過ごせない程の規模で、これに対処するとなると、コストの関係上、転移された地球人を拾いあげることは難しいかと……」


「知らないわよ。……まあ、貴方とはそれなりに仲良くやらせてもらってるし、生きて返してくれれば、多少待つくらいならしてあげるわ」


「本当に申し訳ございません。ひとまず強めの加護を付与して、よほどのことが無い限り死なないようにしておきます」


 私はひとまず、事態に対する応急処置をしておきます。


 加護と言うと大げさですが、要するに、適当に攻撃力と防御力を底上げしたのです。これを使うのは歪みが実体化し始めた時以来でしょうか。


 何故普段からこれを使わないのかと言えば、それなりに力を使う上に、力に酔って「神を殺す!!」とか言い出しかねない、所謂諸刃の剣というものだからです。まあ、その時は加護を引っぺがすだけで終わりなんですけどね。


「ええ。……いや、ちょっと待って。私の世界の人間、貴方の世界の人間とコミュニケーションは取れるの?」


「え?あー……ちょっと、ダメそうですね」


「ダメそうですね、じゃないわよ!?どうにかして!」


「し、しかしですね。言語モジュールは構築に時間を要しますから、今すぐにとはいきませんよ……」


「でもそれじゃあ、貴方の加護を得た地球人が騙され放題になってしまうわ。どうにかできないの?」


「……手が無いことは無いです。ただ、私の一存ではどうにもなりませんので、少々お待ちを」


 私は手に持った指輪を触って、狐神様を呼び出します。


「……狐神様!緊急事態です!!」


「はえ?」




<イナリ視点>


 こうして、イナリが天界へ呼び出されるに至ったわけである。


「緊急事態とは何じゃ。一体何を慌てておる?……それにこやつは誰じゃ?」


 イナリはアルトの隣にいる黒髪の少女を見る。外見年齢はエリスと同年齢か、やや下くらいといったところか。彼女は露骨にイナリから距離を取っている。


「あ、天草之穂稲荷……!」


「な、何故そんなに慌ておる?我、お主に何かしたかや?」


「近づかないで!貴方、ここに来る直前に人を殺したんでしょ!?そんな性格だったなんて……!」


「む?……あいや、これはゴブリンなる魔物の血じゃ。決して人を殺めたわけでは無いのじゃ」


 イナリは軽く袖の血を擦って弁明した。


「地球神様、落ち着いてください。……ええと、狐神様。こちらの方が地球神です」


「……地球神よ」


「ああ、なるほどの、こやつが……。改めて、我は豊穣神のイナリ……ああいや、天草之穂稲荷、なのじゃったか?まあ、イナリで良いのじゃ」


 イナリが手を差し出すと、地球神は渋々といった様子でイナリの手を握り返した。


「では、早速ではありますが、こちらに座って、状況を共有させてください」


 アルトは指を鳴らしてその場に椅子とテーブルを召喚し、さらにコップを用意して茶を淹れていく。


「……ほう。これは、緑茶か?」


「はい。『多いお茶』なる地球の製品です。先ほど買った物をそのまま用意しました。量の割にお買い得なんですよ」


「ほほう、それは良いのう」


「ちょっと、呑気な事言ってないで、さっさと本題に入って」


 呑気にお買い得商品で盛り上がる創造神と豊穣神を見て、地球神は呆れ混じりに本題に入るよう急かす。


「いや待て、その前にお主……我と話すことがあるのではないか?」


「……確かに、色々話すべきことはあるけど。でも後にして」


「う、ううむ……」


 中々距離が縮まる兆しの無い地球神の様子に、イナリは項垂れた。


「狐神様、申し訳ございませんが、地球神様の仰ることは事実でございます。事態は一刻を争います」


 イナリは地球神から嫌われているものだと思っていたが、そういうわけでは無いのかもしれない。


「お主までそういうのであれば、それに従うとしよう。早速聞かせてもらおうではないか」


「はい、先ほど――」


 イナリはアルトから、緊急事態の内容について説明を受けた。


「――というわけでございます」


「ふむ。しかし……そんな、たかが人間一人で、大げさでは?」


「いえ、人間は内に秘める文明発展寄与ポテンシャルの高さから、一人異なる世界に連れていかれるだけでも十分に問題です。以前狐神様にお話しした、創造神界隈のタブーの一つです」


「それに、地球の人間は一人消えるだけで連鎖的に影響を及ぼすの。バタフライエフェクトとか言うやつよ」


「なるほどの。ちょいちょいよくわからん言葉が混ざっておるが、言わんとするところは理解したのじゃ。……して、我が呼ばれたのは何故じゃ?豊穣神たる我に、出る幕は無さそうじゃが?」


「それについてですが、狐神様に付与しているこの世界の言語モジュールを一旦外し、地球の人間に与えたいのです」


「……言語……もじゅうる?」


 突然の聞き慣れない言葉にイナリは首を傾げた。


「要するに、この世界で主要な言語を一通り知識としてまとめたものが、今は天草之穂稲荷に付与されているということね。貴方がこっちで何をしているのかは知らないけど、こちらの世界の言語で困ったことは無いでしょう?それを可能にしているのが言語モジュールよ」


「ふむ。しかし、我がこちらに来てから、それが付与された記憶は一切無いのじゃが?」


「ええ、狐神様をお招きするにあたっては、言語モジュールの構築も含め、予め色々と準備をさせていただいていましたからね。しかし今回は急を要する事態で、今から構築していてはとても間に合わないのです」


「んんー……それが我に返ってくるのはいつ頃になるかや」


「具体的にはお答えできませんが、なるべく早く……ですかね」


「ううむ、しかし我、それなりに人間と交流しておるからのう……」


 なんとも頼りない返事に、イナリは腕を組んで唸る。


「神が人間とする交流なんて、精々お祈りを聞いて頷くだけでしょ?それなら影響は微細よ」


「狐神様は既に人間に保護されている身ですから、少なくとも人間に陥れられるようなことは無いでしょう。狐神様、いかがでしょうか」


 地球神の言葉はイナリの状況を全く知らない故に頓珍漢なアドバイスだが、ある程度イナリの事情を把握しているアルトが問題ないというのなら、きっとそうなのだろう。


 それに、地球から転移した人間に何かあった際には、本格的な世界間問題とやらに発展し、魔王どうこう言っている場合ではなくなりかねない。


 そういった事柄を天秤にかけた上で、イナリは決断を下した。


「よかろう。その、もじゅうるとやらを外すのはアルトに任せればよいのかや」


「はい、お任せを」


 アルトがイナリの頭のあたりに手をかざすと、何か光の塊のようなものを抜き出した。


「これが言語もじゅうるとやらか。いつの間に我に付与されていたのじゃな……」


 イナリが見た限りでは、言語モジュールなるものは、付け外し自体はかなり楽なようである。それに、今イナリからそれが抜き取られたわけだが、特に喪失感のようなものも感じられない。


 アルトは手元を動かしながらボソボソと呟く。


「これを、こうして……よし。これで地球神の世界の人間……便宜的に転移者としましょうか。彼が言語で困ることは無いでしょう。ふう、さしあたっての問題は解決ですね……」


「いや、ちゃんと定期的に監視しなさいよ。もし転移者が死んだりしたら、いくらアルトと言ってもただじゃおかないわ」


「ええ、ちゃんと気にかけておきます……。さて、お二方は積もる話もありましょう、私は一旦席を外させていただきます」


「えっ?ちょ、ちょっと……」


「少し離れた場所で世界の歪みの修復作業をしておりますので、何かございましたらお声がけください。では!」


 アルトはそう言うと、足早にその場を離れた。


「……あ、アルトぉ……」


 地球神は、先ほどまでの強気で芯が通ったような声は何だったのかと思うほど情けない声でアルトの名を呼んだ。


 そしてあとに残されたイナリと地球神は、しばらくの間、会話はおろか目を合わせることすらなかった。

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