第125話 謎の少女 ※別視点
<アリシア視点>
「本日の治療を受ける方の人数に関するリストはこちらになります」
「わかりました、ありがとうございます」
謎の少女について、エリスも、私についてくれている神官さんも何も言わないで、いつものようにリストの受け渡しをしている。
あ、そういえば、最近魔法学校の研究者さんが見学に来たって話があったな。
普段、自然とエリスと二人だけだったから驚いたけど、私が知らないだけで、教会側で見学者を募っていたりするのかも。この子も見学に来ているのかな?
「最近は、外からのお客様が多いのですね」
「そうですね、この街の近くに魔王が現れたことで、冒険者が教会に訪れる機会も増えています。彼らを支えることもまた、我々の大事な仕事です。そして聖女様はその核となるお方ですから、お体にはお気を付けくださいませ」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
……何か、会話がかみ合っていない気がする。言い方が悪かったかな。
「では、患者の方がお越しになり次第、こちらにお通しします。お二方は、しばしお待ちください」
「はい。よろしくお願いいたします」
返事をしつつ、神官さんの言葉を反芻する。……「お二方」?
流石に見学者の子を見落とすなんてことは無いだろうし、聞き間違いかな。まあいいや、今はエリスと話すことを優先しよう。
「エリス様が本日の担当の方と代わられたと先ほど伺い、大変驚きました。魔の森へ向かわれたとのことで、無事を祈っておりました。こうして再びお話することが出来て、大変嬉しく思います」
「ええ、ありがとうございます、聖女様」
「体調の方はいかがですか?怪我などはございませんでしたか」
「ええ、想定外の事態にも見舞われましたが、仲間の皆さんのおかげもあって、無傷で、死傷者も無しです」
「それは大変すばらしいことです。きっと、エリス様も活躍なさったのでしょうね」
「え、ええ。まあ、そうですね」
……何か歯切れが悪い返事だけど、見学者がいる前でそこを突くわけにもいかないよね。
というか、結局見学者の子がいるから、しばらくは聖女として振舞わないといけないのかな。はあ、ちょっと残念……。
ただちょっと気になるのは、私を前にしても、あの見学者の子はずっと部屋の端にいること。
私を見る人は大体、喜んでくれるんだけど……。いや、これは自意識過剰だったかもしれない。改めないと。
心の中で自分を戒めていると、今度はエリスの方から話しかけてくる。
「……魔物による傷、枝や蔦による傷……今回は避難者の患者が多いのですね」
「そうみたいですね。避難時の護衛にあたった冒険者や兵士の方の治療が落ち着いたという事でしょう。魔王による被害も落ち着くと良いのですが……」
回復術師の仕事というのは、少なければ少ないほど良い。ここ最近ずっと多くの患者がここを訪れるのは、魔王の影響によるものだ。
そんな元凶さえ落ち着けば、この街に平和が訪れるはず。
「そう、ですね」
エリスが返事を返してきたところで、再び部屋の扉が叩かれ、最初の患者の方が来る。
早速、業務開始だ。私達はいつものように、患者の傷や怪我の状態を見て、適切なレベルの回復魔法を掛ける。
最初は比較的軽い、しかし耐えるには厳しいであろう傷が、肩から腕にかけてついていた女性だった。曰く、この街へ避難する道中、トレントの存在に気がつかずに引っ掻かれてしまったらしい。
トレント。ここ最近頻繁に耳にするようになったけど、きっと恐ろしい魔物なんだろうな……。
「我らが神よ、その身に宿る力の一部をもって、我らにかの者の傷を癒す力を与えたまえ。『ヒーリング』」
一番基礎的な回復魔法ではあるけども、私とエリスならそれでも十分に癒せる。
見学者の子も、私の真横まで来て私達の作業をまじまじと見つめている。
……ただ、その、ちょっと、近くないかな。見学って言っても、ここまで近寄って見る必要はあるのかな。
少し顔を覗いてみれば、感動しているというよりかは、珍しさか、あるいは感心しているように見える。何だか、見た目に反して子供らしさは感じられない。
というか、エリスにしてもこの女性にしても、何にも反応しないのも不思議だ。流石に、何かしらの反応の一つくらいしてもいいように思うけど……。
私は仕事に集中しないといけないから、回復魔法の発動中は何も言えないし、手が空いても、もし見学が元々こういうものだったとしたら、わざわざ離れるように言うのも申し訳ない。
ずっと隣に居られるとなると気になるけど、とりあえず皆に合わせておこう。私は私の仕事に集中しないと。
その後、十数人の治療が終わり、今日の予定されていた分の業務が終了した。
最後まで、誰一人として見学者の子について言及する人はいなかった。
そしてその子は今何をしているかというと、部屋の窓の窓枠に座って舟をこいでいる。
……いや、確かにずっと隣に居たら気になるとは思ったけども、寝るのはいくら何でも興味失せすぎじゃないかな。途中から窓の外の蝶を眺めたりしてて、まさかとは思ってたけども。
ともかく、この子が寝ている隙にエリスと雑談でもしよう。きっとあの子も聞いていないはず。
「エリス様、また、私を名前で呼んで頂いてもよろしいですか?」
「……いいですけど、本当に気を付けてくださいよ?アリシア様」
「ふふっ、大丈夫だよ、エリス。神官さんは絶対にノックをしてから入ってくれるから。ところで、魔の森はどうだった?」
「中々酷いことになっていますが、朝にお伝えした通り、無事に帰ってこれましたよ。トレントも大量に倒せましたので、だいぶ安全になったとは思います」
「そうなんだ、それは良かった。魔境化に村が巻き込まれた人たちも、帰れると良いけど……」
「それは難しそうだと、私のパーティの仲間が言っていました。最低でも再建を要すると思いますし、魔物もいますからね。あくまで予想なので、後々、改めて調査することになりそうですが」
「難しいね。ちなみに、エリスが入れ込んでた、イナリちゃんは元気?」
私がエリスから聞いているのは、イナリという名前の少女がいることくらいで、どういう子なのかは殆ど知らない。ただ、エリスにものすごく愛されているというのはわかるけど。
でも、森に家があるらしいから、きっと魔境化に巻き込まれているはず。私はそこが気になったので聞いてみる。
「ええ、元気でしたよ。素晴らしい毛並みに癒されました」
「……毛並み?」
「ああ、ええと……獣人の子なんですよ。狐系の子で、とってもかわいいですよ。最近は接触を増やしても全然平気になってきましたし――」
この街は確か、獣人が全然いないはず。狐系というと、ちょうど今、窓枠で寝ている子が当てはまるけども……。
「エリス、その子って、ここにいる子のこと?」
「えっ、教会内に似たような方がいたのですか?い、今、イナリさんは森にいますよ……?」
「……え、じゃああの子は?」
「……誰のことですか?窓の外に何方かいるのですか」
「……え?」
私が窓で寝ている子を指さして聞いても、エリスは不思議そうに尋ねてくる。
……もしかして、あの子は私だけに見えている?
もしそうだとしたら、当然神官さんも含めて、誰も何も言わないに決まっている。
それに、私しか見えないとなると……あの子は幽霊だ。それも、エリスが感知できないとなると、かなり厄介な幽霊だ。
幸いなのは、当人、もとい当幽霊が今はとても穏やかな様子であること。死ぬことが出来ない苦しみに苛まれる前に、安らかに眠らせてあげないといけない。
……きっと、自分が死んだことに気がついていないのかな。そう考えると悲しい気持ちがわいてくる。
「……エリス。危ないかもしれないから、ちょっと下がってて」
「あ、アリシア様?」
私はエリスを下がらせ、窓に近づいて手を構える。
「我らが神よ、その身に宿る力の一部をもって、世に留まりし哀れな魂に安寧を与え、神の元への道標を――」
幽霊に対して有効な聖魔法の詠唱の途中で幽霊の少女が目を覚ます。
「……んあ?え、何じゃ!?何じゃそれ!?!?」
「ちょ、アリシア様!ストップ!ストップです!!」
慌ててエリスが抱きついてきて、私の詠唱を阻止し、手に集まってきていた光が霧散した。
まずい、このままでは幽霊が逃げてしまう。
「エリス、ここに幽霊がいるから、今のうちに仕留めないと!」
「違います!その子は、幽霊じゃないです!!」
「……えっ?」
エリスの言葉に再び幽霊の少女を見れば、窓から逃げて部屋の隅で震えていた。
エリスがその子の隣に歩み寄り、気まずそうな面持ちで私に向き直る。
「……紹介します。イナリさんです」
「……どういう事?」
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