第122話 劇薬(後)
「ここが庭だよ!そこに三人で座れるところがあるから、そこで食べよ!」
錬金術ギルドの別館の庭に着くと、先導していたハイドラが振り返って告げる。
イナリ達はそれに従って席に着き、庭を見回す。
「ふむ、多種多様な植物があって良いではないか」
「いかにも植物園って感じだよね。こういうところの独特の匂い、結構好きだよ。ただ……何か、前より人が多いね?もうちょっと静かな印象だったんだけど」
リズの言うように、視界には少なくとも四人は植物を監視していたり、ハサミで葉を刈り取ったりしている作業員のような者がいる。
「ほら、魔王が出てから植物の成長速度がおかしくなったでしょ?その影響で園内の植生がおかしくならないようにってことで、監視に割かれる人員が増えてるみたい。魔法学校の植物園もそれで大変みたいだよ?確か学生のバイトを募集してたと思うけど……知らない?」
「リズ、その辺はもうめっきり触れてないから知らないや。そんなことになってるんだね」
「たいへんじゃな」
ハイドラとリズの会話に、イナリは雑に便乗した。成長促進は最低とはいえ、通常の三倍程度には加速するのだ。管理の大変さもその分増すことだろう。
そんな会話をしながら、リズは袋から昼食を取り出してハイドラとイナリに配って、食べ始める。
「あ、そういえば、あれはどうなったの?ブラストブルーベリーポーション。何か成果はあった?」
ハイドラが思いだしたように、今回イナリとリズがここに赴いた目的について言及する。
「ああ、そうそう、それの相談がしたかったんだよね。一応持ってきてるんだけどさ」
リズは本題を切り出しながら、テーブルの上に広げた軽食をずらし、中央に三つの瓶を並べていく。
「こんな感じ。順番にだいたい五、六、七日前のものだよ」
「へえー、しっかり色が出てるみたいだし、順調そうじゃない?」
「いやあ、それがねえ……。とりあえず、ちょっと舐めてみて」
リズが、中身の色が一番薄い瓶の栓をポンと抜いて、ハイドラに差し出す。
ハイドラはそれに指の先端をつけて舐め、しばらく腕を組んで首を傾けた後、口を開く。
「……何か、成分が強く出すぎてない?さっきまでやってた作業の疲れが一気に消し飛んだけど」
「そう。そうなんだよね。さっき、前のやつと同じ感じで飲んだせいで意識が飛びかけた」
「ええ、それは気を付けなきゃダメだよ。……見た感じ、あとの二つはもっとすごいんだよね?となると、ちょっとこれは良くなさそうだね」
「我にはあまりよくわからないのじゃが、何か不都合なことがあるのかや?」
「うん、希釈しないと飲めたものじゃないね。当然売ることもできないよ」
「うむむ、我はこれでも全然良いと思うのじゃがなあ……」
「あ、そっか、イナリちゃんはブラストブルーベリーをそのまま食べられるから、これを飲んでも何てこと無いんだね……」
「とりあえず、ちょっと薄めてみようか」
呆れたような声を上げるハイドラをよそに、リズが椅子に立てかけていた杖を手に持って空中に水を生成し、テーブルの上に置かれた瓶に足していく。
「器用なことをするのう」
「こういうのは普段からよくやってるからね。それに魔術師だから。……とりあえず原液の半分くらい水を足したよ。これでどうかな」
再びリズが瓶をハイドラの方へ差し出し、水で薄めたポーションを飲む様子を眺める。
「うーん。確かに薄まったし、飲めるようにはなったけど……味も薄くなっちゃったし、特有のシュワシュワした感じがしない……」
ハイドラが明らかにがっかりとした様子になっているのを見て、リズも一口ポーションを飲む。
「……本当だ。何か……何だろう?前のよりも微妙だな……」
イナリも水で薄めたポーションを飲んでみる。
確かに二人の言う通り、なんだか感想に困るような、中途半端な味わいの液体と化していた。イナリはその味に近いものが一つ記憶にあった。
「これはまるで、瓶に漬けていたブラストブルーベリーを食べたときのような感覚じゃな。実に味気ないのじゃ」
「うーん、水で薄めるのはあまり良くないってことかな。となると、売れるものにするなら、この前二人が来た時に飲ませてもらった、一、二日漬けただけのが一番丁度いい感じだね。でも、私の研究室でそれを作るような余裕は無いかなあ……」
ハイドラは現時点での結論を述べつつ、悩まし気な表情をしながらパンを齧る。
ハイドラの部屋には所狭しと素材や作業器具が置かれているので、ブラストブルーベリーポーションの製造にはとても向いていない。
「リズ達の家で作って、ハイドラちゃんに捌いてもらうのはどう?それで、イナリちゃんとハイドラちゃんで利益を分配するとか」
「そうしてもらうのが一番助かるかなあ。あ、でも、他のポーションと一緒に売り込むことになるだろうから、手数料とかはそんなに要らないかな」
「そっか。じゃあ、そういう事でいいかな、イナリちゃん」
「……む?うむ」
未だにあまり通貨のやりとりというものを理解していないイナリは、適当に頷いた。もし仮に変な事を言われていたならばリズも何か言うだろうから、問題は無いはずだ。
「あ、でも原料が原料だから、あまり量産とかはしない方がいいかもね。少なくとも、世間に受け入れられると判断できるまでは」
「確かに、何も知らない人からしたらちょっと怖いポーションだもんね。これ」
「うん。あと、製法も秘匿して、販売個数も絞って、希少価値を上げて搾り取っちゃおう」
「……まあ、そこは任せるけど……」
さらりと中々エグいことを口走るハイドラに、リズは苦笑で返す。
「ビジネスの話はこの辺にして、この濃すぎるポーション二つはイナリちゃんに飲んでもらってもいいかな?」
「良いじゃろう。丁度喉が渇いておったところじゃ」
イナリは二つの瓶を自分の前に寄せ、豪快に飲んでいく。シュワシュワと口の中で弾ける感覚がとても心地よい。
その様子を畏怖の目と共に眺めていたハイドラが、ふとイナリに尋ねる。
「……そういえば、確かイナリちゃんって、毒が効かないんだよね?」
「うむ、そうじゃな。あと、どうやらポーションの類も効かぬかもしれんのじゃ」
「うーん、なるほどねえ……」
ハイドラはテーブルの中央から軽食として用意された果物を摘んで考え込む。
「何か気になることでもあるのかや」
「あくまで可能性の話に過ぎないんだけど、ブラストブルーベリーに含まれる成分って、生半可な毒が効かないイナリちゃんすら凌駕するレベルの、ものすごい成分が含まれているんじゃないかなって……。よくよく考えたら、イナリちゃんの体調に変化が出るって結構異常な事だよね?」
「……確かに、よく考えたら変だね」
ハイドラの声に、リズは目の前の瓶を指さして呟く。
「……コレ、本当に売って大丈夫なの……?」
「ま、まあ、上手くやれば大丈夫だと思う……」
「我には何が問題なのかわからぬ……」
三人は食事を囲んで唸った。
その後は街のどこの店で何を買ったとか、魔法学校にいた何とかさんは今何をしているだとかいった雑談に花を咲かせた。
尤も、ハイドラは錬金術師の仕事ばかりで外に出てないから話題が無いなどと言いつつ、それなりに幅広い話題を繰り広げる一方で、リズは口を開けば魔法と魔道具の話しかしないし、イナリはそもそも人間と共に暮らし始めて間もない上に、地球での話など話せるわけもなく、ほぼ聞き手に徹することになった。
リズとイナリは、絶望的に雑談が向いていない人間と神であった。
そして今、そんな二人に対し、ハイドラは自室の前で、笑顔で別れの挨拶を告げる。
「今日は楽しかったよ!また遊びに来てね!あ、あとブラストブルーベリーポーションも待ってるからね!」
「うん、じゃあまたね!」
「うむ、またの」
ハイドラが部屋に戻っていったのを見届けた後、二人は裏口から錬金術ギルドを出る。
そして正面玄関の前を通りかかったところで、イナリはふと呟く。
「……そういえば、ハイドラはあの鉄の扉を片手で開けておったよの……」
「……言われてみれば。普段の感じだと忘れがちだけど、やっぱ、そういうところは獣人らしいよね」
「ううむ、我にも力があればのう……」
「いや、イナリちゃんにはもう十分えげつない力が備わってるよ。ただ全部良くない方向に転がってるだけで」
「何の励ましにもなっておらぬよ……」
「と、とりあえず。この後はどうする?時間も微妙だし帰る?」
リズは若干悪くなった空気を誤魔化すように話題を切り替える。
「うむ、特に他に今なすべき用は無いのう。収穫したオリュザを持っておれば、以前我が行った店に持ちこんだりしても良かったかもしれぬが……生憎家に置いてきてしもうた」
「そっか、じゃあ昨日の疲れも残ってるだろうし、帰ろうか」
「うむ」
二人が家に戻ると、丁度家の前でエリスと会った。
「あれ、お二人とも、出かけていたのですね」
「うむ。ハイドラの所にの」
「そうでしたか。話には聞いていますが、私もいつかお会いしたいですね」
「そっか、エリス姉さんはハイドラちゃんと会ったこと無かったっけ」
「それで、お主は確か教会に赴いておったのじゃったか。して、首尾はどうじゃ?」
「はい、何とか他の回復術師の方と調整して、明日の聖女様と同じ担当日に変えてもらうことが出来ました。明日、回復術師としての業務が終わった後、イナリさんの神器についての打診をします」
「ふむ」
エリスの言葉に、イナリは短く相槌を返した。
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