第115話 あっけない幕切れ
「なあ、俺たちもイナリの力を借りてあいつを潰すとかはできないのか?」
「それ、イナリさんの髪の毛を使うってことですか?ちょっと、それはどうなのでしょう……」
「尻尾の毛を集めてお守りとか言ってた奴にだけは言われたか無えな」
「いやいや、お手入れの際に抜け落ちた物か、率先して取りに行くかの間には大きな違いがありますよ」
「いや知らんが。どっちも同じようなもんだろ」
「我はディルに同意見じゃ。ちなみに、アレは我が回収して処分したのじゃ。当然じゃな」
「あ、処分しちゃったんですね、いつの間に……」
「それに、我の力を使うというのは、あまり容易ではないのじゃ。我も昔、我が力を悪用しようと思ったことがあったのじゃが……うまく行かなかったのじゃ。何やら厳格な作法や条件のようなものがあるらしいのう」
「悪用って、何しようとしたんだお前……」
「勘違いするでないぞ、本来の用途ではない使い方、という意味合いでの悪用じゃ。……あいや、こちらに来る直前には本来の意味で悪用しようとしたか……」
イナリは神社が取り壊しが決まった夜の事を思い出し、顔を顰めた。
「ま、まあ、何か罪を犯したわけでは無いようですし、一旦この話は置いておきましょう?」
「そ、そうだな……」
ディルとエリスは、何か触れてはいけない部分に触れているように感じ、話を終わらせることにした。
「しかしそう考えると、あのトレントは作法も何もなく、ただ我の髪を取り込んで強引に力を引き出して居るようじゃが……果たして、普通の人間があのように我の力を取り込んだら、耐えられるじゃろうか」
イナリは腕を組んで、目の前で不気味に動くトレントを眺めながら思案する。
「それはわかりませんが……ひとまず、ディルさんの意見は無しということで行きましょう」
「実際難しそうみたいだし、そうだね。ところでエリスは神官だけど、神の力を扱う職として何かわかることはないかな?」
「いえ、私はアルト神の力を呼び出して聖魔法を使っていますが、その利用形態もかなり違うように思います。あまり今回の件についてわかることは無さそうですね……」
「そっか……」
一同の間に沈黙が流れる。それを破ったのはリズの魔法の詠唱であった。
「『フレイムエクスプロージョン』。……うーん、循環を断つ。循環ね……」
リズが流れ作業のようにトレントに向けて火の球を撃ち込んで、トレントの残骸収集を振り出しに戻してから、少し前のイナリの言葉について考えているようだ。
「……イナリちゃんって、どうして怪我したんだっけ」
「トレントに切り付けられたためじゃ。何じゃ、一体それがどうしたというのじゃ?」
「もし仮に、イナリちゃんの硬さが神の力由来だとしたら、イナリちゃんが怪我をするっていうのはつまり、神の力も断ち切られていたってことになる。もしそれが正しければ、あのトレントに流れる力を断ち切るための手がかりになりそうじゃないかなって」
「なるほど……?」
リズの言葉にエリックが考え込む。
「怪我した理由も何となく考えてるよ。ちょっと長くなるけど、いいかな?」
「まあ、お前の説明が長いのはいつものことだしな」
「僕たちがどれくらいわかるかはさておき、ひとまず聞かせてもらってもいいかな」
「わかった、もしわからなかったら、その都度聞いてね。ええーっと、どう話そうかな」
リズは少し黙って考えた後、説明を始める。
「まず、ここに大量にいたトレントって、普通よりも硬かったよね?」
「そうだね。僕の剣も中々通らなくて大変だった」
「その原因は、イナリちゃんの影響を受けて急成長をしたからだと思うんだ」
「ふむ?我かや」
「うん。先生の話だと、イナリちゃんは、神の力を地面に流し続けて成長させているみたいなんだよね。だから、ここ数日で過剰にそれを受けたトレントも、神の力を僅かに宿したんじゃないかな。そのせいで今リズ達の前にいるアレほどではないけども、微妙に耐久力が上がった」
「なるほどな。だが、それがどうイナリの負傷に繋がるんだ?関係ない話にしか思えないが」
「ええっと、今の話はつまり、トレントが本当に少しだけ神の力を持っていたってことが言いたいの。で、話を戻すと、トレントを倒すうえで、リズ達の攻撃は通常よりも過剰なくらいにしてちょうどいいくらいだったよね。でも、イナリちゃんは見た感じ、特にちょっと強めに撃つとか、そういうことは意識しないで風刃を撃っていたよね。何なら、途中からは雑に撃ってたくらいだった」
「お、お主、よく見ておるのう……」
「リズが魔法リストを見てた時、たまに覗いてたんだよ。で、ここからわかることが、神の力を宿してどれだけ耐久力を得ても、神の力に対する耐性は上がらないんじゃないかってこと。あるいは、神の力があるからこそ神の力に対抗できるとかかもしれないけど、まあ細かいところは今は置いておくとしてね」
「確かに、筋は通っていそうです、かね?」
「だから、イナリちゃんからトレントに対しての攻撃も、トレントからイナリちゃんへの攻撃も通ったんじゃないかって」
「ふむ」
イナリは一つ返事を返して思案する。
イナリは過去に、自身の能力の影響を受けた植物が動き出し、挙句自身を襲ってくるような経験も、神の力を持った何かと戦った経験も持ち合わせていない。しかし、少なくともリズの推理はある程度、的を射ていそうではある。
「長々と喋らせてもらったけど、結論としては、あの謎トレントに対して、神の力を持った物なら効きそうじゃない?ってこと。あるいは風刃でもいいかもしれないけど」
「うーむ、風刃は動きながら撃つには適しておらぬし、精度もあまり高くない故、多少近づかねばならぬ……。遅いとはいえ、トレントに追われながら使うのは少々不安じゃな。あ、誰かの背に括りつけられるのも、しばらくは御免じゃ」
「そういえば、イナリさんの神器はどうですか?エリックさんに渡して、試してもらっては?」
「そういえばそんなのがあったのう。エリックよ、良いかや?」
「まあ、皆には作戦で頑張ってもらったし、僕も何かしらしないと、格好がつかないよね」
イナリは懐から出した短剣をエリックに手渡す。それを受け取ったエリックは鞘を抜いてトレントの方へと歩き出す。
「リズ、もう一回魔法でトレントが集めた残骸を落として欲しい」
「おっけい!『フレイムエクスプロージョン』!」
リズが元気よく魔法を撃ちこむと、エリックはトレントの方へと素早く移動し、核となっているトレントの枝にイナリの短剣で斬りつけ、すぐに飛んでトレントから離れる。
エリックによって斬りつけられたトレントの枝は、リズによる高威力の魔法を耐え続けていたとは思えない程あっけなく切断された。
「うん、リズの考えは合っていそうだ」
エリックはそう言うと、素早くトレントの枝を全て切り落とし、幹も分断していった。
そしてエリックが足を止めたころには、神の力の影響を受けたトレントは、周辺に転がっている木屑の一部と化した。
「……何か、あっけないのう」
「初期段階で対応できたのと、リズがすぐに原因から解決まで思い至ったのが効いたな。普段はただのチビだが、賢さは本物だよな」
「……ねえ、それ褒めてる?」
ディルの言葉にリズは顔を顰める。もはや特筆する必要すらない、いつものことである。
それをよそに、エリスが口を開く。
「……そういえば私、この森に来てから何かしましたっけ。大した事、何もしてない気がするのですが」
「……よく知らぬが、お主は回復術が主な役目なのじゃろ?それが活躍するのが良いこととは限らんじゃろ」
イナリはどうにか言葉を捻りだしてエリスを励ます。
「それはそうなんですけどね。こう、皆さん活躍してる中、私だけ何もないっていうのはちょっと……気になりませんか」
「まあ目立った活躍がほしい気持ちはわかるが、地道な貢献も重要だからな?索敵、監視、下準備。どれも欠けたら困るものだ」
「……ディルさんにしては、いい事言いますね。ちょっと複雑な気分です」
「何でだよ、今のは結構いい線行っただろ!なあリズ!?」
「まあ、うん。今の発言が無ければ結構よかったんじゃない?」
「マジか。うわ、黙っときゃよかった……」
「ふふっ、まあ、嬉しかったのは事実ですよ。お二人とも、励ましてくれてありがとうございます」
エリスは頭を抱えるディルを見て笑いながら、イナリの頭を撫でる。
そんな会話をしているうちに、エリックが戻ってくる。
「ふう、何とか大事にならずに済んだね。あ、イナリちゃん、この神器は返すね。ありがとう」
「うむ」
エリックから受け取った短剣をイナリは懐にしまった。
「とりあえず、多少残っているらしいトレント達を倒しながら様子を見て、何事も無ければ明日の朝には街に戻ろうか」
「そうですね。ええっと、森に来てから……明日で四日目ですか。事態の深刻さにしては早く対処できましたね」
「いやあほんと、何とかなってよかったよ。なんか、しばらくトレントが夢に出そう。寝ぼけて魔法撃つかもしれないから、先に謝っておくね」
「それはマジでやめろよお前」
「元々一週間程度はここに留まる予定じゃったが、今はお主らの家に戻って柔らかい寝床で休みたい気分じゃ。一日前倒して、我もお主らについて行くとするかの」
「ええ、是非是非!私も柔らかいイナリさんと一緒にゆっくりしたい気分なのですよ」
「……やっぱり一週間ぴったり滞在しようかのう……」
「ダメです、イナリさんは私と一緒に帰ります。確定です」
何となく身の危険を感じたイナリは逃げの姿勢をとったが、エリスに両肩をがっちり掴まれ、逃げ場を失くしてしまった。
「ひとまず、しばらく僕がここで、さっきのトレントが起き上がったりしないか見ておくから、皆は先に戻って休んでいいよ」
「了解しました。食事も用意しておきますね」
「うん、よろしく」
エリックをその場に残して、一同はイナリの家へと戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます