第114話 謎のトレント

 イナリはひとまず、ゆっくりと近づいてくる巨大化したトレントを観察してみる。


 普通のトレント達の大きさの平均を一とするならば、目の前のトレントは大体三前後といったところか。


 そしてその見た目は、一言で言うならば、歪である。


 二、三倍程度に巨大化した一体のトレントの幹と数本の枝を中心として、それ以外は全て周辺の木やトレントの残骸をかき集め、何らかの力によって固定することで形を成している。


 核となっているトレントには一部灰と化している部分もあり、根の部分に至っては完全に消失していることから、リズの魔法が当たっていたことは確実である。


 何らかの力によって強引に形が保たれているためか、足取りもおぼついておらず、見た目の衝撃と悍ましさに反して、さほど脅威は無さそうである。


「何か、弱っちそうじゃの」


 そんなわけで、イナリは一先ず、端的な感想を述べた。


「油断はするなよ、どう見ても普通じゃねえぞ。……俺はもうまともに動けないんだが、どうするんだ?」


「正直、見てるだけでぞわぞわするんだけど。さっさと燃やして終わりで良くない?まだ魔力の余裕もあるしさ」


「まあそうだね、他にトレントが居なさそうなら、一回撃って様子を見ても良いかもしれない。エリス、この辺の魔物の反応は?」


 エリックはエリスの方に振り返り、状況を確認する。


「一応、リズさんの魔法を免れたトレントが何体かはまだ健在のようですが……数えられる程度です。他の魔物の反応もなさそうですね。しかし、得体のしれないものを刺激して大丈夫なのでしょうか?」


「少し悩むところだけど、見たところ、あれは放置する方が後々厄介になるタイプだと思う。早めに対処したほうが良い。というわけでリズ、一発撃ってみて」


 エリックはエリスの懸念にそう返すと、リズに魔法を撃つよう促す。


「おっけーい!それじゃ……『フレイムエクスプロージョン』!」


 リズはウキウキと返事をすると、すぐさま魔法を発動した。リズによって生み出された火の玉がトレントの方へ飛んでいき、爆音とともに着弾する。


「ふふん、会心の出来。これであのトレントもおしまいだね!」


 爆発による土煙が晴れると、そこにはトレントの欠けた部位を補完していた残骸が全て剥がれ落ちたトレントの姿があった。


 トレントは何事も無かったかのように大きくなった枝を動かして、再び周辺の木片やトレントの残骸をかき集める。きっと、そのうち根を形成してまた動き出すことだろう。


「ええぇ、嘘でしょ、まだ生きてるの?生命力すご……」


 リズは感嘆混じりに驚愕する。


「うーん、何というか……対処に困りそうな感じだね」


 エリックは唸りながらどうするかを考えている。確かに対処に困るというのはその通りだろう。


 このトレントは、少なくとも現時点では先ほどのトレント達のように、道中の全てをなぎ倒すとか、そういった意味での脅威は無さそうだ。


 しかし、普通ならば一度食らうだけでもひとたまりもないような魔法を、二度三度受けてなお無傷で、周囲の残骸を使って再生し続け、しかも放置したら最終的にどうなるかはわからないという面倒なおまけつきである。


「どうするのじゃ?」


 イナリはこの謎のトレントをどう対処するかについてエリックに尋ねるが、返事は返ってこない。


「……というか、そもそもこいつは何なんだ?新種か何かか?それとも俺が知らんだけでこういうやつがいるのか?」


 答えが出るのにしばらくかかりそうだと判断したのか、ディルが目の前の謎のトレントについて言及する。


「いや、普通にこのトレントが特殊なだけだよ。……そもそもの話、この森のトレントが妙に耐熱性が高いのもおかしいと言えばおかしいんだけどね。さっきの魔法だって、普通のトレントだったらオーバーパワーもいいとこだよ?」


「なるほどな。イナリは俺が逃げてるとき、後ろを見てたよな?何か他と違うトレントとかはいたか?」


「んや、少なくとも、我が知る限り特殊そうなものはおらんかったのう。遍くすべてのトレントが我を見ておったのじゃ」


「……イナリさん、よく平然としてられますね」


「慣れとは恐ろしいものじゃよ……」


「ああ、なるほど、そういう事なのですね。怪我までされてますし、本当に大変でしたね」


 エリスはイナリの背後に立ち、頭を撫でながら慰める。


「え、マジかイナリ、お前怪我してるのか!?」


「うむ、まあ、ここに着く直前にちとばかしの。ほれ、この辺じゃ」


 イナリは何か言いたそうなエリスを手で制しつつ、後頭部の辺りを皆に見せる。


「うわ、本当だ……。剣を刺しても全く傷つかなかったのに……」


 リズをはじめ、皆が驚く。やはり、イナリが怪我をするというのはそれなりの衝撃があるようだ。


「しかもあのトレント、我の髪ごと切りつけたのじゃ。全く、我の髪の価値がどれほどのものか……あっ」


 イナリはやれやれといった風に嘆いた後、ある一つの、少々自身にとって都合の悪い事実に気がついて声を上げた。


「何だ?何かわかったのか!?」


「……その、怒らないで聞いてほしいのじゃが……」


 イナリは少し俯き、手を弄りながら上目遣いで前置きする。


「な、なんだ急に……」


 突然のイナリの態度の変化にディルが身構えるが、エリスがイナリの両肩に手を置いてきたので、勇気を出して話を続ける。


「あれ、我のせいやもしれぬ……」


「え、どういうこと……?」


 あまりにも唐突なイナリの発言に、一同は首を傾げる。


「エリスよ。以前、我が寝ている時に、お主が我に何をしていたのか問い詰めたときを思い出して欲しいのじゃが」


「……ああ、何となく話が見えてきましたよ」


「僕達には何も見えないよ。というか、エリスは何をしたの……?」


「ま、まあ、それは今は置いておいてください。イナリさん、話の続きを」


「うむ。我は神じゃから、当然体には神の力が流れておる。これは言うまでも無かろうが、それは我の髪も例外ではないのじゃ。そして、髪は切り落しても、力の残滓がある程度残るのじゃ。それを使えば、ただの人間が呪いなんかを使ったりできるわけじゃな。して、今回、あのトレントが妙な再生力や耐久力などを獲得しておるのもまた、それと同様なのではないかと思うての……」


「なるほど?つまりあのトレントは、何かの拍子にイナリちゃんの髪の毛を取り込んで、その神の力で動いてるってことか」


「端的に言えばそうじゃ。神の髪の毛の力じゃ。神だけにの」


「ごめん、それはよくわからないや」


「かつてないくらい雑にあしらわれたのじゃ……」


 イナリは渾身の洒落が流されたことに肩を落とすが、そんなことはよそに話は進行していく。


「というか、イナリの髪の毛が切断されたのなんて、ほんの一部だろ?それだけであんなのになるのかよ」


「うむ。恐らくあのトレントは、自身の耐久力を底上げして、あとは体を修復してどうにか我を取り込むために力を用いておるのではなかろうか。果たしてその残滓がどの程度持つかは知らぬがの」


「ちなみに、イナリさんの見立てではどの程度持ちそうなのでしょう?すぐ残滓が無くなるのなら、放置も視野に入れられますよ」


 エリスの問いに、イナリは髪の毛の切断された部分と、謎のトレントが再生する様子を交互に見て推測する。


「うーむ、そうじゃな。この程度じゃと……まあ、長くて半年以内、短ければ二、三月程度じゃろうか。力の使い方なども絡んでくる故、断定はできぬがの」


「なるほど、どちらにせよ放置は無理そうですね……」


「ちょっとの髪の毛でこれって、イナリちゃんが丸ごと取り込まれたらどうなっちゃうんだろう……」


 エリスとリズは謎のトレントを眺めながらため息をついた。


「ちなみに、血は大丈夫なの?」


「うーむ、血を流した経験など数回しかない上に、それを利用されたことも無いからのう。断定はできぬが、飲んだりしなければ大丈夫じゃろ」


「なるほど。となると、やっぱり髪の毛だけが動力源なのか。イナリちゃん、どうしたらいいかとか、わかるかな?」


「そうじゃなあ……一番確実なのは、我の力の残滓を使い切らせることじゃな。多分、先ほどのリズの攻撃を定期的に当て続けておれば、一月くらいで終わるのじゃ」


「え、それは普通に嫌」


 イナリの提案に、リズが即答する。


「まあ、普通の人間にとってはとても長い期間よの。二つ目は、あのトレント本体のどこかにある、核となっておる我の髪の毛を抜き取るなり、破壊するなりする方法じゃな」


「それは恐らく俺が得意な領域だな。体がこんな状態じゃ無けりゃすぐにでも出られるんだがなあ」


「ああ、ならリズが狙撃してみようか?燃やさなくていいなら色々あるよ」


「うむ。試してみるが良いのじゃ」


 イナリが魔法の行使を促すと、リズが杖を構えて深呼吸する。


「……どこ撃てばいいの?」


「さあ……?」


 リズが杖を降ろして首を傾げるが、イナリも知らないので首を傾げる。計画は頓挫した。


「何か、石とかが核になってるのならまだしも、髪の毛じゃわからないよ……」


「先のリズの魔法で平然としておる辺り、もしかしたら内部に取り込まれておるのかもしれぬ……」


「うーん、難しいな……」


「一応もう一つ、方法が無いことは無いのじゃが、これについては我も具体的な方法はわからんのじゃよな……」


「一応聞いてもいいかな」


「うむ。どうにかして神の力の循環を止めることじゃ」


「……わかんないなあ……」


「じゃよな。我も……」


 エリックとイナリは共に頭を悩ませた。

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