第112話 トレント誘導作戦(2) ※別視点あり
イナリは視線をディルと同じ方向に戻し、一呼吸する。
「落ち着いてからでいいし、適当でも良いから教えてくれ。どんな感じだ?」
ディルは改めてイナリに問う。
「仔細は割愛するがの、それはもう、音に違わぬ恐ろしい光景じゃ。先ほど折り返したというお主の見立てが正しければ、ちとマズい気がするのう。お主の見立てが誤っていて、目標地点がすぐそこである事を祈るばかりじゃ」
「……俺の当初の想定が甘かったか?流石に何かしらの対応はしないとマズいかもな。イナリ、風刃は使えそうか?」
「あー、そうじゃなあ……先日たくさん撃った甲斐あって若干上達した気はするのじゃが、手足が使えぬ故、少々生成に時間はかかりそうじゃ。まあ、出来ない事は無いがの」
「なら試しに一回ぶつけてみて、どの程度効果があるか見てくれないか」
「……え、我、また後ろを見なくてはならぬのかや?嘘じゃろ?」
イナリは声を僅かに震えさせてディルに問う。
しかも今度は、風刃を当てるために、ある程度長いこと後ろを見ていなくてはならない。
それに、ディルは出来るだけ高い位置の木の枝を渡っているようだが、時には低い位置へと移動することもある。そうなると、相手が元は木である事も相まってより一層大きく感じ、威圧感が増して辛いのだ。
「……悪いとは思うが、必要な事なんだ。頼む」
「勘弁してくれたもれ……」
申し訳なさそうに頼んでくるディルの声にイナリは渋々、再び自身の背後のトレントの方に目をやる。
そして一瞬で見ていられないと判断したイナリは、目を瞑って、どうにか勘で風を集め、刃を形成する。
そして、イナリが、何となくそれっぽくなったと思った頃合いで、一瞬だけ目を開けて、風の刃が形成できていることを確認し、それをトレントに向けて放つ。
すると、木の幹が折れる音と共に六、七体程度のトレントが倒れ、すぐにそれを踏みつぶして新たなトレントが現れる。
イナリはそれを見届けるとさっさと前を向いて、ディルに報告する。
「ふーむ、昨日我がトレントを倒していた時よりは巻き込む数も増えておるが、焼け石に水といったところじゃろうか。一応、ほんの一秒にも満たない程度の時間稼ぎにはなっておるようじゃが」
「ああ、それで十分だ。じゃあ、そのままどんどん撃ち続けてくれ」
「え、いや、あと九回が限界じゃ。それ以上は我の体が持たぬ」
「は?いや、ブラストブルーベリー食えば撃てる……ああ……」
ディルはイナリに文句を付けようとしたところで、イナリの体が自身にがっちり拘束されていることを思いだし、絶望したような声を上げた。
イナリはブラストブルーベリーを食べて疲労を回復することで風刃のデメリットを相殺していたが、今は手足が動かせないため、それが出来ないのだ。
「一応我の懐に少しだけあるのじゃが、お主に代わりに取らせるのはちと難しそうじゃの」
「まあそうだな、色んな意味で無理だ」
流石にデリカシー壊滅人間のディルも、イナリの懐を漁ったらマズいことぐらいはわかっている。多分、それをしたことがエリスに知られでもした暁には、土に埋まる覚悟を決めなくてはならないだろう。
「……待てよ。ということは今、俺とお前の間には爆弾が挟まってんのか??」
「ああいや、リズが作った安全具がついておる故、お主の恐れるようなことは無いのじゃ。そこは安心するが良いのじゃ」
「なんだ、驚かせやがって……。まあいい。そういう事なら、風刃はいざというときのために取っておくことにするか。万が一、トレントがお前に触れそうになったりしたら、何も言わずに使っていい」
「わかったのじゃ。非常に嫌じゃが、たまに後ろを向いて様子を見てやるとするのじゃ」
「おう、頼んだ」
二人は連携を取りつつ、トレント達から逃れるべく、森を駆け抜けた。
<エリス視点>
今、私はイナリさんの家の川を渡った先のトレント達が先ほどまで蔓延っていた場所に、作戦会議をしながら収穫して潰したテルミットペッパーを撒いています。
さらに、すぐに安全圏へと退避できない奥の方では、エリックさんが同じような作業をしています。これで少しでも多くのトレントを巻き込もうという算段です。
その作業の傍ら、私は先ほど森の方へと突入した二人の事について考えます。
「お二人とも、大丈夫でしょうかね?」
少なくともトレントの誘導はうまく行っているようで、今の川辺にトレントの姿は全くと言っていいほどにありません。
それはつまり、ここにいたトレントが全て二人を追いかけていることを意味し、考えるだけで寒気がします。
「んー、まあ、大丈夫だと思うしかないよね。とりあえずこっちはこっちで、やることをやるしかないし」
私の近くで、手帳に書かれた魔法の詠唱か何かのメモ書きと睨み合っているリズさんが返してきます。
本来は、万が一魔物が襲ってきた際に撃退するために待機してもらっていたのですが、全くもって出番が無いために、既にこの後の事について考えているようです。
「その通りなのですが、とはいえ中々、そのように割り切って落ち着いているのも難しいです……」
今まで私が冒険者として活動するときは常に冷静でいられたのですが、今回の場合は少々事情が異なります。
「ああ、エリス姉さんの場合、イナリちゃんのことが特に気になるもんね……。正直、この作戦、かなり博打だとは思うよ。イナリちゃんがトレントに捕まったら多分取り返しがつかなくなるしね。でもリズはその博打に賭けてでも、この最悪な環境を抜け出したい……!」
「そ、そうなのですか」
手に力を込めて力説するリズさんの言葉には、並々ならぬ意思が感じられます。余程今の環境が堪えているのでしょう。
「というわけで、リズは今あのトレント共を消滅させるための魔法を吟味しているところ。ああ、楽しみだなあ……!」
恍惚とした表情で頬に手を当てて杖を眺めるリズさんは、最近鳴りを潜めていた、暴走しがちであったころの彼女を想起させます。意欲があるのは結構なのですがね……。
冒険者の男二人だけのパーティに齢十何歳程度の女の子が一人で入るのは危ないと思って着いてきたら、一番危ないのがその女の子であったと分かった時の衝撃たるや、です。
そういえば昨日、イナリさんとリズさんの会話の中で、イナリさんが「世界が終わる」などと言って何かを止めていましたが、あれも魔法の話ですよね。
魔法と魔術の事なら何でも知りたがるリズさんの事なので、「リズ、世界が終わるところ見てみたい!」とか言いださなくてよかったです。本当に。
そんなことを考えている間に、リズさんは再び手帳を見ながらうんうんと唸りはじめていました。
その後しばらく作業に勤しんでいると、森の奥からエリックさんが戻ってきます。見たところ、何事も無く作業を終えたようです。
「トレントが居たのが嘘みたいに何もいなかったよ。こっちは大丈夫だった?」
「はい、全く何事も無いです。トレントはおろか魔物すらいませんね」
「まあそうだよね。あれだけトレントが居たら警戒して近づいて来ないだろうね……」
「それもそうですね。私ももう作業は終わりますので、安全な場所に退避して、広域結界を展開しますか」
「そうしようか」
「りょうかーい!さあ、あのトレント共を焼却できると思うと腕が鳴るね」
「あの、リズさん。ディルさんとイナリさんを焼かないでくださいね」
「善処します!」
私達は川を渡って安全圏に戻り、広域結界を展開します。
「……結界内には何もいないみたいですね」
「わかった。じゃあ、しばらく待機しようか」
私とエリックさんは岩に腰掛けて、外を走り回っているであろう二人が戻ってくるのを待ちます。
「うーん、昨日塗りつぶした呪文、やっぱり使えたかもなあー。ちょっと早まったかなあ。いやでもアレ禁忌っぽいしなあ……」
リズさんが何やら不穏な発言をしていますが、私は聞かなかったことにします。
「……何かさ。地面、揺れてない?」
しばらく待っていると、ふとリズさんが呟きます。
「……確かに揺れてるね。それに何か、地響きみたいな音も……」
「……あの、何か、気のせいですかね。音が大きくなってきてませんか」
少なくとも、私の広域結界はまだ範囲内に何も検知していませんが、私の脳裏に一つの可能性が浮かびます。できれば勘違いであってほしいです。
「……音、大きくなってきてるね」
「リズ、魔法の準備を。エリスは……広域結界を確認しつつ、すぐに動けるように待機を」
エリックさんが臨戦態勢に入ります。普段であれば結界の準備をすることが殆どなのですが、今回はイナリさんがいることや安全圏がある事を鑑みての待機なのでしょう。これは覚悟を決めるしかないですね……。
緊張感を持って待機し、広域結界の様子に集中していると、一人の人間を検知するやいなや、一瞬で数えられない程の魔物を検知しました。
相変わらずこの感覚には恐怖を覚えますが、それに耐えつつ私は声を上げました。
「皆さん、来ます!」
「わかった!リズ、準備はいい?」
「うん。ワクワクしてきたね」
「よし。僕はディルのカバーに回るから、リズの判断で魔法を撃っていいよ」
「おっけーい!」
リズさんは元気よく返事を返すと、杖を構えて魔法の詠唱を開始します。
そして私は音の鳴る方角を見つめていると、やがて一人の見慣れた男と、その背に背負われた、私の大切なイナリさんの姿が飛び出し、そのすぐその後ろから、全てを踏み倒して来たであろうトレントの群れが現れました。
ディルさん達の表情はかなり焦燥しているようで、既に限界の状態に見えます。
ともあれ、いよいよ決戦の時です。リズさんの魔法で一発であっけなく終わることを祈ります。
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