第110話 賛成3、反対1、謎1
時刻は昼前。目の前に聳える、森と活発に動くトレント達の前に、ディルが立つ。彼はこれから、自身の立てた作戦を実行するべく、森の中を駆け抜けるのだ。
後ろには他のメンバーの面々も控えており、リズが不安げにディルに問いかける。
「ディル、本当に大丈夫なの?」
「ああ、俺の普段の訓練の成果を見せるときってわけだ。腕が鳴るぜ」
「無理そうだと思ったら計画を練り直すこともできるから、くれぐれも無理はしないで。何かあったらすぐに戻ってくるように」
「おう、わかってるさ。いつも通り、だろ?」
エリックの忠告に、ディルは笑って返す。この様子だと、この一連の会話は頻繁に交わすやりとりなのだろう。
「私は今でもディルさんの作戦には反対ですが、多数決で負けてしまって、しかもリーダーが賛成しているとなればどうしようもありませんからね。今後のイナリさんの生活が懸かっているのですから、絶対に失敗は許しませんよ」
「俺よりイナリの心配かよ……」
「当然です。私の中での優先順位はイナリさん、パーティの皆さん、次いでディルさんです」
「おいおい、俺はパーティメンバーの中に含まれてねえのか?」
「ふふっ、まあ、半分くらいは冗談です。戻ってくることは絶対として、私の回復魔法を使わないで済むことを祈っておきますよ」
「……半分本気なのかよ。まあ、心配どうも」
エリスに適当な感謝の言葉を述べつつ、ディルは自身の装備がしっかり固定されていることを確認する。
「よし、俺は準備完了だ。さあ、イナリ、準備は良いか?」
ディルが振り向いて問う。
「いや、何も大丈夫じゃないのじゃが?」
いつかの時のように縄でぐるぐる巻きにされ、ディルの背に括りつけられたイナリは、むすっとした表情で答えた。
時は遡って、イナリがまだディルの土産を齧っていた頃。
「何!?ディル、何かいい方法を思いついたの!?」
ディルの呟きを聞いたリズが目を輝かせて問う。
リズの先ほど言動からしても、もうトレントと付き合うのはウンザリなのだろう。早く解決策を言えと言わんばかりにリズがディルに詰め寄る。
「とりあえず離れろ。落ち着け」
ディルが体にくっついているリズを引きがはしていると、エリックが改めて問いかける。
「ディル、何を思いついたのか聞いても?」
「ああ。簡単に言えば、俺が走り回ってトレントを一か所にまとめて、リズにデカい魔法をぶち込んでもらう」
「……なるほど?」
エリックとリズが微妙なリアクションを返しながら首を傾げる。
「お主のやりたいことはようわからんが、解決するなら結構じゃ。是非頑張ってほしいものじゃな」
イナリは菓子を片手に、悠々とディルを激励する。
「他人事みたいに言ってるが、お前も来るんだぞ」
「……のじゃ?」
「ああ、なるほどね……」
イナリは全く自身に関係ないと思っていた作戦に突然巻き込まれて困惑の声を上げるが、エリックやリズは何か合点のいったような表情をする。
「え、何じゃ?我が行くとは一体どういう風の吹き回しじゃ?」
「お前を抱えるなり背負うなりして森を走り回れば、トレント共を一か所に誘導することが出来るだろうって算段だ。どうだ?」
「『どうだ?』じゃないのじゃ!!良いわけがなかろう!!」
ディルは何か名案だとばかりにしたり顔をするが、それに振り回されるイナリはたまったものではない。イナリは両腕を上げて反対する。
「エリック、リズ、お主らもそう思うじゃろ!?」
「うーん……」
イナリは加勢してくれることに期待して二人に話を振るが、表情を見るに、あまりイナリの理想的な展開にはならなさそうだ。
イナリはしばらく黙って二人の返事を待つ。
「リズはまあ、ありだと思うよ。ディルがヘマしないで、絶対に成功するっていう前提ならだけど」
「まあ確かに、果たしてこいつを持った状態で、俺がどれだけ動けるかによって成功率は変わるだろうが……」
そう言うとディルはイナリに近寄り、抱え上げる。
「うわわ、何じゃ、せめて断りの一つくらい入れよ!」
「……イナリお前、話には聞いてたが、マジで軽いな……」
突然抱えあげられたことに対する文句をよそに、ディルはイナリの軽さに感動したような声を上げる。
「ディルさ、本当に、ちょっと女の子に対する気遣いを考えた方が良いと思うよ。勝手に抱え上げて、しかも体重について言及するってダブルでアウトだよ」
「僕も何度も言ったけど、ディルは昔からこうだし、全く改善の兆しが見えないから、最近はもう諦めつつあるよ……」
ディルに向けられるリズとエリックの視線もまた冷ややかなものだ。
「とりあえず、これだけ軽けりゃ、俺もほぼ全力で動けそうだ」
ディルはイナリを上下左右に揺すりながら、イナリの重さが自身の動きに及ぼす影響についての考えを述べる。
そして、最初はジタバタと暴れていたイナリも、今は両手をだらりと下げ、諦観したような表情で大人しく揺すられている。
「……まあ、確かにディルの案は実現可能そうだね。ただ、イナリちゃんの運び方についてはしっかり考えないと、万が一落ちたりしたら、取り返しがつかないことになる」
「まあそうだな。激しく動くことを考えると、抱えて運ぶのは現実的じゃないだろうな。背負うのが良さそうか」
ディルの配慮の無さについてはまだ何か言いたそうにしているエリックだが、ひとまずディルの案を採用しそうな雰囲気になっている。
「こ、このままでは……。だ、誰も、我以外に反対する者はおらぬのかや……?」
自身に待ち受ける未来を想像してイナリが震えていると、テントの入り口にかかった布を上げて、目を擦りながらエリスが顔を見せる。
「おはようございます。皆さん起きていたのですね。それにディルさんも戻ってきたようで。……あの、何故イナリさんを抱えているのですか?降ろしてあげてください」
「あ?……ああ、悪いな」
エリスはテントから出ながら、ディルにイナリを降ろすように言うと、その指摘によってイナリは再び地面に足をつける。
「全く、ディルさんのことですから、突然乱暴に持ち上げられたりしたのでしょう?」
「大体そんな感じじゃ」
ようやく解放されたとイナリが安堵していると、自然な動作でエリスがイナリに近づき、丁寧に抱え上げる。
「…………」
「それで、皆さんはどのような話を?何やら話し込んでいたようですが……」
「え?ああ、ええっと……」
「俺がイナリを背負ってトレントを集めてまとめて潰す作戦の会議だ」
「……まあ、大体それで全部だね。リズは賛成してるし、僕もありだと思ってる。ただ色々と詰めて確実なものにしないといけないけどね」
「なるほど。私は反対です。イナリさんを危険に晒すなんてとんでもないです」
「エリス、お主……!」
ここに来て現れた援軍にイナリは感激する。当然とばかりに抱えられたことも不問にしよう、そう思える程であった。
「……ですが、私一人が反対したところで、現時点では対案も持ち合わせていませんし、皆さんが賛成しているのであれば、そこに茶々を入れるのも野暮ですね」
「エリス、お主……」
一瞬で折れた援軍にイナリは絶望する。先ほどの話も撤回だ。
「わ、我は反対じゃぞ!理由は言わずとも明瞭であろ!?」
悪あがきとばかりに、イナリは再び作戦に反対する。
「あ、イナリさんは反対なんですか?じゃあやっぱり私も反対します!」
「思考がブレブレ過ぎる……」
「いえ、イナリさん一筋という意味では一貫した思考と言えますよ」
「屁理屈が過ぎるぞ」
「でもまあ、エリス姉さんはともかく、イナリちゃんの気持ち、リズはわかるよ。自分が囮になる作戦で、しかも他人に命を預けるわけだもんね。そりゃ反対だよね」
「じゃろ?なら―」
「でもねイナリちゃん。それが成功したらものすごーく、時間短縮できそうなんだよね。正直なところ、いくらトレントに魔法の試し撃ちが出来るって言ったって、リズの精神は近いうちに限界を迎えそうなんだよ。だからさ。イナリちゃん。やろ?」
「ヒエ……」
リズの瞳の奥が暗く光り、イナリは慄く。
「今後どうなるかの予測がつかないことも相まって、早く済むならそれに越したことは無いんだ。僕達もイナリちゃんに危険がないように色々と考えるから。イナリちゃん、どうだろう、協力してもらえないかな?」
「ううむ、そう言われてものう……」
「街に戻ったら美味いもの食える店に連れて行ってやるから。どうだ?」
「ふむ、仕方ないのう」
「ええ、それでいいんだ……」
「マジか。言ってみるもんだな」
そのようなやり取りを経て、今現在、イナリは縄で強固に、ディルの背に括りつけられている。
「こんなに我に縄を巻く必要があったかや?お主らと邂逅した時よりも余程強固とみえる。あと尻尾が挟まっていて痛いのじゃが、どうにかならぬか?」
現在イナリは手足までしっかり固定されるだけでなく、尻尾すら動かす余地がない程である。流石に過剰ではないだろうか。
「すみません、それは万が一、森の中をディルさんが駆け抜けている時にイナリさんの体の一部が枝などに引っかかると、イナリさんかディルさんのどちらか、あるいは両方が大変なことになる事を考えての措置です。何かの拍子にイナリさんの尻尾が千切れたりしたら大変なので……」
「な、なるほどの、把握したのじゃ……」
イナリは自身の尻尾が木の枝に持っていかれる様子を想像して震えた。
「最後にもう一度確認するよ。ディルとイナリちゃんは森を走り回ってトレントを集めて、この川の開けた場所に誘導する。その間に僕たちはここでまとめて倒す準備をする。リズは魔法の準備をして、エリスはテルミットペッパーを内側に、僕は外側に撒く。戻ってきたらリズの魔法でまとめて倒す。問題ないね?」
エリックが作戦を繰り返して確認し、全員を見回す。
「もちろん、この一回で全部片付けようとは思わなくていいし、無理そうだと思ったらすぐに引き返して、作戦を考え直せばいい。とにかく、安全第一で動くこと」
「……安全第一じゃったら、まず我の処遇を考え直すべきではないかや?」
ディルの背に固定されたイナリが呟くと、その場には外のトレント達の足音だけが響く。
「……よし、じゃあ作戦開始!」
「せめて何か一言くらい返してくれてもよかろ……」
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