第109話 活路

 イナリはその後、家に籠って、テルミットペッパーが実るまで成長促進をさせ続けた。もしかしたら、この影響を受けて川のオリュザも収穫できる状態になっているかもしれない。


 事が済んだら収穫して、街のオリュザ料理屋に持ちこんでみよう。


 そんなことをイナリが考えているうちに日が暮れると、リズとエリックがイナリの家に姿を見せる。


 リズは汗を流して杖に寄りかかりながら歩いてきており、明らかに疲弊している様子が見て取れる。


また、一見疲れていなさそうな佇まいのエリックも、若干息が上がっている。イナリがここに戻ってきてからもずっと動き続けていたのだろう。


 ひとまずイナリは成長促進度をもとに戻し、尻尾の数が一本になったことを確かめた後、二人に声を掛けることにした。


「おかえりじゃ。ブラストブルーベリー、食べるかや?」


「いらない……。リズ、ちょっと寝るね……」


「まあそうじゃよな。言ってみただけじゃ」


 イナリの冗談を適当にいなすと、リズはふらふらと歩きながらテントに歩み寄って、その中に消えていった。


 イナリがそれを見届けると、エリックがイナリに話しかけてくる。


「イナリちゃんはここで休んでたの?」


「んや、テルミットペッパーを増やしておったのじゃ。これで明日も使えるじゃろ?」


「なるほど。それは助かるよ、リズも多少セーブしたとはいえギリギリまで魔力を使ったみたいだし、きっと役に立つだろうね」


「ふふん、じゃろ?して、お主らの首尾はどうじゃ?我らは街に戻れそうかや」


「うーん、何というか、数こそ減らしてはいるけれども、全体が分からないことには何とも言えないね。その辺を把握するためにエリスを調査に行かせたわけだけど……エリスは?」


 イナリの問いかけにエリックが答えながら、エリスの姿を探す。


「あやつはまだ戻ってきておらぬのう。お主らも見ておらんのかや。ううむ、暗くなってきた故、そろそろ戻ってきても良い頃合いじゃろうが……」


 イナリは腕を組んでエリスの事を案じる。


「うーん、多分トレントに囲まれている以上、遭難はしにくいとは思うけど。あまりにも帰ってこないようだったら、僕が捜しに行ってみようか」


 エリックがそう言ったところで、イナリの耳が草をかき分けて移動する音を拾った。


それに反応したイナリは耳をぴんと立てて集中し、音を聞く。


「……エリックよ、お主が探索に出る必要は無さそうじゃ。恐らくあの辺の茂みから……」


 エリックがイナリが示した方角に目をやると、ガサガサと音を鳴らしながら草をかき分けてエリスが現れた。頭や肩に葉がついており、ここに来るまでに苦労したことが窺える。


「よかった、無事みたいだね」


「エリスよ、おかえりじゃ。何やら疲れているようじゃな、水を飲むかや?」


「ええ、ありがとうございます」


 イナリが水を入れたコップを手渡すと、エリスはそれをゆっくりと飲んでから口を開く。


「いやあ、私、イナリさんと別れた後、予定通りトレント達が群がる場所に沿って森の中を進んでいたのですが、途中からただでさえ背が高い草木がさらに伸び始めて、一気に進むのが難しくなったのですよね。斥候のような役の経験は無いのに加えて、そのような理由もあって戻ってくるのが遅れてしまいました」


 エリスは服に付いた葉や汚れをはたき落としながら、やれやれとばかりに森での出来事を語る。


 それを聞いたエリックは、無言でイナリに視線を動かす。


「で、イナリさん、心当たりはございますか?」


 エリスは首を傾げて微笑みながら尋ねてくると、ばっちり心当たりがあるイナリは、冷や汗が流れているのを感じながら微笑み返す。


「……いやあ、何でじゃろうな?ひとまず、お主も疲れておるじゃろうし、夕食を食べようではないか」


 そう言ってイナリが背を向けると、エリスがイナリの肩をむんずと掴み、再び向き直らせる。


「ありますよね?」


「……はい……」




「なるほど、テルミットペッパーの補充のために使った能力の影響が私の方まで来たわけですか」


 硬いパンを齧りながら、萎縮しきったイナリに代わってエリックから事情を聞いたエリスが納得の声を上げる。


「その、もうちょっと融通は効かないのですか?ごく一部の作物を成長させるために森ごと成長促進させるのは、擦り傷を治すためにエリクサーを使うような頭の悪さを感じます」


「頭が悪くて悪かったのう。我のこの力は、強さ以外調整不可能じゃ。常に発動し続け、範囲を調整することもできぬ。そも、そんなことをする意味自体が無かったからのう」


「ええぇ……」


「まあ、再発防止策として、成長促進度を強めるときは一言入れてくれるといいんじゃないかな。一応イナリちゃんも僕達の事を考えてくれたわけだし、あまり色々言うのも悪いし……」


「ええ、まあ、私、イナリさんが何となくノリで植物を伸ばしだしたのかと思っていましたが、そういうことでしたら……」


「我、そんなに迂闊な奴だと思われておるのか……?」


「……思ってない、ですよ?」


「思ってたんじゃな」


 イナリは堅いパンをガリっと鳴らして一齧りした。


「そういえばエリス、トレント達の様子はどれくらいわかったかな」


「そうですね、まだ全体を見て回ることは出来ていませんが……見た感じ、ここを中心に円状に群がっていると考えて良いと思います。数はまだまだたくさんです。何なら川から森に入った瞬間トレントの壁でした」


「うーん、そうかあ。これは難航しそうだ……」


 エリックが唸る声を最後に、一同は殆ど会話も無く食事を進めた。


 そしてその後は前日と同じように二組に分かれ、交代でトレントの監視をすることとなった。




 そして翌日。


 テントの中でエリスに抱きつかれて寝ていたイナリは、自身の家に近づく足音で目が覚める。


 外は既に明るくなっているようだが、エリックとリズはトレントの監視にあたっているはずで、彼らが戻ってくるにしても、足音は複数あるだろう。


 そして今聞こえる足音は一人分である。一体誰が来たのだろうか。


イナリはエリスの腕を身をよじって抜け出しテントを出る。すると、そこにはディルの姿があった。


 ディルはテントから出てきたイナリに気がつくと、手を上げて声を掛けてくる。


「おう、イナリ」


「うむ、おはようじゃ。お主、戻ってきたのじゃな」


「ああ、日が昇り始めた段階ですぐに街を出たからな。それにパーティの事を気にせずに動く分にはそこそこの速度で移動できる」


「そうか。外の様子はどうであったかや」


「そうだな、植物は相変わらず伸び散らかしてるし、視界も悪かったが、トレント共が全部ここに集まっているおかげで割と平和そうだったぞ。もしかしたら、この辺のトレントが全滅すりゃ、魔の森なんて仰々しい名前で呼ぶほどの森じゃなくなるかもな」


「ふむ、それは僥倖。真の魔王の出現に次いで、我の魔王説が解消する足掛かりになるやもしれぬ」


「どうだろうな。お前が魔王って言われてるのも、主な原因はお前の能力由来だろうから、果たしてトレント共が排除されたところで魔王説が消えるかどうか……」


「そんなことを言うでないのじゃ。物事を肯定的にとらえることは大事じゃぞ?」


「まあ、それはそうだが……。あ、これ、お前にやるよ。街で買ってきた菓子だ」


「ほう、お主わかっておるのう!」


 ディルが小さな紙袋をイナリに差し出してくる。イナリは尻尾をぶんぶんと振りながら笑顔でそれを受け取る。


「まあ、アレだ。昨晩の詫びも兼ねてだな」


「良い良い、もう過ぎた事じゃ。……おぉ、これは……何じゃ?」


 イナリは袋を空けて菓子を一つつまみ上げ、ディルに問う。


「ラスクとか言うやつらしい。俺も菓子には詳しくないから、あまり聞かれても困る」


「ふむ。まあ食べられれば皆同じじゃな!」


 イナリはラスクを一つ口に放り込んでバリバリと食べた。


「そういえば、さっきエリック達とも話したんだが、トレント共は日に日に機敏になってるみたいだな。俺の気のせいかと思って聞いたら、やっぱりそうだった」


 イナリが菓子を食べる姿を眺めながら、ディルが別の話に移る。


「ううむ、多分我の力の影響じゃろうなあ……」


「ああ、元々お前の力で活性化したんだから、そうだろうな……」


「……昨日いくらかトレントを減らしたのじゃが、我の見た限りじゃと、十分にトレントの間を通り抜けるだけの時間は確保できると見えたのじゃ。後で皆にも提案するつもりじゃがの、お主らだけで街に戻っても良いのじゃぞ?元々我はここで暮らしておったし、大した問題では無いのじゃ」


「あ?馬鹿言うな、何でお前だけ置いていくんだ?逃げるならお前も連れていくぞ。というかエリスが絶対に連れていくぞ」


「いや、しかしじゃな……。ああ、もしやお主、エリック辺りに聞いておらぬのかや?トレントの狙いは我じゃよ?」


「……マジ?」


「まじじゃ」


「ここら一帯に群がってるトレント、全部お前に向かってるのか」


「多分そうじゃ」


「お前、もっと深刻に考えた方が良いぞ……」


「とはいえここが安全じゃからのう、当事者意識に欠けるのじゃよ」


「どういうことなんだ……」


 イナリはディルが買ってきた菓子を食べながら呑気に喋る。


 それを見たディルがイナリの感覚のズレ具合に驚愕していると、リズとエリックが川の方から戻ってくる。


「リズとエリック、ただいま戻りました!今日も何にも綻び無し!ただただ暇で、トレントが不快でした!……イナリちゃん、そのお菓子、一つちょーだい?」


 睡眠を経て元気を取り戻したリズが、敬礼の姿勢を取って軽快な声で報告し、イナリから菓子を一つ貰う。


 そんなことは気にせずに、エリックが手を顎に当てて考え込む姿勢を見せる。


「ちょっと、そろそろ本格的に打開策も考えないと。トレントがあまりこのまま活性化していくと、攻撃を避け始めたりしかねない。そうなったらさらに長引くよ」


「エリス姉さんの話だと、トレント達は円状にいっぱいいるんでしょ?まとまってくれればリズの魔法で一網打尽に出来るのにさ、無駄に小分けになってて鬱陶しいよね」


「そうだね。果たして何日かかるやら……」


 エリックとリズの話で、場に沈黙が訪れる。


「……ん?待てよ。なあ、トレント共をまとめりゃいいのか?」


「うん、そしたらリズが魔法でボカンといけるよ」


 何か思いついたのか、ディルが考え込む。


「……もしかしたら、かなり早くここから出られるかもしれないぞ」


「……む?」


 ディルがイナリの方を見ながらそう言うと、イナリはぽりぽりと菓子を齧りながら首を傾げた。

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