第107話 トレントの倒し方

 二人が川辺に着くと、エリックとリズの姿が目に入る。


 二人で違う方角のトレントに対処することで、互いの動きに影響が出ないようにしているようだ。


 エリックは、トレントが進入できる部分とそうでない部分の境界線をうまく活用してトレントを捌いている。


 彼は鎧なども着ていてそれなりに重装に見えるが、身のこなしはかなり軽く見える。


「あやつ、すごいのう……」


 イナリは近くの平らな地面に抱えていた籠を置いて、エリックの動きを感心しながら見物する。


 すると、爆発物がイナリの手から離れたためか、エリスが隣に歩みよってくる。


「エリックさんは普通に冒険者の中でもトップクラスではあると思いますよ」


「ふうむ、そうなのかや。なんというか、あやつにはギルドに入り浸っている印象しかないからの……」


「ああ、確かに、実際そういう理由で、実力があまり知られていないことも多いです……」


「我だったら、もう目に見える者すべてに自身の力を知らしめようとしてしまうかもしれぬ」


「それはそれで、ちょっと問題はありそうですが……。エリックさん、結構シャイといいますか、ピュアといいましょうか、とにかく名声などは避けたがるのですよね。本当に必要最低限に留めようとするのですよ」


「ふむ。確か先日パーティ名を決めたときも、そのような事を言っておったのう。確か……『仰々しい名前は嫌』じゃったか。そんなことを言ったら、『樹侵食の厄災』などと呼ばれている我は一体どうなるのじゃ」


「はは、中々反応に困る自虐ですね……」


 イナリの呟きを聞いたエリスは、苦笑いをしながらイナリの頭を撫でる。


 次にリズの方を見てみると、羽ペンを手に持って、手帳とにらみ合っていた。


「うーん、『フレイムエクスプロージョンワイド』は思ったより微妙だな……。威力が分散している……?」


 リズは何か悩んでいるようだが、一体何をしているのだろうか。


「リズよ、お主何を悩んでおるのじゃ」


「あ、二人とも来たんだね!今はちょっと、呪文……魔法の構成を考えてるの」


 そう言いながらリズは手帳をイナリに手渡してくる。


 それを開くと、先ほどリズが呟いていた「フレイムエクスプロージョンワイド」以外にも、「エクスプロージョンフレイム」「フレイムレーザー」「エクスプロージョンビーム」などの文字が列挙されていた。


 既に試したであろうものには斜線が引かれ、その横に「微妙」「良」「改善の余地あり」「不発」などと書き込まれている。


 魔法の構成の良し悪しはわからないが、どうやら同じような単語を色々と組み合わせて、理想的な組み合わせを模索しているようだ。


 イナリがそれを漠然と眺めていると、下の方に一つ、異彩を放つ言葉が目に付いた。イナリはそれに指を指して、リズに尋ねる。


「……この、『終焉究極極太暗黒ビーム』とは、何じゃ」


 所謂カタカナ語の大半はイナリにはわからないが、これだけは「終焉」を筆頭に、物騒な単語が含まれており、不穏な雰囲気をこれでもかと放っている。


「え、イナリちゃん、もしかして、魔法言語わかるの?」


 イナリの問いかけにリズが目を輝かせる。これは、受け答えを間違えると大変なことになりそうだ。


 ひとまず魔法言語なるものはわからないので、イナリは首を横に振っておくことにする。


「いや、わからぬが……」


「ええ?でも発音は完璧だったと思うよ。もしイナリちゃんが魔力を持ってたら、発動してたんじゃないかなってレベル」


「そ、そうなのかや」


 イナリはただ手帳に書いてある単語を読んだに過ぎないのだが、どうやらリズから聞いたらしっかりとした詠唱になっているらしい。


 下手したらこの物騒な呪文を発動しかねなかったという事実を知り、イナリは冷や汗を流す。


「というかこれ、書いてあることが変じゃぞ。一体なんじゃこれ」


「……やっぱり読めてるよね?まあいいか、それは追々追及するとして……。実はこの呪文については、リズもよく知らないんだよね。何か昔、先生の机の上にあった本に書いてあった呪文の一つを写したやつなんだけど、後でそれについて聞いたら、遺跡に刻まれてた呪文の研究だったらしいんだけど、結局どういう呪文かはわからなかったみたい」


「リズよ、悪いことは言わぬ。これを使うのは絶対にやめておいた方が良いのじゃ」


「うーん、そう言われるとちょっと気になるなあ」


「多分これ、世界が壊れる類型のやつじゃ」


「なるほど」


 イナリに世界崩壊の可能性を告げられたリズは、即座に羽ペンを手帳に走らせて「終焉究極極太暗黒ビーム」を黒塗りにした。


「魔法研究は好きだけど、別に禁忌に触れる予定は無いからね。仕方ないや……」


 あっさりとあきらめてくれたリズに、イナリは安堵した。


 これで意地でも実行に移そうとされたりしたらどうにかして止めねばならないし、発動してしまった場合、何が起こるか全く想像がつかない。


 何なら、アルトの胃に穴が開きそうな案件に発展しそうまである案件だろう。きっとイナリは良い仕事をしたに違いない。


「すみません、私は何もわからなくて置いてけぼりなのですが。そろそろ私にもわかる話にしていただけませんか……」


 全くもって専門外の話が始まったので、黙って話が終わるのを待っていたエリスが、少々気まずそうに小さく手をあげ、自身の存在をアピールする。


「ああ、ごめんごめん。ええっと……テルミットペッパーは持ってきてくれた?」


「はい、こちらに」


 エリスが抱えていた鉢をリズに受け渡す。リズは中身を確認して頷く。


「うん、十分だね」


「その、実は我、ずっと思っていたのじゃが……これは果たして十分なのかや」


 イナリはエリック達に言われるがままに作業にあたったが、畑で回収したテルミットペッパーを全部潰してきたとはいえ、適当にその辺の丸太で作った鉢に収まるような分量では、眼前に広がるトレント達を倒すにはとても足りるとは思えない。


イナリの予想は、どう頑張ってもせいぜい二、三体が限界だろう、といったところであった。


 イナリがその点について問うと、リズがそれに答える。


「ああ、確かにこれを知らないとそう思うかもね。でも、これだけでも十分効果は出るよ。とりあえず見てもらった方が早いと思うから、ちょっと見てて」


 そう言うとリズは鉢の中身を一掬い分取り出して、近くにいるトレントにぺいっと投げつける。


「『プチファイアボール』」


 リズが杖をトレントに向け、気の抜けた声でそう言うと、ゆっくりと小さな火の粉が飛んでいく。


 そしてテルミットペッパーをが付着したトレントに着弾した瞬間、そのトレントが激しい光とバチバチという火花の弾ける音を出しながら激しく燃え上がり、しばらくすると真っ黒になる。


「……こんな感じ。どう?」


 リズは腰に手を当てて振り返ると、そこには耳を抑え、目を瞑って悶絶するイナリの姿があった。


「われのみみが……めが……」


「あ、ごめん、先に言っとくべきだったかも……」


「多分イナリさん、耳が私達と違うせいで、より一層大変なことになっているのかもしれません……。大丈夫ですか……?」


「う、うむ。もう平気じゃ。というか、別に驚いておらんし、本当、全然平気じゃし……」


「あんなに悶絶してたのにその言い訳は無理があると思います……」


「ま、まあ、こんな感じ!リズの魔力消費を抑えてある程度トレントを減らせるよっていう話!何なら魔法じゃなくても着火さえすればいいからね」


「なるほど、理解したのじゃ。それにしても想像していた数十倍は激しく燃えたのう……」


「一応ちゃんとした原理もあるんだよ。テルミットペッパーの中に内包されている魔力が―」


「あっ、今はその辺の解説はしなくても大丈夫じゃ」


「……そう」


「ま、まあ、またの機会に聞かせてもらうとするのじゃ」


 流石に解説を止めるのが早すぎたのか、リズが未だかつてないほどにがっかりとした表情を見せた。イナリは自分でもどうかと思うような雑なフォローだけ入れておく。


「ひとまず、私が結界魔法や回復魔法を使う場面は今のところなさそうですし、私がこれをトレントに撒く作業を請け負いましょうかね」


「それでいいと思うよ。あ、リズはずっと火魔法を撃つから、燃え移らないように気を付けてね。リズも気を付けるけど、万が一が無いとも言えないからさ」


「ええ、わかっております。あ、一応変な魔法の試し撃ちは一旦やめて頂けると」


「変なとは失礼な。ちょっと呪文の構成が従来の魔法と違って、挙動が変化するだけなのに」


「それが十分変だという話です。暴発とかされたら大変ですし」


「それもそうか。とりあえずエリス姉さんがいる間は控える……」


 リズは渋々と魔法の試し撃ちを断念する。


「では我も参戦しようではないか。昨日少し試したところ、我が風刃がこやつらに有効であることは確認済みじゃ」


 イナリは風刃を用いてトレントの数を減らすことにしていた。ブラストブルーベリーを食べ続ければ、ずっと撃ち続けられるだろう。


「あら、投げては使わないのですか?」


「一応リズに作って貰った専用の金具の数にも限りある故、投げて使うつもりではなかったのじゃ。金具無しでの投擲も、試すだけ試してみるとするかの」


 もしかしたら、ブラストブルーベリー携帯用の金具を装着しないで投げても十分な威力が出て、風刃よりもそちらの方が楽かもしれない。試す価値はあるだろう。


 イナリは遠くに置いておいたブラストブルーベリーを一つ手に持って、大体五間(=九メートル)程度の距離からトレントに投げつける。


 イナリの手を離れたブラストブルーベリーは放物線を描いて地面に落下し、ボスンという音と共に破裂した。


「……というわけで、我は風刃を使うのじゃ」


「……その方が良さそうですね……」


 イナリが静かにエリスの方に振り向いて告げると、エリスも憐みの表情と共に言葉を返してくる。


「しかしおかしいのう。ディルが投げた時や金具を装着した時とはまるで威力が違うのじゃ」


「ああ、ブラストブルーベリーは破裂時の衝撃が強いほど強く爆発する性質を持っているのです」


「なるほど、つまりこれも我の無力さ故と」


「……元気を出してください。私はそんなイナリさんでも受け入れますから」


「慰められても惨めなだけじゃよ……」

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