第105話 テルミットペッパー
火を囲むように岩に座るイナリ達の中央には、空になった鍋が置かれている。
「ふう、実に美味だったのじゃ。是非ともまた作ってほしいものじゃな」
「ええ、また機会があれば腕を揮わせていただきましょう」
「うむ。何なら、何か褒美をくれても良いぐらいじゃぞ?」
今までにないタイプの食事に感銘を受けたイナリは、胸を張ってエリスに告げる。
別にイナリに何か叶えるだけの力は殆ど無いが、とはいえ何か希望があれば叶える努力くらいはしてもいいだろう。そう思っての発言である。
「え、イナリちゃん、そんなこと言ったら……」
しかし、イナリの安易な発言に、エリックが何かを危惧して声をあげる。確かに、今までのエリスの行動を踏まえると、イナリの提案はかなり迂闊であると言えそうだ。
ぶっちゃけ、イナリは発言した五秒後くらいには早まったかと思ったのだが、ここで前言撤回してはあまりにも不格好だ。
イナリは表情は変えずに覚悟を決めて、エリスの方を見る。
「いえいえそんな。むしろイナリさんへのお詫びでもあるのですから、今日は喜んで頂けただけで十分ですよ」
「……あれ、意外と常識的だな。何で……?」
イナリ達の予想に反したエリスの返答に肩透かしを食らい、リズが代表して疑問の声をあげる。
「あの、皆さん何か変な事を考えているようですが、私も流石に分別はついてますからね?」
皆の心情を読み取ったエリスは全く遺憾とばかりに主張する。
「そ、そうなんだ」
リズの記憶の中のエリスは、時折イナリに対して不審なアプローチを試みていた気がするが、当人には確かな線引きがあるらしい。あまり踏み込んでも不毛そうだと判断したリズは素直に引き下がることにした。
「ま、まあそうじゃな。そういうことなら仕方ないのう!」
イナリは内心助かったと思いながら、ひとまず褒美をあげられなかったことを残念がる仕草だけしておくことにした。
「じゃあ、皆。とりあえずこの後の事を話させてもらうね」
話が一段落ついたところで、エリックがこの後の方針について話し始める。
「さっきリズとも話してたんだけど、基本的には、僕とリズが二人で、まずは川周辺に蔓延るトレントの数を減らしていくことにしたよ」
「うん。いい機会だから、構想段階の魔法のテストもしちゃうね!」
「あの、くれぐれも暴発や怪我には気を付けてくださいね……」
「大丈夫大丈夫!リズに失敗なんてものは存在しないから!」
「いつもそんな感じですけど、なんか不安なんですよねぇ……」
「まあ、その辺は僕も気にかけておくよ。で、イナリちゃんにはブラストブルーベリーを使ってトレントを倒して欲しい。最後に、エリスなんだけど――」
エリックはそこで言葉を切って、イナリの家の畑の方に目をやる。
「あそこにあるテルミットペッパーが使えそうなんだけど、イナリちゃん、あれを使わせてもらっても良いかな?」
「うむ、許すのじゃ。……とはいえ、我はアレが何なのかわからんのじゃが。一体なんじゃあれ」
「あれはね、そのまま食べるとものすごく辛い胡椒の一種なんだけど、少量の水と混ぜてすり潰すとものすごく燃えやすくなるんだ。一応、魔法が使えない人たちが火を起こす時とかによく使われるんだけど……このパーティにはリズがいるから、あんまり縁が無いものだよね」
エリックに代わってリズが説明する。
「なるほどのう」
「で、それをトレントにつければ、リズの魔法の影響範囲がより広がって効率も上がるだろうっていう考えだね。エリス、問題ないかな」
「ええ、作戦としては良いかもしれませんが……」
エリックの問いかけに、エリスは歯切れの悪い返事を返す。
「この森は大丈夫ですか?今は木の密度もあがっていますから、燃え広がらないという保証もないのでは?」
「それは僕も考えたんだけど、リズと話した結果、多分燃え広がらないだろうって結論になったんだ」
「あら、そうなのですか?」
「そう。昨日リズが魔法を撃った時、あのトレント達、割と燃えにくかったんだよね。何て言うか、火には弱いけど、耐燃性は高いみたいな?ちょっとわかりにくいんだけど、伝わって欲しいな」
「あぁ、それで少しでも燃え広がるようにってことですか。なるほど、何となくわかりました。引き受けましょう」
リズは自身の説明が不十分だと思っていたようだが、エリスには伝わったようだ。
「一応じゃが、最悪焦土になっても我の力で環境を戻すのは容易じゃからの、森の事はさほど気にせんで良いのじゃ。あ、とはいえ燃やしてよいというわけでは無いからの、そこは気を付けるのじゃよ」
「ええ、わかっていますよ」
イナリは森の事に意識を割かなくてよいことを伝えておくことにした。ここでは焦土になったら修復できるということを伝えたが、そもそもイナリの風を操る力で雨雲を生成すれば、ここら一帯が焦土になることすらないのだ。
「じゃあ、早速だけど僕たちは川の方に行ってトレントを倒しておくから、二人も適当に倒しに来てほしい」
「わかりました」
「わかったのじゃ」
エリスとイナリが返事を返すと、エリックとリズは川の方へと歩いて行った。
「では我はブラストブルーベリーを回収するとしようかの。使っていない籠はどこじゃったかな……」
イナリも小屋の方に歩いて行って、運搬用に籠を探し始めた。
「私も作業用に鉢と棒がほしいですね。自前のは先ほどの料理で使ってしまったので、器に残った材料が混ざってしまうのは良くないでしょうし……。イナリさん、何か良いものはありますか?」
「む?うーむ……無いから作るのじゃ」
「……作る、ですか?」
怪訝な声をあげるエリスをよそに、イナリは風刃を使って家の周りに転がっている丸太を切って、家の横のブラストブルーベリー畑の実を食べながら、何度も風刃を使って木を削っていった。
そして三分ほどで、丸太の内側が削られただけのシンプルな木鉢が出来上がると、イナリは近くから棒を一本拾ってエリスに手渡した。
「ほれ、鉢と棒じゃ。この棒は相棒……何号じゃっけ。まあ良いか」
「……イナリさん、すごいですね……」
エリスが純粋に驚きの声をあげる。
「まあ、術による反動が踏み倒せるからこそ成せる業じゃな。そう大したことではあるまいよ。多分リズにもできるじゃろ」
「いや、多分、途中で集中力が切れて木ごと木っ端微塵にしますね……」
「……想像に難くないのう」
「というか、そんなに実を食べて大丈夫ですか?その、作業中ものすごいバチバチいってましたけど。口の中、痛くならないのですか?」
「これが不思議な話なんじゃがな、丁度良い刺激がむしろ心地よいのじゃよな……」
「え、イナリさんってそういう属性の方なんですか……?」
「……そういう属性とは?」
「あっ、いや、私の早とちりだったみたいです!」
エリスが顔を赤くして手をぶんぶんと振って何でもないことを強調する。
きっと何か勘違いをしたのだろうが、恐らくこの世界に炭酸という概念は無いだろうし、イナリもまたそれを知らないために説明のしようがないのだ。
「まあ良いのじゃ。我は実を摘んで持っていくだけじゃからの、先の馳走の礼も兼ねて、我もお主の作業を手伝ってやるのじゃ」
「本当ですか?では一緒にやりましょうか」
「うむ」
二人は畑の方に寄って、蛍光色染みて赤赤とした実を摘み取る。
「リズの話によれば、これは辛いのじゃよな?如何ほどのものじゃろうか」
「ひたすらに辛いとは言われていますが、どの程度かはわかりませんね。まず間違いなく一般的な食用としては用いないものですし、尋常でないのは確かでしょうが……。恐らく街の種屋の方も、燃料としての用途を想定して販売していたのではないでしょうか」
「ふむ……ちと興味がわいたのじゃ。食べてみても良いじゃろうか」
「ええまあ、少なくとも毒は無いですから、問題は無いですけれど……。あの、イナリさんって、危険な食べ物に挑戦しないといけないみたいな自己ルールでも課してたりしますか……?」
「いや、そんなことはないがの。気になったものが偶然人間にとって危険だっただけじゃ」
「そ、そうですか……?一応水は用意しておきますね」
よくわからない理屈を述べるイナリにエリスは首を傾げながら、密かに水を準備し始める。
「うむ。……ちと怖くなってきたのじゃが」
「あの、普通にやめても良いのでは?」
「いや、一度食べると決めたら食べるのじゃ。いざ!」
イナリは実から粒を一つ取って口の中に放り込んだ。
「……む?意外と何とも……~~~!!!!!」
イナリは声にならない悲鳴を上げながらエリスの方に駆け寄って水を要求する。
「……言わんこっちゃないですね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます