第79話 ガルテ鍛冶工房

「ごめんイナリちゃん、ドア開けられなかったんだよね。錬金術ギルドの扉よりは軽いし、特に何も考えずに入っちゃった……」


 若干気まずげな表情のリズが鉄の扉を開き、謝りながらイナリを鍛冶屋へと入らせる。


「ち、違うのじゃ。その、入っていいのかわからで、扉の前で待っておっただけじゃし……」


「そうなの?その割にはリズがドア開けたとき、メチャクチャ焦った顔で扉に全体重かけてたように見えたけど……」


「……一体何のことかのう?」


「とりあえず深くは考えないでおくね」


「そうしてくれたもれ」


 石の壁に囲まれた鍛冶屋の中は、様々な剣や防具が並べられていた。


 入口から良く見える位置には丁寧に陳列されたものがいくつか見られるが、その一方で、見えにくい位置には、何かの箱に杜撰に放り込まれた剣や、箱に積まれた金属の延べ棒、しまいには原石そのものと思われるものもある。


 商業地区の装備関連の店はどこを見ても綺麗なものであった。この職人たちの作業場との違いを指摘するとしたらその辺りになるだろう。


「それにしても、ガルテさんに紹介しようと思って後ろ見たら誰もいなかったからさ、びっくりしちゃったよ。で、イナリちゃん、この人がガルテさん!」


「おう、儂がガルテだ。よろしく頼む」


 リズが示した方向を見ると、そこには椅子に座って腕をテーブルに乗せて寄りかかっていた高齢の男性がいた。彼はリズの紹介に合わせてイナリの方に手を上げてくる。


 イナリはその男性を見たとき、何となく自身の神社のある土地を売り払った男性の事を思い出してしまった。


 どう考えても無関係であるのだが、目の前のガルテという男と、イナリの神社の管理人だった男の外見年齢が近いだけに、連想してしまうところがあったのだ。


 嫌な事を思い出したと、イナリはモヤモヤとした思いを抱える。


「……うむ、イナリじゃ。よろしく頼むのじゃ」


「……なあ魔術師の嬢ちゃん。儂、何かしたか?少々不快そうに見えるが、何か獣人にとって不作法な動作でもしてしまったか」


「いや、イナリちゃんに限っては特にそういうのは無いと思うけど……。どうしたのイナリちゃん?」


 初対面であるガルテはともかくとして、イナリが単なる獣人ではないことを知るリズもまた、イナリの態度を疑問に思う。


「む、ああいや、少し嫌な事を思い出してしまっただけじゃ。ガルテと言ったか、お主は何も悪くないのじゃ。紛らわしい真似をしてすまないのう」


「おう、そうかい。獣人と会うことなんてめっきりだし、割と作法を気にする種族だから、何かそういうのを欠いたのかと思ったんだ」


 イナリの謝罪を受けたガルテは安心した様子で座り直す。


 先ほどはガルテの顔だけを見てしまったために嫌な事を連想したが、改めてガルテを見ると、年齢の割にかなり体つきがガッチリとしているように見える。鍛冶師という職業柄によるものだろうか。


「それでは早速だが本題に移ろう。魔術師の嬢ちゃんと話して作った道具だ」


 ガルテはそう言うと、机の上に鉄の球体のようなものを取り出した。


 見たところ、鉄の輪を三つ十字型に重ねて作った球体のように見える。イナリの記憶で一番近い表現をすると、竹毬の鉄版といったところか。


「おぉ、イメージ通りだ!流石ガルテさん!」


「あまり儂が普段作らないような設計の注文だったからな、久々に細かい仕事をできて楽しかったぞ」


「これは何じゃ?」


「イナリちゃん、一つブラストブルーベリーを貰っていい?」


「良いのじゃ」


 イナリはワンピースについているポケットから一つ実を取り出してリズに手渡す。


「これは衝撃にとても強い金属を使っていてな、この球体の空洞部分にブラストブルーベリーを装着するんだ」


 ガルテはそう言うと手に持っていた球体をパカリと開き、それに続いて、リズがその中にブラストブルーベリーを装着して閉じる。


「こうしたら、イナリちゃんが万が一転んだりしても突然爆発したりすることが無くなるんだよ」


「詳しい事情はともかくとして、狐の嬢ちゃんがその爆弾を携帯したいと、魔術師の嬢ちゃんから聞いたのでな。それは簡単に言うと暴発を防ぐための道具だ」


「なるほどの、外の金属が実を潰すのを防ぐわけじゃな」


「そういうこと!」


「だがそれだけじゃないぞ。なんとここのピンを抜くと、十秒後に中の実を刺す針が出て爆発する」


「な、なるほどのう……?」


 ガルテが、道具に装着されているピンと呼んだ部位を示して説明する。


 どうやらガルテは、イナリがブラストブルーベリーを食べるとは毛ほども思っていないようだ。その証拠として彼の発言は全て、ブラストブルーベリーを爆弾として運用することを想定したものとなっている。


「イナリちゃんの護身として使えるように考えて設計をお願いしたの。……ちなみに、話がややこしくなるから、イナリちゃんがこれを食べるって話は一切してないよ。でもちゃんと取り外して食べることもできるから安心して」


「なるほどの」


 リズが小声で補足してきた。どうやらリズなりにイナリの事を案じて、この実を爆弾として運用できるような道具を作ってくれたようだ。


「ちゃんと動作確認はしてある。ひとまず合計で六個準備させてもらった。一日じゃこのくらいが限界だな」


「これで安全にブラストブルーベリーを六個持ち歩けるわけじゃろ?十分じゃ」


「まあ足りなくなったり、何か損傷があったりしたら、また持ちこんでくるなり、追加で注文してくれればいい」


「わかったのじゃ」


「じゃあ代金として銀貨三十枚だ。出せるか?」


「むむ?」


 流石に職人が作った道具というだけあって、食べ物とは価格帯が異なる。


 イナリの現在の所持金は銀貨二枚。それもエリスから毎日支給されるお小遣いのみで、到底銀貨三十枚は出せないし、出せる目途も立たない。強いて言うならエリスに頼み込めば手に入るかもしれないが、イナリとしてはあまりそれはしたくない。


 ともすれば、することは一つである。イナリは無言で隣に立つ少女を見た。


「……リズよ、出せるかの?」


「……まあ、そういうと思ってお金は持ってきたよ。流石にイナリちゃんに払わせるのは良くないし、パーティの共同資金から出すということに出来ると良いんだけど……」


「そこは我からも頼むこととしようかの。助かるのじゃ」


 リズがガルテに代金を渡すと、ガルテはそれを数えて懐にしまい、道具をイナリに手渡してくるので、それを受け取る。


「確かに頂戴した。毎度あり。ああ、あとこれも渡しておこう。身に着けやすくするためのベルトだ。これの代金はいらない」


「む、感謝するのじゃ。では折角だから今、実を装着しておくのじゃ」


「うん、それがいいと思う」


 イナリは懐から実をごろごろと取り出して、今受け取った道具を取り付けて、ベルトに固定して再びポケットに戻す。


「というわけでここの用事は終わりだけど、他に何かあるかな?」


「んや、特には無いのじゃ」


「そっか。じゃあ帰ろっか!」


「うむ」


 二人はそのまま鍛冶屋の外に出た。後ろからは鉄を叩く音が鳴り始めた。




「ただいまー……あれ、まだ皆帰ってきてないみたい」


 二人が家に戻るが、中には誰もいなかった。どうやらエリック達はまだ依頼を遂行中のようだ。


「冒険者の依頼というのは終わる時間が不明瞭じゃよな」


「そうだねえ、一日で終わる依頼って言っても、一時間程度で終わる物もあれば、朝から晩までかかるようなものもあるからね。それに以前の魔の森の例みたいに、イレギュラーが発生したら当然長引いたりもするよね」


「うーむ、大変じゃなあ」


「まあ、まだ夕方に差し掛かったくらいだし、夜になる前には帰ってくるんじゃない?」


「では我は庭やブラストブルーベリーを漬けた瓶の様子を確認しようかの」


「あ、瓶の方はリズも気になるな」


 まずイナリは家の庭に出て、植えてあるブラストブルーベリーと茶の様子を確認する。イナリの権能のおかげで、近いうちに安定した収穫が可能になりそうだ。


 以前この街の要塞の方に行って届け出た栽培許可証もそのうち届くだろう。事が順調に進んでいることを感じてイナリは満足感を感じた。


 続いて、イナリは家の中に戻り、部屋からブラストブルーベリーを漬けた瓶をリビングへと運んでリズと二人で確認する。


「……何か、青くなった?」


「青くなったのう。泡もすごいついておる。ちと飲んでみるかや?」


「特に深い理由は無いけど、イナリちゃん先に飲んでもらっていい?」


「……まあ、元々が危険な代物じゃしな、お主の言わんとすることはわかるのじゃ」


 イナリは瓶をもって一口飲む。


「む、これは……程よく酸味とブラストブルーベリーの甘味が出て中々良いのう。疲労感の回復は流石に見込め無さそうじゃが。……これ、似たようなものを一度飲んだことがあるのう。確か……さいだあ、とか言ったかの?」


 昔、まだイナリの神社が人々から忘れられていなかったころ、祭りが開かれた際、イナリは若者が飲んでいた飲み物をこっそりと拝借したことがある。サイダーと呼ばれたその飲み物を飲んだ時に近い感覚をイナリは感じた。


「へえ、似たような飲み物があったんだ。ちょっと貰っていい?」


「うむ」


 リズが瓶を受け取ってごくりと飲む。


「え、すごいこれ。美味しいしなんか元気が出るよ!これは売れるよイナリちゃん!」


「そ、そうなのかや?というか、元気になる感じはしなかったのじゃが、何故じゃろうか」


「それはわからないけど……でもこれはすごいよ」


 リズがブラストブルーベリー漬け水を絶賛する様子を見て、イナリは若干困惑する。イナリが飲んだ時には効果が無かったのに、リズに対しては効果が出ているのか?


「まあよいか。何かしらの結果は出たようじゃし、今度ハイドラのところに報告するとしようかの」


 ここで、玄関の扉が開く音がした。どうやらエリック達が帰ってきたようである。


 まもなくエリック達はリビングへと顔を出す。


「ただいま二人とも。リズ、用事は問題なかったかい?」


「うん、問題なく達成したよ!」


「そうか、良かった良かった。あと、不審者とかはいなかったかい?さっき冒険者ギルドに行ったら、最近不審な人物が目撃されたから気を付けてって注意喚起されたんだよね」


「ん-、それも大丈夫かな。それにリズは強いから、不審者が来ても塵にできるよ!」


「それは過剰防衛だろ」


 イナリが、リズとエリックの会話にディルがツッコミを入れる様子を眺めていると、隣にエリスが来てイナリの頭に触れながら話しかけてきた。


「ただいま帰りましたイナリさん」


「うむ、おかえりじゃ」


 そして間もなく、エリスが何かに気づいてイナリを撫でる手を止める。


「……あら?イナリさんの服、何かちょっと傷と汚れが。……それにちょっと焦げてます?何かされましたか?その不届き者をこの手で仕留めますので教えて頂けると」


「待つのじゃ。これはその……」


 つい数秒前のニコニコした様子から一転して真顔になったエリスを見て、これはマズいとイナリは思った。心なしか、隣にいるリズの肩が跳ねたような気もする。


 正直に答えるとするならば、恐らく服に傷をつけたのは魔の森のトレントで、服を焦がしたのはそのトレントを撃退した際のものだろう。


 しかし正直に答えたら、果たして服を焦がしたリズか、あるいはそもそも魔の森に行くきっかけとなったウィルディアか、あるいはその両方が「責任」を取らされることになってしまう。


 イナリは思考を巡らせて言い訳を考える。


「わ、我が鍛冶屋で転んでしまっての!その時に偶々近くに火の手があった故、ちと触れてしまったんじゃな!はは、我としたことがうっかりじゃなー」


「……そうですか」


 エリスが引き下がった様子を見たイナリは密かにほっとため息をこぼす。


「それよりエリスよ、ちとこれを飲んでみてくれるかの?先ほど我が飲んでみたのじゃが、いまいち何らかの効果が発揮しておるのかそうでないのか、定かでないのじゃ。安全な事は保障する故、飲んでみるのじゃ」


 話題を変えることと、ついでにリズとイナリの間の効果の差異の検証も兼ねて、イナリはエリスに先ほど飲んだブラストブルーベリー漬け水の瓶を手渡す。


「……ふむ。それってつまり、イナリさんとの間接……ってやつですか。……なるほど」


「エリックよ、お主が先ほど言ってた不審者というのは、こやつの事ではなかろうな?」


「違うと思うよ」

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