第78話 スライムゼリー

 イナリ達は、正確にはリズとウィルディアは道中見かけたトレントを倒しながら、それ以外には特に何事も無く魔の森を脱出する。


 そして街の門で身分証を提示して街へと入ったところで、立ち止まったウィルディアがイナリ達に向き直って喋り始める。


「トレントがこの街に近づいてきている原因も判明したことだし、私はこれでお暇するとしよう。神の力の一端も垣間見れて、良いインスピレーションにもなった。ひとまず、イナリ君は絶対にトレントには近づかない方が良いだろうね。もしイナリ君がトレントに取り込まれたら、それこそ魔王に匹敵するような存在が生まれかねない」


「我の事を餌などと愚弄するような者に捕まる気など、更々ないのじゃ」


「そうかい。リズ君も、イナリ君の事をしっかり守るんだ。頼んだよ」


「うん、わかりました!」


 ウィルディアの頼みに、リズは敬礼のポーズを取って元気よく返す。それを見たウィルディアは満足げに微笑む。


「よし。じゃあ、今度こそ私は行くよ。最近の学校はギルドと情報交換を行うことが増えてきていて、色々と情報も入ってくるからな。何かあったら訪ねてくれれば、力になれることもあるだろう」


「うむ、その時は頼むとするのじゃ。ではまたの」


 手を軽く上げて立ち去るウィルディアに二人は手を振り返す。


 そしてウィルディアの姿がある程度遠くなったところで、リズが話しかけてくる。


「じゃ、リズが作った道具を取りに行こうか!」


「その前にちと、食事をしたい所じゃな。お腹が空いたのじゃ」


「確かに何か食べてからの方がいいか。道具の製作を頼んだ鍛冶屋は、商業地区の周りの飲食店街からちょっと離れた位置だけど大丈夫?」


「構わぬのじゃ。美味いものを食べたいものじゃな」


「なら、前にエリス姉さんが教えてくれた『木漏れ日亭』でいいかな?前食べたビーフシチューがまた食べたくなってきてたんだよね」


「おお、良いのう!では我もそれを試してみるとするかの。あとこの前食べた飴が食べたいものじゃな」


「あー、あれ確か屋台だったよね?場所変わってそうだなあ、道中で見つかればいいんだけど」


「以前エリスが言うておった話じゃな、なるほどこういうことであったか。一度きりの食事というものに慣れておらぬ者には、堪えるじゃろうな」


 二人は雑談をしながら「木漏れ日亭」へと向かっていった。


 残念ながら、その道中で、以前イナリが食べたハニーキャンディを売っている屋台は見つからなかった。




「ふう、満足じゃ。以前食べたキノコのシチューも良かったが、ビーフシチューとやらも食べ応えがあって良いのう。特に口の中でとろける感覚がたまらないのじゃ」


「そうそう。あれが中々クセになるんだよ。また来ようかなあ。……あっ」


 食事を終えたイナリは、リズに先導されて鍛冶屋へと移動し始めたが、突然リズが何かを見つけて声をあげる。


「何じゃ、どうしたのじゃ?」


「あそこ!イナリちゃんが探してる飴じゃないけど、おいしいものがあるよ」


「む、何じゃ!?」


 美味しいものがあると聞いたイナリは、目を輝かせてリズが示す方向を見る。そこには、「スライムゼリー」という商品が売られているようだ。


「すらいむぜりーとは何じゃ……?」


「スライムのゼリーだよ」


「その、我には『すらいむ』も『ぜりー』もわからぬ」


「あ、そういうことかあ……」


 リズは拍子抜けしたような顔をする。


「ゼリーは、まあ……食べ物の一種かな。で、スライムっていうのは魔物の一種だよ。割とどこにでもいるやつなんだけど……見たことないの?本当に??」


「そ、そんな不思議な目で我を見るほどのものなのかや……?」


「そうだね、かなり珍しいことだと思うよ」


「もしかしたら我がすらいむとやらを、それと認識しておらぬだけかもしれぬな。どういった特徴を持った者か聞いてもよいかの」


「うん。スライムって、説明するだけで図鑑が一冊作れちゃうような魔物なんだけど、その定義は確か、半液体状の不定形の魔物だったかな。詳しくは図書館の図鑑を見ると良いかも」


「半液体状とな。我の記憶が正しければそのような者は見たことが無いのう。気が向いたら図書館にあたってみるとしようかの」


 イナリがこの世界に来てから見た魔物は、ゴブリン、トレント、それに地球に居た狼や熊などの動物をそのまま大きくしたようなものである。どう考えても半液体状という特徴が該当するような者はいないはずだ。


「で、あのスライムゼリーっていうのは、成長過程を徹底的に管理して、体が甘くて食べられるようになっているスライムの一部だよ」


「つまり魔物の体の一部ということかの。ふむ、中々興味深いのじゃ」


「あ、意外とそういうのに抵抗ないタイプなんだね。魔物を食べることに抵抗を示す人ってそれなりにいて、特にスライムなんかは一般的なイメージだと食べられなさそうでしょ。だから、イナリちゃんがスライムゼリーを食べたところで、これが本物のスライムだって言ったら、驚くかなって思ってたんだけど……」


「すらいむがわからぬからな、残念ながらそうならなかったというわけじゃな」


「はあ。一回やってみたかったなあ、『これ美味しいですね!何使ってるんですか?』『ふふふ、それはスライムだよ……』みたいなやりとり」


「お主、結構悪趣味じゃな……」


 あまりこれまでリズからは感じられなかった、子供特有の残虐さをイナリは垣間見た気がした。やはりリズは多少大人びているとはいえ、子供なのである。


「だって楽しそうじゃん?……すみません!スライムゼリー二つください!」


「う、ううむ……」


 リズが屋台の店主からスライムゼリーを受け取ると、それを一つイナリに手渡した。


「というか、先ほどお主はすらいむがどこにでもいるものだと言っておったが、何故我は見ておらぬのじゃろうか?」


「うーん、何でだろう。魔境化してからはトレントがスライムを吸収したからとか、いくつか説がたてられそうだけど」


 イナリがふと浮かんだ疑問を口にしながらスライムゼリーを口にすると、齧った瞬間、スライムの外皮が破れて内部の甘い液体が流れ込む。


「おお、これはうまいのう!」


 今までには無い食感にイナリは目を輝かせる。


「お、気に入ってくれた?結構名前で避けられがちだけど、実際に一回食べたら大体の人はまた食べたいって言うんだよね」


「なるほど、名前と印象で嫌厭されがちというわけじゃな」


「ちょっと言葉が難しくてわからないけど、まあ多分そういうことだよ」


 二人はスライムゼリーをもにゅもにゅと食べながら再び鍛冶屋へ向かって歩き始めた。




 目的地に近づくにつれて次第に街の様子も変わってきた。


 飲食店の立ち並ぶ場所から住宅街へと移り、そして現在は様々な職人のような者が何かを作っている様子があらゆる場所で見られるようになった。


「商業地区とは別の方向性で活気のある場所じゃな」


「うん、ここは職人がいっぱいいる場所だよ。鍛冶屋はそうだし、裁縫師とか、あとお金持ちの錬金術師のアトリエとかもあるよ」


「なるほどの、創作者の集いといったところかの」


 イナリが周辺の様子を見回しながら歩いていると、前を歩くリズが足を止めて振り返る。


「着いたよ!ここ!!」


 リズが指さした場所は、周辺の建物と同じような外見の、石で作られた小屋で、入り口には看板が掲げられており、「ガルテ鍛冶工房」と書かれていた。


「ふむ。見たところ他と変わりないように見えるがの」


「まあ、この辺にもちゃんとした歴史はあるんだけどね、その辺は割愛!ガルテさんは、エリック兄さんとかディルの武器の手入れをしてくれてる職人さんなんだ!顔見知りだったから今回の作業もお願いしたの!」


「なるほどの、お主はあまり鍛冶師と繋がり無さそうじゃと思っておったからの、納得じゃ」


「実際魔術師はあまり縁がないと言えば無いね。まあ、とりあえず入ろうか!」


「うむ」


 リズがそう言って扉を開けて鍛冶屋の中へと入っていった。


 その後に続いてイナリも入ろうとするも、鉄の扉は重かったために締め出されてしまった。一分後に不審に思ったリズに開けてもらうことで、ようやく中へと入ることができた。

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