第77話 餌
「ひ、酷い目にあったのじゃ……」
リズによって救出されたイナリは川辺に倒れこむ。
「火の玉も普通に熱かったのじゃが。お主、我が絡めとられておるのに、割と容赦なく撃ちこんだじゃろ?」
「まあ、万が一当たっても、イナリちゃんなら余裕で耐えられるかなって思ってちょっと適当に撃ったところはあるけど、ちゃんとトレントに当たったから結果オーライ!……でしょ?」
「リズ君、ここで開き直るのは悪手だよ……」
悪びれも無く開き直るリズをウィルディアが諫める。
「全く……。というかじゃな。結局のところ、このトレントらは我に近寄ってきておるのじゃろ?歩くだけの知能があるのなら、交流の一つくらいしてほしいものじゃ」
「結構メチャクチャなこと言うね。魔物が言語を解し始めたらもう最悪だよ」
立ち上がって体に着いた汚れをパタパタとはたきながらイナリは文句を零すと、それに対してリズが返してくる。
「何故じゃ?色々話せて便利じゃろうに。命乞いとか」
「いや、命乞い以外にもっと色々あるでしょ……」
「イナリ君は知らないかもしれないが、実際に上位種の魔物になると言語を解する者も現れる。しかしそれらの大半は、文化の違いや知能レベルの違いから、大抵は碌な結末を迎えないんだ」
「ふーむ、言われてみればそれはあり得る話じゃな。中々うまくはいかないものじゃな」
確かに、仮に魔物と会話ができるとして、イナリがこの魔の森を作るに至った元凶ともいえるゴブリンと会話できるかと聞かれたら、否である。ウィルディアが言っている事はそういうことだろう。
イナリが現実の難しさを嘆いていると、ウィルディアがリズと話し始める。
イナリの耳をもってすれば小声な二人の会話も筒抜けだが、何分言っている言葉が理解できないのでまるで意味が無かった。
そんなわけで、何となく自分だけが蚊帳の外になっているように感じて落ち着かないイナリは、二人の会話に混ざろうとする。
「何じゃ、何を話しておるのじゃ?我も混ぜるのじゃ」
「ん、ああ、一応イナリ君の話をしていたのだが……リズ君、冒険者の君から見るとどう思う?」
「うーん、多分先生の考えてることが正しそうに思うかも……」
どうやら二人はイナリに関する、当人には話しにくい話をしていたらしい。一体何の話をしていたのだろうか。
「何じゃ、我に話してみよ。我の懐は広いからのう、どんな話でも大丈夫じゃぞ?」
「……何か勘違いしていそうだが、重要な話ではあるからな、伝えておこう」
ウィルディアが改まった様子で話し始める。
「先ほどのトレントの挙動は普通ではなかったんだ。通常、トレントは他の生物を見ると襲いかかるのだが、それは枝をぶつけてくるとか、鋭い葉を持つ種ならそれを飛ばしてきたりするんだ」
「ふむ?さっきのトレントも我を襲ってきたじゃろうに、何がおかしいのかや」
「その襲い方が変だ。観測されている限り、枝を用いて拘束するような攻撃手段を取るトレントはいない。トレントが拘束という行動を行うのは、それを己の体内に格納しようとする時だ。例えば、手ごろな大きさの木の実を取り込むとかだな」
「……ふむ?」
「つまり先ほどのイナリ君は、厳密にいえば襲われていたのではなく、捕食されてかけていたと思われる。要するに、イナリ君はここら一帯のトレントから餌として見られているということだな」
「……餌……我は取るに足らぬと……?」
ウィルディアの話を聞いたイナリは、何とも言えない感情を抱いた。
「恐らくはイナリ君から流れ出ている力を取り込もうとしているだけで、決して無力な君を取るに足らぬ存在として見做しているわけでは無いだろう。……恐らく、そのはずだが……」
「そこは断言してほしいところじゃった……」
一番断言してほしいところだけ言葉を濁すウィルディアを見てイナリは悲しくなってしまった。どうやらここ一帯のトレントは、イナリの神聖さに釣られるどころか、ただ餌を求めて寄ってきただけなのである。
「と、とりあえずさ!知りたいことは知れたし、もう帰ろ?」
「そうじゃな、帰って以前食べた飴でも食べて落ち着きたい所じゃ。確か……はにーきゃんでぃ、とか言ったかの」
「いや、少し待ってくれ。もし良ければ数十秒だけイナリ君の権能が増幅された状態を観測したいのだが」
悲しみに包まれるイナリを見て雰囲気が重くなったのを感じたリズが街に戻る事を提案したが、ウィルディアがそれに待ったをかける。
「む?そのような事をしたら、我の魔王疑惑がより深まってしまうのではなかろうか」
「最大じゃなくていい、少しでいいんだ。君が言っていたところの……そうだな、第三段階くらいで、それも十秒程度でいい。ここなら既に魔境化しているわけだから、イナリ君の権能が発揮されても気づかれにくいはずだ」
「ふーむ。して、それは何か意味があるのかや?」
「単純に見たい。特に君の体に流れる力がどのように作用するのか等を確認したい」
「……リズもちょっと見たいかも」
身も蓋も無いウィルディアの発言にイナリはジト目を向けてしまったが、どうやらリズもイナリの植物成長度が増幅した状態を見たいようだ。
「仕方ないのう、少しだけじゃぞ?」
「よし、では早速頼む」
「うむ。植物成長促進、第三段階じゃ」
「……それで終わりか?」
「うむ。ほれ、そこな草を見てみるのじゃ」
イナリは適当にその辺の草を指さす。そこには、注視するまでもなく、目に見えて伸びてゆく雑草があった。
「おぉ~。これを見ると確かにイナリちゃんの力が抑えられてたのがわかりやすいね」
「イナリ君の体内のエネルギーの流れも確かに活発に……イナリ君、尻尾が増えていないか?」
イナリの体をまじまじと眺めるウィルディアが突然尻尾が増えていると言い出したので、イナリは首を傾げながら自身の尻尾を確認する。イナリの着ているワンピースの中に、三本の尻尾が生えていた。
「む?ああこれか、そう言えばこんな風になるんじゃった。今まで基本的に第一段階で事足りておったからの、我の尻尾が増えることを忘れておったのじゃ」
「忘れるとかあるの……?」
「うむ。ここを魔の森にした時には九本尻尾が生えておったと思うのじゃが、逃げるのに必死でまるで気にしておらんかったのじゃ」
「えぇ……?尻尾って意外と気にならない部位だったりするのかな……」
「獣人種は基本的に尻尾を気にする種族と記憶していたがな。イナリ君が例外ということだろうか」
「ともあれ、成長促進度は元に戻すのじゃ」
「おぉー、尻尾が一本になった。不思議だ」
「ふふん。すごいじゃろ?」
「私も見たいものが見れて満足だ。では街に戻るとしようか。リズ君はこの後何か用事があるのだろう?」
「そうそう、イナリちゃんのための道具を渡さないといけないの」
「そうか、では少し急ぎで行くとしようか」
リズに用事があると聞いていたウィルディアは、少し歩く速度を上げて川を下り始めた。
「……あやつ、リズには結構甘いのじゃな」
「魔法学校に入ったころから色々と気にかけてもらってるからねえ」
先を行くウィルディアに、イナリとリズも続いた。
「あ、そうだイナリちゃん。間違えてもエリス姉さんの前で尻尾増やしちゃダメだよ」
「……確かにそうじゃな、気に留めておかねば……」
うっかり尻尾を九本もった状態のイナリがエリスの前に出たら、飛びついて来た挙句、尻尾に擦りつきながら「一生そのままでいてください」などと言いだしかねない。何より、その光景が想像に難くない。
そのようなことになったらメルモートの街は一瞬にして廃墟と化し、誰も近づくことが出来ない場所が完成することだろう。
エリスに隠しておかなくてはならない事項の多さに、イナリは一つため息をついた。
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