第75話 衝撃の事実
翌朝、イナリとリズは再び魔法学校へと赴く。
エリスもついて来ようとしたが、彼女はエリックとディルに引きずられて依頼を受けに行くこととなった。
ウィルディアの部屋の前に到着し、リズが扉を開けようとしたところで、イナリが待ったをかける。
「お主、待つのじゃ。我がこの扉を開けるのじゃ」
「は、はあ」
突然の申し出にリズは困惑しながらも場所を譲り、エリスに買ってもらった鶯色のワンピースを着用しているイナリが、腕をまくって扉を押し開ける。
「やった、開けられたのじゃ!」
「そんなに喜ぶことかな……。まあ嬉しそうにしてるからいっか……」
二人はウィルディアの部屋へと入る。
「先生、おはようございまーす!」
「む、二人ともよく来たね、とりあえず座ってくれ。何か飲み物でも出そうか。今淹れていた紅茶か、ラベルが剥がれて効果がわからないポーション、どちらがいいかな」
ウィルディアが謎のポーションを二人の目の前に差し出して尋ねてくる。
「そんなの一択じゃろ……」
「言ってみただけさ。後で処分しておくよ」
ウィルディアがその辺の箱にポーションを雑に放り込んで、二人に紅茶を差し出す。
「それで、我は何故呼ばれたのかの。調べたいことがあるとしか聞いておらんのじゃが?」
「ふむ、早速だが本題に入ろうか。また色々と検証したい所だからな」
ウィルディアが紅茶を一口飲むと、本題に入る。
「まず、これは大事な話なのだが、君の権能は植物の成長を加速させるものという解釈で合っているかい?」
「うむ、相違ないのじゃ。……その、街の雑草の手入れが大変じゃとかいう話は、申し訳なく思っておるのじゃよ?でも、際限なく伸びるこの世界の草が悪いんじゃよ……」
「えぇ、無責任すぎる……」
イナリの供述にリズが苦言を呈するが、地球ではある程度のところで植物の成長は止まっていて、何の不都合もなかったのだ。よって、こればかりはイナリにはどうしようもないところなのである。
「その言葉に嘘は無いね?」
「無いのじゃ。何じゃ、我を疑っておるのか?」
「……ある意味、そうとも言えるかもしれないが。イナリ君は、ここ最近魔の森からこの街に向かってトレントが近づいてきているという話は知っているかい?」
「……そうなのかや?」
イナリはリズの方を見て確認する。
「えっと、この前、魔の森の魔物の殲滅作戦に行ったときに結構トレントはいたよ。街に向かってるとか、そういうのはあんまり知らないけど。何かエリック兄さんがそんな感じの事言ってた気もするけど、全部倒せばいいやって思ってあんまり聞いてなかった」
「リズ君、君ってやつは……」
「だってそうでしょ?」
「我も流石にどうかと思うのじゃが……」
「まあ、リズ君の事は一旦置いておくとしてだな。イナリ君、何か心当たりがあったりしないかい?見たところ、君がトレント達をこの街にけしかけているわけでは無いだろう?」
「うーむ?心当たりと言われてものう……。あっ」
「え、何かあるの?」
「一人で森を歩いていた時、姿はわからぬはずなのに我の方に少しずつ寄ってきていたのじゃ」
「……姿がわからないというのは?」
「あっ、えーっとじゃな……」
イナリはウィルディアが不可視術について知らないことを失念していた。
念には念を入れて、ウィルディアに対して能力について伏せていたが、既に色々と喋っていて、自身が神であるという事実も共有しているのだから、この際開示してしまっても問題ないだろう。
「この際、改めて我が能力について説明するのじゃ。リズも一応聞いておいて欲しいのじゃ」
イナリは居住まいを正して自身の能力について説明する。
「まず、今話に上がった不可視術と呼ぶことになった、名前の通り、我の姿を隠す術じゃ。これは我のパーティの者のみ知っておる。発動する瞬間に我を見ておった者以外、我を認識することは出来んのじゃ」
「なるほど、万が一、私が裏切ったりした時のために伏せていたわけだな。それは当然の判断だ」
「それでちょっと事故みたいなことも起こったよね。自分が周りから見られているかわからないのって、結構欠陥じゃない?」
「悲しくなるから、そんなことを言うでないのじゃ」
「ご、ごめん……」
「ところで、もしイナリ君が認識されない状況下で何か物を動かしたりしたらどうなるのだろうか。イナリ君が透明になって、物が勝手に動いているように見えるのか?」
「……どうなるのじゃろうか?ちと試してみるとするかの。リズは我の事を見ておくのじゃ」
「うん、わかった」
「では私は後ろを向いておくとしよう」
ウィルディアがイナリを見ていないことを確かめ、不可視術を発動する。
「できたのじゃ」
イナリが術を発動し終えたことを伝える。
「……あ、そっか、もう先生にはイナリちゃんの声も届いてないのか。何か不思議な感じ」
「む、もう終わっているのか?」
「終わってるよ。先生、どうかな?一応今ここにいるんだよ」
リズの問いかけにウィルディアがリズの示した場所をまじまじと見つめた後、部屋を見回す。
「……この部屋にはリズ君以外誰もいないようにしか思えないな。……本当にいるのか?」
「いるよ!じゃあえっと……イナリちゃん、紅茶を飲み切ってみて」
「うむ、わかったのじゃ。……これ、ちょっと不思議な味じゃな。何の茶じゃろうか」
「先生、イナリちゃんがこれ何のお茶かだって」
「これか?うーん、何だったかな。同僚に貰ったものだが、何かはあまり聞いていなかったな。一応それなりの由緒はあるらしいが」
「お主ら、二人そろって肝心なところを聞き流しすぎではないかや」
「いやだって、興味なかったらわざわざ聞かないじゃん……?」
「聞いておいた方が良いと思うがのう。……飲み終わったのじゃ」
「先生、イナリちゃんが紅茶飲み終わったよ」
「……?コップは一切動いていないが?」
ウィルディアが不思議そうな顔をしてイナリの紅茶が入っていたカップを見る。
「……確かに空になっているな。これは……現実改変のようなものか、あるいは幻術的なものか……?神の力というのは伊達ではないな」
「ふふん。そうじゃろ?我の事を見直したじゃろ?」
「イナリちゃん、ご満悦のところ悪いけど、先生には見えてないからね」
「む、そうじゃったな。もう術は解除しても良いじゃろうか」
「先生、もう術解除していい?だって」
「ん、ああ。問題ないよ。流石にリズ君の一人語りを聞くのも辛くなってきたところだ」
「確かに、会話の片方だけを聞くのは辛いじゃろうな」
イナリは術を解除してウィルディアの発言に同意した。
「発動には多少時間を要する一方で、解除についてはそうでもないのだね。ふーむ、考えれば考えるほど不思議なものだ」
ウィルディアが感心したようにイナリの不可視術について語る。
「まあ、神じゃからの。そう簡単に理解されては困るのじゃよ」
「ところで、イナリ君の姿が見えない間、リズ君がイナリ君の名前を呼んでいるにも拘らず、君の名前が口にできないどころか、すぐに忘れてしまい、思い出すことすらできなかったのだが。これも不可視術とやらの効果の一環かい?」
「えっ何それ我知らん……」
「えぇ……」
果たして困惑の声をあげたのはリズか、ウィルディアか、あるいは両方だろうか。
「そ、そんなことになっていたのかや?」
「君が知らなくてどうするんだ……」
「いや、そんなこと言われてものう、我もまともに実験をしたことが無い故な……」
ここに来て、この能力のとてつもない問題点が見つかってしまった気がする。イナリは内心混乱していた。
「ま、まあ、術を解けばこうして話せるのじゃから、良いじゃろ?何の問題も無いのじゃ。というわけで、次の話に行くのじゃ」
「それなりに重要な問題だと思うが……まあ、本人がそういうのなら、次を聞こうか」
イナリは一先ず話を進めることにした。
「こほん。次じゃ。風刃についてこの前話したじゃろ?あれはパーティの者にも同じように伝えたのじゃが、実は本当のところはもっと広い用途の能力なんじゃよ」
「えっ、そうだったの!?」
「うむ。本当は風を操作する力での、それを無理やり圧縮して作ったものが風刃なのじゃ。風刃を発動して我が疲弊するのはそういった理由じゃな。とはいえ、こちらの力は殆ど使ったことが無い故の、大した説明はできないのじゃが」
「ちなみにどういう風に使ってたの?」
「たまに地面が干上がっている時は雨雲を呼び寄せたり、近所が火事になった時に火が燃え移らないように操作したり、暑い日に涼んだりじゃな」
「後になるほど落差が酷いなあ……。最後のとか、多分便利グッズレベルだよね。リズでもできそう」
「とはいえの、実際そうやって使っておったから……」
「能力を弱く見せていたのには何か理由があるのかい?」
「うむ。『風を操る力』と言うと、何か強そうじゃろ?それでいらぬ期待をされては困るからのう」
「雨雲を誘導するだけでも十分に強大だからな。その懸念は頷けるものだ」
実のところ、イナリは本気を出せば嵐の一つや二つくらいなら作れるくらいの力を持っている。
しかし、当然風刃とは比較にならないエネルギーを要するし、そんなことをしたところで木々や草花が軒並み死滅するだけで、イナリに何のメリットも無いのだ。何なら、イナリが吹き飛ばされるまであるだろう。
「それで最後が、我の豊穣神としての本分、草木の成長を促す力じゃな」
「そしてヒイデリの丘が魔境化した元凶でもあると」
「わ、悪いとは思っておるが、そうしないと緑の化け物共に捕まっておったからの?仕方ないであろ?」
「思ったんだけど、それって止められないの?日に日に冒険者ギルドの雑草駆除依頼が増えて来てるんだけど」
「ふふ、聞いて驚くが良いのじゃ。今の状況が一番マシなのじゃ」
「……マジ?」
「まじ、じゃよ。我の力が及ぶ範囲は変えられぬ。そして力を止めることは出来ぬのじゃ」
「なるほど、中々厄介だな。一応聞くのだが、最大にしたらどのくらいになるのかな」
「厄介とは失礼な!我の存在意義とも呼べる能力じゃ。……促進度は九段階での、今は当然、第一段階じゃ。ちなみに最大にした結果が今の魔の森じゃ。すごいじゃろ?」
「今の状態で一番弱いの?イナリちゃんすごいね……」
「凄まじいの一言に尽きるな。しかしこうして話を聞いていると、やはり魔の森のトレントがこの街に向かっていることとイナリ君が無関係とはとても思えないな」
「……そうじゃろうか?」
ウィルディアは首を傾げるイナリを一瞥すると、立ち上がって口を開いた。
「ここはひとつ、フィールドワークと行こうじゃないか。今外出の準備をするから、少し待っていてくれ」
ウィルディアは立ち上がって支度を始めた。
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