第67話 黙秘 ※別視点あり

「申し訳ございませんでした」


「うむ」


 エリスの暴走により抱きつぶされかけたイナリは、騒がしさに様子を見に来たエリックに救出された。


 そして現在、エリスとイナリはエリックを挟んで向かい合って話していた。


「エリス、落ち着いた?」


「はい、落ち着きました」


「我、窒息して死ぬと思ったのじゃ。気を付けてほしいものじゃ」


「はい……」


 果たしてイナリに死の概念があるのかどうかは定かではないが、ともあれエリスに抱きつぶされそうになったことは事実である。


「びっくりしたよ、イナリちゃんの悲鳴とエリスの声が聞こえたから不審者が来たんじゃないかと思って見に来たら、まさかエリスが不審者だとは思わなくて」


「そうですね、その、何というか、心の声が漏れてしまったと言いますか……」


「漏れるどころではとても済まないレベルだったけど」


 エリックの指摘にエリスは目を逸らしながら、気まずそうに弁明する。


「でもですね、これはとても大事な事なのです。イナリさんが色々な服を着ないというのは社会において重大な損失になるのです」


「そうかなあ」


「誇張が過ぎると思うのじゃ。我はこの服とリズの寝間着だけで十分じゃ」


「それもどうかなあ……」


 エリックは双方の意見に頭を悩ませる。


 エリスの行き過ぎた表現はおかしいが、かといって実質一着で問題ないというイナリの主張にも同意しかねるからだ。


「どうじゃ、エリックよ。お主は我の意見をわかってくれるじゃろ?」


「……エリスの言い分は流石に行き過ぎだけど、服はいくつか持っておいた方が良いと思うよ」


「な、なんと……お主もあちら側の人間か……」


「イナリさん、やはり私の意見は正しかったのですよ」


「いや、それはちょっと同意しかねるけども」


 エリックとしては常識的な答えを提示したつもりであるので、思考が少々変な方向に飛躍しているエリスと同列にされるのは不服であった。


「というわけでですね。やはり明日は服を見に行きましょう。決定です」


「まあ、その、なんだろう。イナリちゃん、色々と頑張ってね」


「そ、そんな……。我、嫌な予感しかせんのじゃが……?」


「安心してください、イナリさんなら何を着ても似合いますし、私が最高のものを選んで差し上げます!もちろん代金も私が出します!」


「我が恐れているのはそういう問題ではないのじゃがなあ……」


 イナリが明日の事を考えてげんなりとしていると、玄関の扉の開閉音が聞こえた。そちらの方からは「ただいまー!」と大きな声が聞こえてくる。


 そして間もなく、リビングにリズが笑顔で入ってくる。その後にディルも続いて入ってくる。


「イナリちゃん、例の件、何とか目途が立ったよ!」


「む、それは良かったのじゃ」


「ブラストブルーベリーの携帯手段の件ですか」


「そうそう。うまく行けばイナリちゃんの食糧兼非常時に使える武器にもなるからね、気合入れて取り組んでるんだよ」


 どうやらリズは、イナリに身の危険が迫った際に投げつけて対処するという方法も考えてくれていたらしい。


 まともな戦闘手段を持たないイナリにとってはとてもありがたい話であった。


「どうにか明後日くらいには完成できるように頑張るから、それまでは待ってて!」


「うむ。感謝するのじゃ」


 リズが進捗を報告すると、自分の部屋へと歩いて行った。それを見送ったイナリは、ディルに話しかける。


「お主は何かないのかや?」


「え、俺か?いや……何も無いが……」


 ディルはまさか話しかけられることなど無いだろうと考えていたようで、何とも歯切れの悪い返事が返ってくる。


「あのような時間に外に出て、本当にただ運動してきただけなのかや……」


「イナリさん、ダメですよ。ディルさんは基本的に運動することしか頭にないですから、仕方ないのです」


「お前ら好き放題言いすぎだろ……」


「とはいってもの、我の記憶だとお主は大体運動だとか散歩だとか、鍛えることばかり言ってる印象しかないのじゃ」


「せめてストイックだと言ってくれ」


「その感じだと僕は仕事人間だと思われてそうだな……」


「相違ないのじゃ。お主はいつもギルドに行っておるしの。リズは魔術博士じゃな。魔術の話をし始めたら止まらぬし、技術も卓越しておるようじゃからな。間違っておらんじゃろ?」


 イナリはパーティメンバーの面々に対する印象を述べていく。するとエリスもそわそわとしながら自身に指をさしてイナリに尋ねる。


「イナリさんイナリさん、私のことはどう思っていますか?」


「……その、言及しない方が、きっとお互いのためになると思うのじゃ」


「……えっ」


 エリスの問いかけに対し、イナリは目を逸らしてノーコメントの立場をとった。


「多分、『変態』とかその辺じゃないか?ずっとイナリの尻尾触ってるし、間違っちゃいないと思うぜ」


 先ほど言いたい放題言われた意趣返しか、ディルがニヤニヤとイナリに代わって答える。


「脳筋は黙っててください。イナリさん、あの人が言っていることは間違っていますよね?」


「………」


「ま、間違っています、よね。そうですよね……?」


「我、先に水浴びをしようと思うのじゃ。良いじゃろうか?」


「そ、そんなに答えにくい質問じゃないですよね!?」


 焦った様子で縋りついてくるエリスをいなし、イナリは水浴びを口実にその場を脱出することにした。




<エリック視点>


「そ、そんなはずは……。『はい』か『いいえ』で答えられる質問でしたよね……?」


「答えないってことはそういうことなんじゃねえか?まあ知らんが」


「エリス、イナリちゃんが心配なのはわかるけど、少し距離が近すぎるんじゃない?」


「いえ、そんなはずはありません。私はここまで、お小遣いやクッキーを用意したりして、様々な手段でイナリさんの好感度を稼いできています。昨日や今日は一緒に寝ると約束してくださいましたし、かなり親密にはなったと思うのです」


「その思考がもうダメだよ」


 本気で悩んでいる様子のエリスを見て僕は思う。一体どうしてエリスはこんなことになってしまったのだろう。


 イナリちゃんが来る前の彼女は、落ち着いた印象のありつつ、少し茶目っ気がある程度の模範的な神官であったはずだ。


 今もそれは変わらないのだけれども、イナリちゃんが関わると一気に印象が変わってしまう。


 今のエリスとイナリちゃんの関係は、パーティという関係性を抜きにしたらただの不審者とその被害者の子供の関係にしか見えなさそうだ。


 少々やんちゃだった頃のリズに対してであっても、エリスはここまで変ではなかったと思うのだけれど……。


 ともあれ、色々と思うところはあるがそれはさておいて、イナリちゃんがいない今のうちにエリスに伝えておかなくてはならないことがある。それを今伝えておこう。


「エリス、少し話があるんだけれどいいかな」


「はい、何でしょうか?」


 真面目な雰囲気を汲んでくれたのか、いつものエリスに戻って内心安堵する。


「その、イナリちゃんの事なんだけど。明日は多分、二人で買い物に行くんだよね?」


「ええ、そうですね。何が何でもそうします。皆さんは一緒に来られますか?」


「僕はまたギルドの方に顔を出すから遠慮しておこう。ディルも……まあ、行かないよね」


「女物の服屋なんて俺は入れねえよ。兵士に通報されそうだ」


「うん、まあ、ごめん。わかってたけどさ……」


「リズさんも何か忙しそうにしているから無理そうでしょうか。あれ、ということはイナリさんと二人きり……!?」


「変な気は起こさないように。で、少しお願いがあるんだけど」


「はい」


「イナリちゃんに食事以外の楽しみっていうか、人間の良さっていうのかな。そういうのを見せてあげてくれないかな」


「……詳しく聞いてもよろしいですか?」


 流石にこれだけでは言葉足らずだったかもしれない。僕は今日の昼食時を思い出しながらエリスに理由を告げる。


「イナリちゃん、今の僕たちは多分良好な関係でいると思うんだけど、基本的に人間を良く思っていないみたいなんだよね……」


「ああ、あれか。『人間の良いところは料理くらい』だったか?」


「……そういえば、少しそんなことを言っていた気がしますね……」


「本人は別に生贄だったとかそういう過去はないとは言っているが、それはそれとして何かあったのは確かだろうな。そもそも俺たちに言うつもりが無いのかもしれんが」


「そういうわけで、だったら本人に人間の良いところを見て、知ってもらおうかなって思ったんだ。少なくとも、今のところ人間社会で生活してて嫌悪感を示したりはしていないし、問題ないと思うんだけど、どうかな」


「良いのではないでしょうか。なるほど、これは重要な任務ですね……」


「無理強いはしないけど、少し気にかけてもらえると良いな」


「ええ、イナリさんのためですからね。全力を尽くしますよ」


 イナリちゃんは、少し前までは保護した子供でしかなかったが、今では大事なパーティメンバーの一人だ。


 そして、「虹色旅団」のリーダーとして、メンバーの事を気にかけるのは重要な仕事の一つである。


 イナリちゃんは少々特殊な事情を持っているようだし、もしかしたら一筋縄ではいかないかもしれないが、それでも時間をかけて取り組むべき、重要な事だ。

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