第65話 昔話
「ところで、お主らはどういった集まりなのじゃ?以前の自己紹介もかなり簡潔なものであったし、その辺気になるのう」
注文した料理が来るのを待つ間、今度はイナリからエリック達に質問を投げかける。
あまりイナリの事について深堀りされると、フォローしてくれるリズもいない今、ボロが出てしまうのはあまり望ましくないので、ここは相手の話に切り替えることで切り抜けようという目論見である。
「どういったっていうのは?」
「要するに、どのような経緯でパーティを結成したのかという話じゃ。リズのような若者もおるのじゃから、最初からずっと一緒に活動していたわけではあるまい?」
「若者って……お前も大して変わらねえだろ」
「この前、我は最低でも二千年は生きておると言ったじゃろ?それは確かなのじゃ。よって、我を基準にすればお主らは赤子のようなものというわけじゃ。じゃが、お主らとリズの間には、人間の感覚からすればそれなりの年齢差があるじゃろう?」
「……まあ、気にしても仕方ないことだな……」
「理解してくれたようで何よりであるのじゃ」
イナリはどうやら、説得によりディルを論破することに成功したようだ。決して、面倒くさいから放っておこうなどと思われているわけではない。そのはずだ。
「で、その辺どうなのじゃ?」
「ええっとね。元々は僕とディルの二人で組んで活動してたんだ」
イナリが話を促すと、エリックが話し始める。どうやらイナリの見立て通り、リズは最初はいなかったようだ。しかし意外なことに、エリスも最初はいなかったようだ。
「ディルとはこの街で同時期に冒険者になったんだ。それで情報交換がてら色々と話しているうちに、一緒に動いたら効率的だってことでパーティを組んだんだ」
「ふむ」
「こいつは昔から大体ギルドに行けば会えるような奴だったよ。今もそうだが、よくそんなことが出来るもんだ」
「僕からしたら、毎日ストイックに運動してるディルも結構すごいんだけどね」
「俺の師匠から習慣として刷り込まれたからな」
彼らは昔から既に今と同じような生活様式が確立していたようだ。
「……師匠とな?」
「ああ、俺が今こうして盗賊の仕事をこなせてるのは師匠のおかげだな。とはいえ、碌でなしだから会おうとは思わない方が良いぞ」
「お主がそれほど言うとは、どのくらいすごい者なのじゃろうか」
「そうだなあ、ギルド長と同じかそれ以上かな」
「なるほど、ようわかったのじゃ。絶対に会わぬ」
「まあ、会おうと思って会えるような人でもないから安心していいぞ」
「二人とも、ギルド長の扱いが雑過ぎない……?」
エリックはギルド長の扱いに思うところがあるようだが、イナリとしてはもうこれくらいの扱いで十分だと思っている。ディルもきっとそうだろう。
「まあいいか。で、二人で二年くらい活動して、それなりに業績を積んでたんだけど、ある時冒険者ギルドにリズがいて、何か揉めてたんだよね」
「確か登録直後にいきなり討伐依頼に行かせてほしいとか言い出したんだったか?」
「それは何か問題がある事なのかや?」
「基本的に森に行って魔物やらを狩って納品するのは自由だが、討伐依頼ってのはそれなりの危険が伴うから、最低でも等級が3は無いと引き受けられないんだ。登録して一日も経たない新人一人で行かせたところで、死んだら終わりだからな」
ディルがイナリの疑問に答える。
「なるほど、あやつは無茶な要望をしていたというわけじゃな」
どうやら冒険者になった直後のリズはかなり無茶を言ったらしい。イナリが知るリズはそのような無謀なことはしなさそうだが、何か理由があったのだろうか。
「今のあの様子を見たら想像がつかないかもしれないが、出会った初期の頃のアイツは本当にただの世間知らずのガキだったぞ」
「お、お主も結構包み隠さず言うのじゃな……」
「うーん。確かにあの時は結構すごかったよ。『私ならどんな魔物だって一発なんだから!その辺の自称魔術師とは違うの!』とか言って方々に喧嘩売ってたし。しかも、実際実力が確かだったからなおさら……」
エリックが昔の事を思い出して渋い表情になる。
「お前、アイツがパーティ加入した後の一か月くらいは、方々に謝りまくってたもんな……」
「凄まじいのう。しかし実力があるのなら、そうなるのも少し頷けるかもしれぬ。もしかして学校に行った折に周囲からの視線が集まっていたのは、そういった理由もあるのじゃろうか」
「あー、何かありそうだなあ」
記憶が正しければ、何かの大会で先輩を打ち負かしたような話があったはずだ。どうやら昔のリズはかなり天狗になっていたようだ。
「我は今のリズしか知らぬからのう、ちょっと見てみたい気がしないでもないのじゃ」
「勘弁してくれ、あんなのは御免だし、今はお前の世話だけで十分だ」
「……お主、我の事を昔のリズと同列にしておるのかや……?」
「態度こそさほど気にならないが、お前の手のかかりようは昔のリズといい勝負だぞ」
「全く無礼な、そんなこと――」
イナリの脳裏に様々な記憶がよぎる。魔物疑惑にテロリスト疑惑等、思い当たる節がたくさんある。
「――あるかもしれぬ。あれ、いや、そんなはずは……」
ついでに実は樹侵食の厄災、すなわち魔王の正体であるという爆弾も抱えているのだから目も当てられない。もしかしたらリズが先ほど別れる際に言っていた「歩く爆弾」というのにはそういう意味合いも含んでいたのだろうか。
そんな事を考えるイナリをよそに、エリックが話を再開する。
「で、ええっと、その暴走してたリズを、たまたま居合わせた僕たちのパーティに入れて依頼について来させることになったんだけどね。そこにエリスが来たんだ」
「え、どこから出てきたのじゃ」
「当時はフリーで回復術師として活動してたみたいなんだけど、その現場を見てたエリスが『女の子が一人で男性だけのパーティに入るのは危ないです!』って言いだして、ついでに入ってきたんだ」
「……何か、想像に難くないのじゃ」
現在イナリに向けられているエリスの過保護な性格が、当時のリズに向けられていたのだろう。
脳内再生が余裕でできてしまうと同時に、リズ以外はさほど今も昔も変わっていないようでイナリは少し安心した。昔というほどの時間が経っているのかは怪しいが。
「んで、ずっとその流れで続けてきて今ってわけだ。流石にエリスはともかく、リズを即フリーに帰したら何が起こるか分かったもんじゃなかったしな」
「なるほどのう、色々あったのじゃな。面白いのじゃ!」
特にリズの性格が全然違ったという話が印象深い。
きっと学校に行って生徒に聞き込みをしたりすればもっと色々な武勇伝が聞けるのだろう。流石に本人の名誉のためにも、そのようなことはしないが。
「ところでイナリ、お前はどうなん――」
「お待たせしました、チーズグラタンです!」
ディルがイナリの方に話を振ろうとしたところで、ちょうどよいタイミングで店員がグラタンを運んできた。
「おおー!美味しそうではないか!早速食べるのじゃ!!」
自身の話は少々都合が悪いので、話の流れを断つために、若干過剰にグラタンに対して反応する。
「……イナリはどうなんだ?どういう生活をしてたのか気になるんだが」
しかし、ディルにそのような手口は通用しなかったようだ。グラタンが全員の前に置かれて店員が離れていった瞬間に言い直してきた。
「……はあ。お主、少し察する力とか、思いやりを身に着けてはどうじゃ?」
「は?」
ため息をつくイナリを見て、ディルが顔を顰める。その表情にイナリは怒らせてしまったかと不安になった……少しだけ。
「ディル、イナリちゃんは多分あまり触れられたくないんだと思うよ」
「……そんな素振りあったか……?」
疑問符を浮かべる鈍感なディルとは違い、エリックはイナリの意図を汲んでくれたようだ。
「というか、お前とエリスはあの時いなかったか。こいつ、別にお前たちが思っているような過去は無いらしいぞ」
「でも答えたくないことだってあるでしょ」
「まあ……そうかもしれねえが……」
「そもそもじゃな、我はお主らとは比較にならないほどの時を生きておる故、それを話すだけでお主らの寿命は尽きてしまうのじゃ」
「別にすべてを話せって言ってるわけじゃないんだがなあ……まあいいか、話したくないならそれでいい。とりあえず食うか」
「うむ。……あっづいのじゃ!水!水をぉ……!」
イナリは勢いよく口の中にスプーンで掬ったグラタンを放り込み、チーズの熱さに悲鳴を上げて水を求める。
「気を付けて食えよ……」
グラタンを口に入れて熱さに悲鳴を上げるイナリを見て二人は呆れた表情をしていた。
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