第64話 外に出たなら美味しいものを食べたい

「じゃあね、またいつでも来てね!」


「うむ。また来るのじゃ」


 ハイドラが錬金術ギルドの入り口前で手を振るのを見て、イナリは手を軽く振り返した。


「さて、ひとまず我の目的は果たしたと言えよう。このあとはどうするかの?」


 錬金術ギルドから離れたイナリ達は今、どこに向かうわけでもなく適当に街道を歩いている。


「うーん……。リズはちょっとこの後別行動してもいいかな?さっき話にあがった、イナリちゃん用の実の携帯方法を考えようと思ってね。少しでも早い方が良いでしょ?」


「む、それは大事じゃな。任せたいのじゃ」


「部屋の中でどういう話をしてたのか聞いても大丈夫?」


 錬金術ギルド内で話した内容をエリックとディルは聞いていないので、イマイチ話の流れが掴めていないようだ。


「簡単に言うと、今のイナリちゃんは歩く爆弾状態だから、それをどうにかしようって話」


 リズがエリックの問いかけに対して答えるが、変わらず二人の表情は怪訝なままである。


「……えーっと?そ、そうなんだ……?」


「聞いても全然わからんが、碌でもないし、少しでも早く解決したほうが良さそうな話だってのは何となく理解したぞ」


「うん、割と本気で危ないよ。でも大丈夫。この件はリズがどうにかすることになってるから、任せて!……あ、イナリちゃん、ちょっとブラストブルーベリーの大きさ見せてもらってもいい?」


「む?良いのじゃ」


 イナリが懐から身を一つ取り出してリズに差し出すと、彼女はそれをまじまじと見つめる。


 実のところ、イナリはこの実を手渡すつもりで差し出したのだが、やはり爆発する恐れがあるからか、できるだけ触れたくないようだ。


 リズは自分の手や指を使って大きさを測り終えると、イナリに実をしまうように促す。


「オッケー、大体わかったから、あとはそのサイズに合わせて容器を作ればいいかな」


「イナリお前、それをそのまま持ち歩いてるのか……。それは危ねえわ……」


「あんまりそれ外で出さない方が良いよ。一見普通の果物に見えるけど、とはいえわかる人にはわかるから、変な疑いをかけられちゃうよ」


「その辺も諸々解消しないとダメだよね。うん、うん……」


 エリックの指摘を聞いて、リズは腕を組んで唸る。どうやら、既にリズは何か方法を考え始めているようだ。


「何となくどうしたらいいかはわかったから、早速準備しに行くね!」


「何か僕たちで手伝えることはある?」


「んー、今のところはないかな、何かあったら伝える!じゃ、また後で!」


 エリックが何か助けられる事が無いか尋ねるも、リズはそう言ってどこかへと駆けだしていった。


「何というか、行動が早いのじゃ」


「あいつは前からあんな感じだな……」


「さて、我らはどうするかの?」


 イナリは、改めてエリックとディルにこの後の予定について尋ねる。


「うーん、僕は特には。ディルは?」


「俺も特に無えな……。あ、いや、イナリがあまりにも貧弱すぎるから、今から訓練所で鍛えるとかどうだ?」


「遠慮しておくのじゃ。それより、折角外に出たのじゃから、何か美味い物が食べたいのじゃ」


 二人とも特に予定が無く、このまま帰る流れになりそうなので、イナリが食事を提案する。


「何かお前、いつも何か食ってるイメージがあるんだが。他に何か無いのか?」


「人間の良いところなんて料理ぐらいじゃろ。正直、それ以外何も興味ないのじゃ。お主らは良い者じゃと思うが、全体で見たら己の都合を押し付ける最低な輩でしかないからの」


「……何か、もっと人間のいいところを見つけてくれるといいんだけど……」


「マジで心配になるな……。何かあったら相談しろよ?俺たちが嫌ならリズとかエリスでもいいから」


 二人はイナリの態度に対して思うところがあるようだが、残念ながら今のところ、イナリの悩みを二人に相談する予定はない。


「まあ、善処するのじゃ。そんなことよりじゃな。お主ら、何か美味い物を知らぬかの?」


「うーん……僕は大体ギルド飯で済ませてるから、その辺疎いなあ……」


「確かにお主、いつもギルドに行っておった記憶しかないのじゃ。ディルはどうじゃ?」


「あるか無いかで言ったら、ある。あるにはあるんだが……」


「何じゃ?何かあるのかや」


「量がかなり多めだ。お前、そういうの大丈夫か?」


「……大丈夫じゃ、と、思うのじゃ……」


「……やめておくか……」


 イナリの頭にオムライスの記憶が蘇り、かなり歯切れの悪い返事を返してしまった。それを聞いたディルも何となく失敗しそうな雰囲気を察知してやめることにした。


「とりあえず、商業地区の方行って適当に店、探してみる?」


「そうするのじゃ」


 このままでは、折角外に出たのに美味しいものが食べられずに帰宅することになってしまいかねない。イナリはエリックの提案に乗ることにした。




「ふう。何とかいい感じの店が見つかってよかった」


 錬金術ギルドから商業地区の周辺の飲食店が立ち並ぶエリアまで、それなりに遠い距離を歩いてきたので、既に時刻は夕方の領域に差し掛かっている。


 既にピークタイムも過ぎており、店の中は比較的空いているので、余裕を持って店を選択することが出来た。


「中々良さげな店なのじゃ」


 イナリは店内を見回し、落ち着いた雰囲気を評価する。


 前にエリスとリズと共に食事をした「木漏れ日亭」とはまた違った方向性の落ち着きがある。


 あちらは木や草花の装飾が印象的であった一方、こちらは壁に剣や鹿か何かの剥製が飾られていて、趣が感じられる。


 同時に、「何で剥製を飾っているんだろう?」という疑問も沸いたが、それは恐らくこの店の者にしかわからないだろう。


「して、この店は何があるのじゃ?」


 そして、イナリは適当にエリックについてきたため、全く店の名前も、何の料理が売りの店なのかも知らない。


「この店はどうやら……グラタンがメインの店みたいだね」


 エリックがテーブルの横に掲示されたメニュー表を見てイナリの問いかけに答える。


「ぐらたん……?」


「お前知らないのか?一番基本的なやつはチーズが入っててマカロニが入ってるやつだ。何か、結構前に神がもたらした料理とか言ってな、一時期流行したやつなんだが」


「ちーず、まかろに……」


 わからない単語の解説にわからない単語が出現するので、イナリは思考を放棄することにした。


 しかし、ディルの補足が正しければ、これもオムライスと同様にアルトの干渉によってもたらされた料理のようだ。彼は無駄だったと言っていたが、その割には手広くやっているようである。


「とりあえずよくわからないから、注文は任せるのじゃ。量は普通で良いのじゃ」


「イナリちゃん、何か食べられないものとかない?大丈夫?」


「長いこと生きておるが今のところそういうものは無いのう。強いて言うならまずい物じゃな」


「誰だってそりゃそうだわな」


「じゃあ初めてだし一番普通そうなものを頼んでおこうか……。すみません、注文良いですか!」


 エリックが手を上げて店員を呼び、三人とも同じグラタンを注文する。


 注文を終えて店員がテーブルから離れたところで、エリックがイナリに話しかける。


「ところでイナリちゃん、この街はどう?人間社会には慣れた?」


「うーむ。少なくとも慣れたとは言い難いかもしれぬ。面倒な制度の数々に、よくわからぬ地理。まだまだと言ってよいじゃろうな」


「ああ、まあそれはそうかもね……」


「とはいえ、少なくとも良い街なのではないかの?他の街やらを見ておらぬ故、見分が無いのじゃが、今のところ道端で肩をぶつけたらその場で切りあいが始まったり、道端に死体が転がったりしておらぬしの」


「何かこいつ、えげつない世界観で生きてないか?」


「ま、まあ、魔王が討伐されたら他の街とかに行ってもいいかもね」


 エリックが無遠慮なディルの言葉をごまかすように遮る。


「そうじゃな、魔王が……討伐されたら、じゃな」


 そのエリックの言葉に、イナリは複雑な心境であった。

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