第63話 気づいていないだけで超危険だった
「で、話を戻すけれど……。イナリちゃんがブラストブルーベリーを食べられるすごい人ってことはわかったけど、疲労回復効果については証明できるの?」
「そりゃ……。むむ……?」
よく考えたら、この実をイナリ以外が食べて爆散以外の運命を辿ったケースを、ここまで一切聞いていない。当然、食べればわかると言うわけにもいかないだろう。
「ええっと、そのさっき使った……『魔導式薬草なんたら』で何とかなるのではないかや?」
「多分、機械ごと爆散して終わりだよ。ちなみにこれ、金貨一枚するけど、イナリちゃん払えそう?」
「む、無理じゃ……」
目の前の魔道具が、以前エリスからイナリに支給された額の何十倍もの額であると知り、イナリは震える。
「しかし、そしたらどうしたらよいじゃろうか。普通に絞ったりできぬものかや」
「確か、外皮が破れた瞬間即爆発するから、普通の手段じゃまず無理だよ」
イナリの問いかけに、ハイドラが答える。
「うーん。すごく単純だけど、試しに水に漬けてみる?もしかしたら成分だけがうまいこと水に溶けだしたりするかもよ」
「そんな単純なことでうまくいくじゃろうか」
「多分、皆危なすぎて触らないから、試してないんじゃないかなって思って。案外うまく行くかもよ?」
リズの簡単な提案にイナリは疑問を呈する。しかし、誰も試してこなかったのなら試してみる価値はあるのかもしれない。
「まあ、やらないよりはいいかな。今まで色々な薬学関係の本は読んだけど、総じて『ブラストブルーベリーは危険だから触れるべからず』っていうのが錬金術師の共通認識で、文献にも大したことは書いてないから。イナリちゃん、この瓶に実を入れて、しばらく置いておいてみてもらってもいいかな?もしそれでうまくいったら、改めて話をしに来てほしいな!」
ハイドラが魔法を使って水を入れた瓶をイナリに手渡す。イナリはそれを受け取り、懐から取り出したブラストブルーベリーを一粒入れる。
「うーむ。ここではダメなのかや?お主の方が適任だと思うのじゃが」
「私、基本的にここで寝食してるんだけど、たまに物に腕とか引っかけて落しちゃうことがあって。多分、ここで管理して何かの拍子で落としたら、十中八九私が死んじゃう」
「確かにそれは危険じゃな……」
「ごめんね、ここ以外まともな作業場所持ってないから……」
イナリの提案はつまり、「落としたら爆発する爆弾を部屋に置いておいてください」と言っているようなものなので、少々厳しいものがありそうだ。
こちらの話にも一区切りついたところで、リズがふと思いついたことをイナリに問いかける。
「ところでイナリちゃんさ、その実、どうやって管理してるの?」
「む?いつもここに入れてあるのじゃ。特に今日はこれの利用価値を示すべくここに来たわけじゃからな、たくさん持っておるのじゃ」
イナリは懐を手で示した。普段は二、三粒ほど持っているが、今日はその倍用意したので、懐にはあと四、五粒ほど残っている。
「……それ、メチャクチャ危なくない?もしそこがつぶれる感じで転んだら、イナリちゃんそのまま消し飛ばない?」
「……確かに、危ないかもしれぬな……」
以前、イナリは冒険者ギルドに登録しようと試みた日、ギルドの受付の手前の段差で一度派手に転んでいる。
その時には風呂敷に茶の木とブラストブルーベリーを包んで背負っていたから、ただ頭を強打する程度で済んだ。
しかし、もしその時もそれらを懐に入れていたら、体が頑丈なイナリはともかく、今頃冒険者ギルドはただではすんでおらず、イナリは立派なテロリストの仲間入りを果たしていたかもしれない。
イナリは自身の知らない間にとんでもないことする一歩手前にいた事実に顔を青くした。あの時リズはいなかったから、その話については黙っておくことにしよう。そう心に決めた。
「何か、持ち運び用に携帯用の硬い箱とか用意する?多分、氷魔法に水魔法みたいなものだけど」
突然謎の慣用句がリズの口から飛び出し、一瞬イナリは何を言っているんだと思ったが、文脈から察するに、恐らくこれは「焼け石に水」のようなニュアンスの言葉だろう。
「……異世界だとそういう表現があるんじゃな……」
「異世界?急にどうしたの?」
「エッ!?あっいや、えっとじゃな。魔法とか、錬金術を使う者達は我にとって異世界にいる者のように感じられるからの。だから違いに驚いたわけじゃ!」
「あー!なるほどね、イナリちゃん、面白い言い回しするね!」
「じゃ、じゃろ?我は言葉遊びにも精通しておるからの、はは……」
イナリの呟きがハイドラに拾われてしまい、イナリは慌てて誤魔化す。
イナリは異世界ギャップについてかなり小さい声で呟いたつもりだ。実際リズは一切言葉に反応していなかったので、そこに間違いは無いだろう。
しかしこの街には純粋な人間しかいなかったので全く気にしていなかったが、目の前にいるハイドラはウサギの耳を持つ獣人なのだ。イナリと同じく耳がとても良いと考えておかなくてはならなかった。
リズの友人とはいえ、流石に自身の素性をあっさりとバラしてしまうようなことはできないし、迂闊な発言は気を付けた方が良いだろう。
未だにこの世界に順応できていないことをモヤモヤとしながら、イナリは平常心を取り繕う。リズの怪訝な顔が視界の隅に映っているような気もするが、気にしてはならない。
「と、とにかくじゃな。これは我が家でしっかり管理することにするのじゃ。また進展があり次第、追って連絡するとするのじゃ」
イナリは手に持った、水に漬けられたブラストブルーベリーが入った瓶を少し持ち上げて話す。
「特に用事が無くても、ただ遊びに来てくれるだけでも私は歓迎だよ!」
「うむ。しかし以前、エリス……我の親になろうと画策しておる神官にの、一人で外出は許さぬと言われてしまったからの。来るとしたらリズと共にじゃな……」
「あらら、結構厳しいんだね」
「我は一人でもやっていけるのじゃがの。で、この実の携帯手段も考えねばならぬのう。流石に転んだら即爆発はマズいのじゃ」
イナリは転んで実を潰してしまう事だけを懸念しているが、転ばなくても、例えば冒険者ギルドで大柄な冒険者に勢いよく衝突するだけで爆裂してしまう可能性もある。
携帯手段については、かなり喫緊の課題であり、今まで何事も無く生活できていたことはかなり幸運だったと言えよう。
「その辺はリズがいい感じの方法を考えてみるよ。任せて!」
「うむ。助かるのじゃ。というわけで、我の用件はこれで終わりじゃな」
イナリはここまでの話を軽くまとめて締めくくった。
「おっけー!じゃあ、どうしようか?もうお暇したほうが良いかな?」
「なんかお茶とか出したりして、ゆっくり雑談とかしたいなって思ったんだけど、今日は外にお仲間さんを待たせちゃってるから、あんまりよくないよね。また日を改めてお話したいな!」
「うむ。我も色々と知っていきたいと思うておるからの。是非にじゃ」
「じゃあ今日はこれで。また今度来るね」
「うん!イナリちゃんもね!あ、今は特に作業とかしてなかったし、折角だから外まで見送ろうかな」
イナリとリズが挨拶をして立ち上がり、部屋の扉へと向かうと、ハイドラが見送りのためについてくる。
「……あれ?エリックさんとディルさんは?」
「流石に廊下じゃ暇すぎるだろうし、多分、ロビー辺りにいるんじゃない?」
「ああ、まあ確かにあそこなら椅子もあるし、ポーションの無人販売とかもあるから時間は潰せるか」
「無人販売とな?」
「そうそう。銅貨を十枚魔法陣の上に置くと回復ポーションが一個出てくるの。イナリちゃんも一回やってみる?初めて見る人には楽しめると思うよ」
「む、そこまで言うのならば試してみないこともないのじゃ」
三人で会話をしながら廊下を歩いてゆき、ロビーへと戻る。そこの隅に配置されている椅子に、ディルとエリックの姿があった。
「ああ、いたいた。お待たせ。お話終わったから帰る……けどその前に、一回イナリちゃんにポーション買わせてあげていい?」
「ん、わかったよ。買っておいで」
「じゃあイナリちゃん、こっちだよ」
リズが待っている二人に断りを入れたのを確認して、ハイドラがイナリの手を引く。
そして手を引かれてやってきたロビーの壁の一つに、先ほど話に上がっていた、銅貨を十枚置くための場所と思われる魔法陣が見つけられた。
「ここに銅貨十枚を乗せて!あ、お金ある?」
「あるのじゃ」
「これ、ちゃんと銅貨を乗せるようにしてね。実はここだけの話、この魔法陣は硬貨が十枚乗ってればポーションを一個出しちゃうの」
「ふむ……?あまり言いたいことがよく判らないのじゃが」
イナリにはハイドラが伝えたいことがイマイチ理解できなかった。
「極端な話、大金貨十枚だろうが銀貨十枚だろうが、必ずポーションが一個だけ出るってことだよ」
「なんというか、人間的にそれはいいのじゃろうか……」
通貨事情にまだまだ疎いイナリでも、明らかに大金貨十枚とポーション一個の価値が不釣り合いであることはわかるので、それが問題であることもわかる。
「まあ、最低硬貨が銅貨である以上錬金術師側に損は出ないけどね。たまに間違えて銀貨を出してしまったって苦情が入ってくるんだけど、その証明ができないことが多いから有耶無耶になって、銀貨は錬金術師のポケットに入りがち。ついでにここは商業地区じゃないから、かなりその辺のチェックが甘いの」
「凄まじいのう」
イナリは人間の闇を垣間見ながら、硬貨入れから銅貨を十枚出して魔法陣の上に並べた。 尚、今日家を出る前に、エリスから再びお小遣いと称して銀貨一枚が支給されているので、イナリの所持金はそれなりにある。
……一体彼女の懐事情はどうなっているのだろうか。
イナリが硬貨を魔法陣の上に並べ終えると、魔法陣が一瞬光った後、ポーションがゴトンと音を鳴らして魔法陣の中心に現れた。何故か逆さの状態で。
「……すごい。すごいのじゃが……」
「ちょっと雑?」
「うむ……」
「これが作られたのはちょっと昔でね、当時としては結構最先端の技術を使ったみたいなんだけど、色々とツッコミどころは満載だよね。まあ、そういうところも含めて面白いでしょ?」
ハイドラがポーションを手に取ってイナリに手渡す。
「じゃ、戻ろうか」
再びイナリはパーティの面々の元に戻る。すると、リズがハイドラに問いかける。
「そういえばさ、このギルドって前までドア無かったよね?しかもあんな重い鉄の扉。不便でしょうがないんだけど、あれ何?」
「あー、あれはマンドラゴラがあまりにも脱走するからってことで取り付けられたドアだよ」
「ああ、なるほどね……」
イナリとリズは冒険者ギルドで見た依頼書の内の一つが頭によぎった。
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