第62話 ハイドラのポーション作り講座
「何というか、雑然としておるのう」
部屋に入ってすぐ、イナリが端的な感想を述べる。
部屋の中は、本や何かの道具、瓶、花と、様々な物がごちゃごちゃと置かれていた。部屋が狭いのも相まって、より一層混沌とした様相に感じられる。
しかしよく見ると、乱雑ながらも、関連したものがある程度まとめて置かれていることがわかる。
リズの部屋のように、とりあえずその辺に置きました、といった散らかり方ではなく、部屋が狭く、物を置く場所が無いために出来上がった散らかり具合とみるべきだろう。
「あ、普段こんなに人が来ることないから、椅子が三人分しかないや。どうしよ……」
「あー、それなら。僕とディルはただの付き添いだし、外で待っておくよ」
椅子の数を見て悩むハイドラを見て、エリックがディルを連れて部屋を出ていくことを申し出る。
「せっかく来てくださったのに何もおもてなしできなくてごめんなさい!今度いらっしゃったときには大丈夫なように準備しておきますので……」
「いやいや、気にしなくていいんだよ」
二人が出ていく間、ハイドラは何度も頭を下げながら謝っていた。
そして扉が閉まると、振り返ってイナリとリズに話しかけてくる。
「ふう……。で、なんだっけ?とりあえず錬金術見る?」
「そんな簡単に見られるものなのかや?」
「私はポーションづくりとか、薬学系を主な領域にしている錬金術師なんだ!そっちは比較的お手軽なの。魔道具とか機械系を専門とする人たちは結構大変というか、ものすごい時間をかけてやるんだけど」
ハイドラはイナリの問いかけに答えながら、周りの物を避けて、瓶や花が並べられている場所へと移動する。
「ええっと、とりあえず一般的な回復ポーションを作ればいいかな?」
「何でもかまわぬのじゃ」
「了解!まあとりあえず、座って座って!」
今まで、イナリもリズもずっと立ったままであったので、ハイドラから座るように促される。
イナリは座るときに尻尾が周りの物にぶつかりそうだったので慎重に移動した。
尻尾が無いリズや、ウサギ系であるからして恐らく尻尾が小さく、大して動きに支障がないハイドラと違い、イナリの尻尾はそれなりの存在感があるので、細心の注意を払わなくてはならないのだ。
「では、ポーションづくりを始めたいと思いまーす!」
「わーパチパチー!」
ハイドラの掛け声にリズが拍手を返すので、イナリも空気を読んで拍手をしておく。
「まずこのポーション台に瓶をセットします!」
「ふむ」
ハイドラがまず示したのはポーション台と呼んだ台で、その一番下に瓶を置く。
その瓶の口に向けて漏斗のようなものが設置されている。そこに向けて管のようなものがいくつか繋がっており、何かを流し込んだりするのだろうということが窺える。
「そして、この一般的な薬草として知られるチユクサをこの『魔導式薬草成分抽出機』に放り込んで、材料管に繋ぎます!」
「……ふむ?」
ハイドラがおもむろに謎の機械を台の上に乗せる。漏斗に繋がれていた管は材料管と呼ぶらしい。
「そしてボタンを押したら……できあがり!!」
「魔導式薬草成分抽出機」と呼ばれた機械から緑の液体が一滴、また一滴と滴り落ちる。
「ちょ、ちょっと待って欲しいのじゃ」
「どうしたの?」
ぽたぽたと管からポーションの液が流れている様子を見ながらハイドラは首を傾げる。
「いや、なんというか、こう……思ってたのと違うのじゃ」
イナリが想像していたのは、薬草をすり潰して、適量の水と混ぜて、といったような地道なものであった。
あるいは、リーゼから聞いた話に鑑みれば、錬金術師は素材を創り出したり創り変えたりといったことを魔法か何かを使ってするのだろうと想定していた。
しかし実際に蓋を開けてみれば、変な魔道具に材料を入れてワンタッチしたらポーションが出来上がる謎の光景を見せつけられただけである。
「あ、もしかして古典的な手法のを想像してたのかな?こう、手ですり潰したりする感じのやつ」
イナリの意を汲んで、リズが手で何かをすり潰す動作をしながら、代わりにその思いを代弁する。
「あー……今時ポーションにそんな手間かけてたら、それに手がかかりきりになって何もできなくなっちゃうから。そういう状況に腹を立てた魔道具が専門の錬金術師の人が作ったのがこれ!便利でしょ!」
「まあ、便利じゃけども……」
イナリは微妙な面持ちでハイドラの問いかけに頷く。そして、ふと思う。
「……待つのじゃ。これがあれば、錬金術師は必要ないのではなかろうか?」
「あー、やっぱりそう思っちゃうよね。リズも昔、それ聞いたことあるんだ」
リズはうんうんと頷き、イナリの言葉に理解を示す。
「一応結論から言うと、いらないっちゃいらないね」
「えぇ……?」
「錬金術師が作るのがこのポーションだけだったらね」
元も子もないような返答に困惑するイナリに対して、ハイドラは重ねて答える。
「この装置、基本的に薬草の成分を抽出するだけだから、調合とかはできないの!つまり、一般的な回復ポーションは薬草の成分を抽出すればそのまま完成になるんだけど、もっと複雑な工程があるものはいっぱいあるから。そこで錬金術師の出番ってわけだよ!」
「なるほど、確かな技術が要求されるわけじゃな」
「そういうこと!複雑なやつは集中してやるし、一日かけて作ることもよくあるから、ちょっと今は見せられないかな。ごめんね」
「まあ、仕方ないのじゃ」
イナリは内心、あらゆるポーション作成のあらゆる行程が魔道具で自動化されているのではないかと戦々恐々であったが、流石にそう都合よいことにはなっていなかったようで、密かに安堵した。
「でも将来的にはやっぱり、全自動が夢だよね!」
「……はは、そうじゃな」
イナリも、魔術文明が発展すると困るとは流石に言えず、適当に反応するしかなかった。
「とりあえず、イナリちゃんの一つ目の目的はこれで達成でいいかな。で、次は情報提供の話なんだけど……」
話が途切れたところで、リズが次の話へと移行する。
「あ、それ気になってたんだ!どういう話かな?」
「ブラストブルーベリーってあるじゃろ?あれに疲労回復の効果があるのじゃが、何か利用できないかの?もし活用出来たらお金になると聞いたのじゃ」
「んーっと……。それはどこが情報源?」
「他でもない、我じゃよ!」
怪訝な顔をして問いかけるハイドラに対してイナリは自身を持って答える。
「あ、ハイドラちゃん、イナリちゃんはブラストブルーベリーを普段からおやつ感覚で食べてるから、実体験に基づいた情報だよ」
「え、えぇ……?」
リズの補足を聞いたハイドラは、イナリに対する目が、獣人仲間を見る目から狂人を見る目へとシフトした。
「えっと。イナリ、さん。その。本当ですか?」
「……急に距離感が異様に離れた気がするのじゃ」
露骨に敬語になるハイドラにイナリは若干傷つく。
「全く、この話をすると皆そういう態度を取るのじゃ。見ておれよ」
イナリは手慣れたように懐からブラストブルーベリーを一つ取り出し、その場で食べる。
実を取り出して相手が驚く光景も、無音の中、部屋中に噛んだブラストブルーベリーの爆裂音が響くのも、もはや慣れたものであった。
「ええ、本当に食べるんだ……」
「お主も食べてみるかの?意外といけるかもしれぬぞ?」
「絶対に食べないよ!!」
場を和ませるべく、適当に冗談を飛ばしてみる。流石に、イナリも一般人がこれを食べたらどうなるかは理解している。
「あのね、普通の人だったらそれを食べた瞬間爆散するんだよ?目の前で女の子がそれを食べる様子を想像してみてよ……」
「……確かに、少々考えが足りなかったかもしれぬな……申し訳ないのじゃ」
「気を付けた方が良いと思うよ、本当に……」
よく考えたら、ディルやエリスの前でこれを食べた時にも同じようなリアクションをしていた気がする。今後はしっかり断りを入れたうえで食べることにしようと、イナリは頭の片隅に置いておくことにした。
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