第61話 錬金術ギルド
何事も無く、イナリ達は錬金術ギルドへと到着した。
「ここが件のギルドとやらじゃな」
イナリがギルドの建物を見上げて呟く。
冒険者ギルドと比較するならば、そちらはこの街で一般的な家を一回り大きくしたような建物であったが、錬金術ギルドは、全体的に硝子や金属などで建物が構成されているためか、ここだけ時代が一歩先を進んでいるような感覚がする。
ついでに地球に居たころのビル群を思い出してしまい、イナリはわずかに顔を顰めた。
「とりあえず入ろうか。僕、ここについてはあまり詳しくないんだよなあ」
「リズが何度か来たことあるからね。ここは任せて!」
自信なさげな素振りを見せるエリックに対して、リズが胸を張って自信満々な様子でギルドの鉄の扉を、体全体を使って押し開く。
そして無理やり隙間に体を入れたためにリズの大きな三角帽子が扉に引っかかり、つっかえる。
引っかかった帽子に慌てているリズの様子を見て、イナリ達は一抹の不安を覚えた。
「なあ、本当に来た事あるのか……?」
「確か、冒険者ギルドにここまで堅牢な扉は無かったと思うのじゃが。こっちにはあるのじゃな」
「いや、こっちも前までは普通の扉だったと思うんだけど、何この扉?……帽子の形、崩れてないよね?」
リズが扉に文句を言いながら帽子の状態を確認する。
リズの言うことを信じるのであれば、どうやらこの扉は最近取り付けられたもののようだ。
「全く見てられんのじゃ。ここはひとつ、我が開けてやるのじゃ。ありがたく思うことじゃな」
リズの様子を見かねたイナリが鉄の扉の前に立ち、扉に体を密着させた。
「ふんっ。……んん?」
イナリは、先ほどリズがやったのと同じように体重をかけて扉を押すが、全くびくともしない。
「もー、イナリちゃん、冗談は良いから開けて!」
「わ、わかっておるのじゃ。今開けるからの。ぐっ……ふぬ……」
何度も押してみるも、一番動いたところでも精々二、三寸くらいの隙間ができるだけであった。
「……え、嘘……だよね……?」
リズは最初は冗談だと思って笑っていたが、次第に本気でやっているのだと察した。
そのあまりのイナリの非力っぷりに、リズは絶句する。今までも何度か非力そうな様子は見てきたが、まさか鉄の扉を開けることすらできないレベルとは思っていなかったのだ。
今まではパーティの中で一番力が無いのはリズであったが、その半分にも満たない者が現れるとは露ほども思っていなかったのだ。
「ほら、遊んでないで他の人が来る前にさっさと入れ」
子供二人がギルドの入り口で遊んでいる様子を見かねたディルが鉄の扉を片手で押し開ける。
「何と……あの扉を片手で……?我の今までの努力は……?」
「そんな言うほどの事もしてないだろ」
「そういえば、最初イナリちゃんと会った時、エリス姉さんがすごい体重軽いとか言ってたっけ。それも原因かもね」
「なるほどの……」
ディルの助力によりイナリ達は無事錬金術ギルドへと入ることが出来た。
「何故ギルドに入るだけでこんなにも疲れねばならぬのじゃ?」
「お前、少し鍛えた方が良いんじゃないか……」
「僕もそうしたほうが良いと思う。流石に生活に支障が出るレベルは良くないね」
「まあそうじゃな。そのうちじゃな」
「絶対やらない人の返事だ……」
「ところでここ、意外と人がいないのじゃな。ギルドとかいうのじゃから冒険者ギルドと同じようなものかと思っておったのじゃが」
イナリは辺りを見回し、感じた印象を述べる。
どうやらこのギルドは敷地が広くとられているらしく、ロビーから見える通路はそれなりの奥行きがある。
しかし、広さのわりに全然人影が無いのだ。たまに廊下を歩く者が見えるが、それくらいのものである。
「錬金術師の人たちは基本的に実験室とかラボとか、各々の活動場所に潜ってることが多いの。だから基本的に出入りはそんなに激しくないよ。ポーションや魔道具を買ったりするために来る人はそれなりにいるけどね」
「でもお主らは商業地区で買っておったよな?何か違いはあるのかや?」
「商業地区で買った方がまとめて揃えられるから便利なんだ。ここは立地的に冒険者ギルドから遠いからな」
「……受付も随分とこじんまりじゃな……」
受付は一つしか設けられていない上に、見たところ、そこには誰もいない。ベルが一つ置かれているだけである。
「受付って言うけど、ぶっちゃけ、何の受付するのか誰もわかってないんだよね。来る人も、錬金術師も。冒険者ギルドとは違って、ギルドが代理で依頼を受けたりするわけでもないし。同じギルドって名前だけど、こっちは錬金術師で集まって効率的に色々やろうっていう感じの組織だから」
「錬金術師って賢い人たちの集まりみたいなイメージだけど、聞いてる限りだと結構適当な感じなのかな……」
リズの説明に、エリックが感想をこぼす。
「まあ、リズが知る限りだと、割とそういう認識でもいいかも……」
「ふーむ。ではここからどうしたらよいのじゃ?」
「えっと、イナリちゃんはブラストブルーベリーの話ができる人に会って、ついでにこのギルドの見学がしたいんだっけ」
「まあ、そうじゃな」
「んー、じゃあ、私の友達のところで大丈夫そうかな。ディルとエリック兄さんもついでに紹介しちゃおう。ついてきて!」
イナリの要望を聞くと、リズが一同を率いて先導する。
「……え、この受付は何だったのじゃ?」
「さあ……。まあ、鳴らしたら誰かしら来るんじゃない?」
「適当すぎるのじゃ……」
リズに連れられ廊下を歩いていき、やがて一つの部屋の前で立ち止まった。部屋の扉には「ハイドラ」と表記されている。
「ここだよ。ちょっと待ってね」
リズが扉をたたき、中に呼びかける。
「ハイドラちゃーん!リズだよー!入っていいー?」
リズの声が静かな廊下に響き渡る。すぐに中から「ちょっと待ってて!」と声が返ってくる。
「お主、今回はちゃんと呼びかけるのじゃな?」
イナリは以前、扉を一度叩いて即開いたウィルディアの一件を思い出しながら問いかける。
「まあね。いきなり扉を開けるだけで取り返しのつかない事故になることとかあるらしいから、それ聞いて以来本当に気を付けてる」
「物騒だな……」
「何だろう。こう、危険なところは徹底してるのに、それ以外がすごく杜撰な感じ、何とも言えなくなるな……」
リズの言葉にディルとエリックがそれぞれ思ったことを述べていると、扉が開いた。
茶色い髪の毛の上には、ウサギの耳がピンと立っているのがとても印象的である。
「お待たせ……。わ、人がこんなに。え、すごい、獣人の人だ!狐系の子だよね!この街で私以外の獣人さんは初めて見たかも!」
「む?うむ……?」
突然ぴょんぴょんと跳ねながらはしゃぐ少女を前に、イナリは困惑するほかなかった。
ついでに、イナリは獣人ではなく神に分類されるが、説明のしようがない以上、獣人ということにしておく。
「あ、ごめんなさい。私はハイドラです!ウサギ系の獣人の錬金術師です!」
「ハイドラちゃんはね、リズの数少ない友達の一人なんだよ。魔法学校の魔道具関連の授業で気が合ってね、こうやってたまに遊びに来てるの」
「数少ないのか……」
「だって、リズ、学校で同年代の人なんていないし、殆ど距離置かれがちだったから……」
「……そうか、悪い……」
「そんな凹まないでください!確かにリズちゃんを良く思っていない人もいましたが、大半の人は尊敬してましたからね!」
「うーん、そうだったのかなあ?」
「そうです!……で、こちらの方々はどちらの方で?」
「ああそうだ。ええっと。この人がエリック兄さん!リズの所属する『虹色旅団』のリーダーの人!」
リズがエリックの方を手で示し、紹介する。ハイドラが目を向けたところでエリックが「よろしくね」と告げる。
続けて、リズはイナリの方に目を向ける。
「で、この子がイナリちゃん。ええっと……色々あって保護したんだけど、今はパーティの仲間になってるの」
「よろしくの」
「うん、よろしくね!この街で獣人の人って本当に少ないから、仲良くしてね!何かあったら相談してくれてもいいよ!」
「うむ、助かるのじゃ。ちなみに、何故この街は獣人とやらが少ないのかや?」
「うーん、そもそもこの辺りにあまり獣人系の種族がいないっていうのもあるんだけど……。あとは集まるとしても王都とかの方に皆行くんだ。私も最初は王都で暮らしてたんだけど、変に固まって行動するせいで、獣人と人間みたいな対立構造が出来てて、しかも無駄に仲間意識も高くて対立を解消する気もまるで無いしで、本当に馬鹿らしく感じちゃって、こっちに来ることにしたの。獣人の人が全然いないのはそれはそれで気にならないことも無いけど、でも治安は良いし、変に差別とかされたりもしないから、すごくいいところだよ。何より、王都で騒いでいるような野生動物共はこの街の門で迷惑行為して出禁食らうから!」
「そ、そうか……」
どうやらハイドラには、リズとは違う方向性の喋り倒しスイッチがあるらしい。
しかも、ニコニコと喋っている様子とその内容のギャップが恐ろしいことになっている。
「あー、えっと。それで、この人がディル。まあ、見た通りの人だよ。いい人!」
「俺だけ適当すぎるだろ」
「よろしくお願いしますね!」
「お、おう……」
ディルも今までに会ったことが無いタイプなのか、少し距離を掴みかねているようだ。
「それで、今日は何をしに?」
ハイドラは改めて用件を尋ねる。
「ああ、えっとね。イナリちゃんが錬金術を見てみたいっていうのと、ついでに有益そうな情報を提供したいんだって」
「本当ですか!?嬉しいです!ひとまず先に部屋に入った方が良いですよね。ささ、入ってください!」
ハイドラに促されるままに、イナリ達は部屋へと入っていった。
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