第60話 危険物栽培許可申請

「……ぬ?あの兵士達のおる場所はこの方角ではないのではなかろうか」


 イナリはギルド長に渡された手紙を持って、道を先導するエリックに尋ねる。


 イナリの記憶が正しければ、以前自身を拘束した魔の森方面の門の場所は今進んでいる方角とは違うのだ。


「ん?ああ、本部っていえばいいのかな。そういう場所があるんだ。前みたいな危険物の持ち込みの申請は、門であっても小規模に限っては認められることがあるんだけどね。今回はちょっと事情が違うから本部に行かないといけないんだ。ほら、あの高い塔みたいなのがある辺りだよ」


 イナリはてっきり、以前持ち込み申請書を書いた場所で手続きできるものだと思っていたが、どうやら今回は違う場所に行かなくてはならないらしい。


 エリックが指さした先には、家と家の間の隙間からわずかに塔の先端部のようなものが見えた。


 もしかしたらエリックからはしっかりと全体が見えているのかもしれないが、イナリの身長では先端を見るのが限界であった。


「ふむ、なるほどの」


 イナリはひとまずわかったような返事を返して、エリックについて行くことにした。




「……すごい壁じゃな……」


 エリックに先導されて着いた場所は、堅牢そうな、石で組まれた壁に囲まれた施設であった。


 壁をくぐると、以前門を通るときに見たフレッドや門番と同じ装備を付けている兵士が出入りしており、運動場では訓練をしている兵士も多く見受けられる。


「この街はもともと、この要塞を起点として作られた歴史があって、今でも何か魔物が攻め込んできたりしたらここで耐えられるようにできてるらしい。で、兵士主導で街が立ち上げられたから、自然と治安維持が重要視されているんだ。それこそ内側から爆破されたりしたら大変だからね」


 エリックがこの要塞について解説する。


「お主、随分と詳しいのじゃな」


「まあ、仕事関係で何度も来てるし、何人も知り合いがいるからね」


「ああ、あのフレッドとかいうやつもそうなのじゃろうか」


「そうそう。そっか、会ったことあるんだね。いい人だったでしょ」


「そうじゃな、以前門で捕まりかけたときは、あやつのおかげで円滑にことが進んだのじゃ」


「なるほど、そこで会ったわけか。少し話は聞いてたけど、そういう感じだったんだね」


「うむ。それにしても、人間はここまでせんと争いが無くならんとは、何とも哀れなことなのじゃ」


 イナリは壁を見上げてしみじみと呟いた。


「お前は一体どういう目線で語っているんだ……」


「神様目線じゃ」


 一行は会話をしながら要塞の中を歩き進んでゆき、「届書はこちら」と書かれた看板の掲げられた施設へと入る。


 ギルドと同じような具合で二つの窓口が設けられているが、その上には「商会窓口」「個人窓口」と掲げられており、申請者によって区分けされているようだ。


 見たところ、個人窓口には誰もいないが、商会窓口の方に四、五人ほど並んでいるようだ。


「我は人がいない方のところで良いんじゃよな?」


 イナリは個人窓口の方を指さして問いかける。


「うん、問題ないよ。それにしても商会窓口は随分混んでいるね……」


「多分、魔王の討伐に向けて火薬やらの需要を見込んでるんじゃない?」


 商会窓口に目を向けるエリックの言葉に、リズがイナリをチラリと見ながら反応する。


「正直、火薬なんて使ったところで何の意味も無いと思うけどね」


「……我もそう思うのじゃ。というか使ってほしくないのじゃ」


 リズの言葉は聖剣や聖属性の攻撃以外魔王には通らないという話をしてのものであるが、イナリの言葉は、ただ火薬が自身の方へ向けられたくないという一心からの言葉であった。


 改めてイナリは窓口の方へと向かう。対応は外を歩いていた兵士とは違い比較的身軽な服装の男性がしている。


「こんにちは。本日はどのようなご用件で?」


「えぇっとじゃな。ブラストブルーベリーを家で栽培したいのじゃ。事情はひとまず、これを読んでほしいのじゃ」


 イナリはギルド長の手紙を手渡す。


「拝見します」


 手渡した紙は巻物のように巻かれた状態になっており、赤い紐で止められている。


 それを職員の男性が解くと、紐の色が黒く変色する。


「何じゃあれ。どうして変色しておるのじゃ?」


 その様子に驚いたイナリがリズに問いかける。


「あれは一度解くと色が変わる糸だよ。確か遠い昔、戦争があらゆる場所で頻発してた時代に作戦情報の漏洩が問題になってね。それをどうにかしろって王が兵士に依頼して、魔術師やら錬金術師やらが長い時間をかけて造られたものらしいよ。まあ完成したのは戦争が落ち着き始めたころだったらしいけど。それで今はギルド長の書状とか、王の指令書みたいな重要書類は必ずアレで止めることで、間に第三者が確認していないことを保証するっていうすごいものだよ。なにがすごいかって言うとまずあの細い紐にどうやって魔術を刻み込むかっていうことでね、これは紐の編む過程で術式を刻み込んでて、裁縫師が制作に関わっているってところだよね。しかも糸に刻み込んだり書き込むわけじゃなくて網目の形でそれを達成しているというパラダイムシフトが行われていてね、それでそれに都合がいい素材を見つけるために錬金術師が奔走して、魔術師の人たちもうまくコスト効率のいい術式を考案して――」


「しまったのじゃ、魔道具の話じゃったか……」


 ただの紐だろうと考えて気楽に問いかけてみたが、蓋を開いてみればかなり濃いエピソードが含まれていた魔道具であったらしい。最近、あまりリズがこのようになる事が無かったので、イナリは完全に油断していた。


 そのため、リズの永遠に終わらない解説の引き金を引くことになってしまった。イナリにはリズが何を言ってるのか全くもってわからない。


 恐らくディルやエリックにもそこまで伝わってはいないはずだ。


「まあ流石にこれは仕方ねえわ。魔道具に詳しくないとあれが魔道具の括りになるとは思わないわな……」


 ディルもやれやれといった顔をしながらイナリに理解を示す。


 そして、リズの解説を話半分程度に聞き流しながら受付の男性がギルド長の手紙を読み終わるのを待つ。


 一分ほどで読み終わったようで、再びイナリに話しかけてくる。ちょうどリズの解説にも一区切りついたようで、良いタイミングであった。


「事情は理解しました。この書状に記載されている、イナリという方はどちらの方でしょうか?」


「我じゃ」


「えっ、あ、かしこまりました」


 名を呼ばれてイナリが返事を返すと、受付の男性が「えっこの子が危険物取り扱うの?」といった顔をみせるも、すぐに取り繕って了承した。


「事情も理解しました。ギルド長より命に関わる緊急案件とのことですので、特例で許可を出させていただきます。こちらの書類に住所と署名をよろしくお願いします」


「む、わかったのじゃ」


 ギルド長はあまりにも適当な事を言っていたので若干不信感も抱いていたが、どうやらかなりの便宜を図ってくれたようだ。


 確かにブラストブルーベリーはイナリの生活に欠かせないものだが、それを「命に関わる」と表現するのは、間違ってはいないが、少々過剰な気もする。


 ともあれ、嘘は言っていないから問題ないだろう。何かあったらギルド長に擦り付ければいいのだから。


 イナリは、ギルドでパーティ加入時に自身がしたものと同じような署名と住所を、受付の男性に出された紙に書いた。


「これで手続きは終了になります。後日許可証をお送りいたしますので、必ず保管するようにお願いいたします」


「わかったのじゃ」


「よし、じゃあ行くか」


「うむ。次は錬金術ギルドじゃ」


 イナリ達は要塞をあとにした。

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