第59話 人間社会は何をするにも申請が必要
エリスに不審者疑惑がかけられた翌日の朝。
「エリス姉さんが何かしないかと思ってすごく心配だったけど、無事そうでよかったよ」
「無事……うーん、無事かこれ……」
「何事も無かったという意味では無事なのじゃがな……」
ディルやリズは、テーブルに突っ伏しているイナリを見て各々感想を述べる。
昨日の夜、何かあったらすぐにリズの方へと退避することを条件に、渋々、イナリはエリスのベッドで寝ることとなったのだ。
幸い、エリスが何かしてくるようなことは無かったが、イナリは何をされるかわからないために気が気でなく、碌に眠ることが出来なかった。
そのため、イナリは朝からぐったりとしているが、その一方でエリスは普段の五割増しくらいに溌溂としていた。エリス曰く、睡眠の質が圧倒的に違うとのことであったが、それを聞いたリズは首を傾げる他なかった。
閑話休題。
「錬金術ギルドに行きたい?」
「うむ」
虹色旅団の面々が揃って朝食を食べ終え、片付けに入った時にイナリが切り出した。
「どうしてですか?何か用事でも?」
「お主らがいない間にリーゼが来て色々と話をしたのじゃがな。何やら我のブラストブルーベリーの疲労回復効果についての情報が有用かもしれぬとの事での。本当はお主らには黙って行って、ギルド長に奪われた硬貨を工面する予定じゃったのじゃが……」
「別にギルド長はイナリちゃんから巻き上げようとしたわけじゃないんだよ……」
エリックがイナリの言葉を訂正するが、イナリの中では未だに奪われてしまったということになっている。
「ちなみにあの異様に高額なパンは正当な価格だったみたいです。貴重な砂糖を使った上に遠くから輸入した関係であの価格になったとか。そんなものを何もわかっていないうちのイナリさんに渡さないでほしいですけどね」
「何度も言うが、我はお主のものになった覚えはないのじゃ」
「私はいつでもウェルカムですよ」
「まあ、そこのアホな事言ってる神官はほっとけ。で、今は金を稼ぐ必要がなくなったのに錬金術ギルドに行くのか?」
「うむ。元々、金銭事情は抜きに一目見たいと考えておったのじゃ。ついでに人間が使う貨幣を手に入れることが出来ると来たら、それをしない手はないじゃろ?美味なものも食べられるしの!」
「イナリちゃん、本当に食べるのが好きなんだねえ」
「うむ。人間の作る料理は、人類史における唯一褒めるべき発明じゃからな」
「ここで『美味しいから』以外の理由が返ってくると思わなかったよ」
イナリは基本的に、大半の人間の発明に対してマイナスイメージを持っている。
その理由は色々だが、イナリの知る発明というのは、騒音と共に森林を破壊するための機械、日光を遮る建物、土を覆う謎の物質など、総じて地球に居たころの自身の境遇を悪化させたものや、自然を破壊するようなものばかりである。故に、機械に対しては人一倍嫌悪感を抱いていた。
一方で、この世界に来てから触れることになった魔道具などは、地球に存在していなかったこともあって、今のところ特に抵抗は無い。
「イナリさん、かつて何か嫌な事があったのですね……」
「うむ。まあ、今となっては関係の無いことよの。気にするだけ無駄というものじゃ。今の生活も悪くはないしの」
イナリは窓から外を眺めながら呟く。
今でも、自身の家を破壊するなどと言いだした地球のあの輩に対して思うところが無いことも無いが、それはそれとして、今の生活はそれなりに気に入っているのだ。
魔王絡みの問題をはじめとした色々な問題は山積しているが、それは気にしないでおくとして、であるが。
「……一昨日植えたものもしっかり育っておるようで良かったのじゃ」
イナリが一昨日メンバーの不在時に植えた茶の木が確かに成長しており、また、ブラストブルーベリーも芽が出ている。
成長が異様に早いのは例によってイナリの権能によるものである。
「そういえばあれ、何植えたの?」
「持ってきた茶の木とブラストブルーベリーじゃよ」
外を見るイナリの横に歩いてきたリズが何を植えたのか尋ねてきたので、それに答える。
「栽培許可証は?」
「さいば……何じゃ???」
リズから突然謎の言葉が飛び出してきたので、イナリは思わず聞き返した。
「ブラストブルーベリーは危険物の括りだから、栽培許可証が無いと違法栽培でお縄だよ」
「………」
「錬金術ギルドに行く前に、まずは許可証貰いに行くところからの方が良いんじゃない?」
「人間、許可ないとなんもできんのじゃな……」
「まあ、安全のためってことで……」
尻尾と耳をだらんと下げてぼやくイナリをリズが宥める。
「というか、以前あの実を持ち込んだ時は紙に色々書いたら終わりじゃったのに、何故栽培するのにまた別途の手続きを要するのじゃ。意味わからんのじゃ」
「リズも詳しいことはわからないけど、少なくとも持ちこみと栽培じゃだいぶ話が違うからねえ。もしかしたら審査に時間がかかるかも」
「む。それは困るのじゃ」
既にイナリにとってブラストブルーベリーは生活必需品になっている。何なら今朝の寝不足もブラストブルーベリーで回復させているのだ。
健康的観点から問題があるのではないかと思わないことも無いが、それはさておき、風刃の行使効率などにも関わってくるので、どの道重要アイテムには変わりない。
「事情をギルド長に話して一筆したためてもらうのはどうだ。そしたらすぐ通るだろ」
イナリとリズの会話を聞いていたディルが提案してくる。
「それでもどの道、またあの兵士のところに行くのかや。何て面倒なのじゃ……」
「多分ギルド長の手紙に保護者として俺たちの情報を添えておけば、審査にそんなに時間はかからないはずだ。俺も行ってやるから安心しろ」
「……なんか、あんまり安心できんのう」
「なんでだよ」
エリックはパーティのリーダーであるし、リズは何やら学校で一目置かれていた様子であったし、エリスも教会での立ち振る舞いなどを見ると、ちょっと不審者じみた所作はあるが、基本的には頼れる雰囲気がある。しかし、ディルだけはあまりそういう感じがしないのだ。
「誰か、他の者はおらぬのかや?」
イナリは他のメンバーにも尋ねてみる。
「リズは一緒に行けるけど、多分力になれるのは錬金術ギルドの方だけかな。兵士さんとのやり取りはあまり力になれないかも」
「エリスはどうじゃ?」
「私は今日回復術師として教会で待機しなくてはならなくて……行きたい気持ちはやまやまなので、今から他の方と交代してもらえるよう打診しようと思います」
「やめろ、諦めておとなしくお勤めしろ」
「そんな、私は少しでもイナリさんと一緒に居なくてはいけないのに……!」
「……最近エリスの様子が本格的にヤバいな。イナリ、お前なんかしたか?」
「失敬な。あやつは最初からあんなもんじゃったぞ」
「ウソだろ……」
エリスとイナリの出会いは、エリスの中に抑圧されていた何かを解き放つことになってしまったらしい。
「で、エリックはどうじゃ?」
「僕は……うーん、どうしようかな。特に予定も無いし同行しようか」
エリックは少し考える仕草を見せたが、同行することに決めたようだ。
「よし、決まりじゃな」
「……私だけ除外されるのは寂しいです……」
エリスが肩を落としている様子を見て、イナリは少し気の毒に感じた。
「……今夜も一緒に寝てやるのじゃ。それでいいじゃろ?」
「本当ですか!?わかりました!いつもの十倍くらい頑張ろうと思います!」
「ちょっと、決断を早まったかもしれぬ」
イナリは今朝は警戒心いっぱいで寝られなかったので、今度はしっかりと寝て様子をみようかと考えての申し出でもあったのだが、少し安直だったかもしれないと感じた。
「で?何の用なんだ?」
エリスを除いたイナリ達四人は、冒険者ギルドにて再びギルド長に会っていた。ギルド長は椅子にもたれかかっている。そこに威厳など全くもって感じられない。
「普通ギルド長なんてこんなに何回も会うものじゃないだろう。今日は何だ?」
「イナリちゃんの生活にブラストブルーベリーは欠かせないものなので、家でも栽培したいと思っていたのです。そこで栽培許可証をもらおうと思っていたのですが……少しでも確実かつ円滑なものにするために、事情を知っているギルド長のお墨付きを頂きたく」
「なるほどな。いいよ~」
「いいんだ……」
エリックの畏まった言葉に気の抜けた二つ返事で返すギルド長に、リズが言葉を漏らす。
「まあ結局、問題起こしたら一番最初に責任取らされるのは狐っ子だからな。いいってことよ」
「謙遜しておるように見せかけて、言ってること最悪すぎるじゃろ……」
数分後、ギルド長はあっさりと手紙を書いてイナリに託した。
これで後は、再び兵士たちの場所に行くだけである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます