第57話 両成敗
「……はて、何の事じゃろうか?」
エリックからの問いかけに、イナリはひとまず惚けてみる。
もしかしたら鎌をかけているだけかもしれないし、あるいはすぐ引き下がってくれるかもしれない。適当に流してくれるのであればそれに越したことは無いだろう。
「一応、ある程度こっちは検討がついているんだよね。正直に話してほしいな」
「……ふーむ、そうじゃな……。実は我が神であるということかの?別に隠していたわけではないのじゃが、ようやく気付いたというわけじゃな」
「イナリちゃん、悪いんだけど、今真面目な話をしているんだ」
リズはヒヤヒヤとした表情で二人を見つめる。恐らく第三者から見ると険悪な雰囲気を恐れているように見えるのだろうが、実際のところはイナリが急に神だとか言い出したことに対して恐れている。
リズは、事実ではあるけども、間違いなくそれを言うタイミングは今じゃないだろう、という表情をしていた。
そしてイナリもイナリで、思ったよりエリックの勢いが凄まじいことに気圧されつつあった。少し尻尾や耳に汗が浮いてきた気がする。
「エリックさん、少し落ち着いてください。イナリさんが怖がってしまっています。それでは教えてくれることだって教えてもらえませんよ」
そこで雰囲気が若干ピリついている様子を見かねたエリスが一旦間に入る。
「ああ、ごめん。ちょっと力が入っちゃってたかも。ごめんね」
「う、うむ。構わんのじゃ」
イナリは今の発言に対するエリック達の反応から、そもそも本当の話をしたところで突飛すぎて信じてもらえないだろうということは察することが出来た。
まず間違いなく、バレたらイナリはこの街に居られなくなるだろうから、それは別にかまわないのだが。
しかし、この様子だと彼らのイナリ生贄説を否定することも中々難しそうだ。
リズの話からすると、イナリは裏で、魔王かあるいはそれに類するような化け物を召喚しようとする闇の組織の計画を阻止するべく暗躍している女の子という設定になっている。
あまりにも盛りすぎな設定であるが、これを否定したところで、イナリが事実を話そうとしないだけだと解釈されるだけな気がしているのだ。
イナリはひとまずエリックの出方を窺ってみることにした。
「実は依頼の途中でイナリちゃんの家を見たんだけど。何かイナリちゃんは魔王と関わりがあったりしないかな?直接的じゃなくてもいいんだけど。例えば召喚する現場を見たとか」
「何を言っておるのかさっぱりじゃ。そのような者とは関わりなどないのじゃ」
「うーん、そうか……」
なぜならイナリがその魔王とやら本人であるからだ。
それにしても、勘違いしてくれるならその方が良いと思っていたが、これはこれで中々に面倒である。
イナリはエリックの問いかけに応じているうちに、いちいち彼らの脳内設定について行くのも中々しんどいということに気が付いたのだ。
やはり生贄説は解消しておいた方が楽だろう。生贄説に乗っかった結果、変な情報がギルドに共有されて、イナリの家の周りが冒険者やらに包囲されたりしてはたまったものではない。
「実は、お主らが来る前から軽くリズから話は聞いておるのじゃがな。我はお主らが思っているような者ではないのじゃ。お主らが物騒な解釈をした物品もすべて、ただの我の私物じゃよ」
「……そうなのかい?」
「うむ。魔王じゃか何じゃか知らんが、そんなもの存在しておらんのじゃ。確かにこの辺りの草木は留まるところを知らずに成長しておるが、果たして魔王とやらのその姿はどこにおると思うておるのじゃ?誰か、その目でしかと見たのかや?……少なくともそれを魔王と認識して見た者は誰もおらんのじゃろ?それと同様に、我もそういった者に関わっているということはあり得ないということじゃ」
「……となると、魔の森とかは一体何が原因だってんだ?」
イナリの反論に対し、今度はディルが割って入る。
「それは知らんのじゃ。何かどこぞの人間が変な事したのではなかろうか」
「なんだそりゃ……」
これに関してはイナリが原因だとハッキリわかっているが、流石にそれを肯定することはできない。
「イナリさん、もし何か悩みがあるのなら私達が力になります。だから、もし何かあるのなら今教えてほしいのです」
エリスもイナリに近づいてしゃがみ、目の高さを合わせて訴えてくる。
何か一つ、イナリの隠し事を告白しないと解放してもらえない雰囲気だ。
しかし、果たして生贄説が払拭できたのかはわからないが、イナリには正直これ以上話すことなど何もない。
……いや、一つあった。隠すつもりだったが、エリスと遭遇してしまった以上、遅かれ早かれバレてしまうのだから、もう隠す必要がなくなってしまったことがある。
これをここで言うべきかしばし悩んだが、恐らくこの追及は終わるはずだ。
「……一つ、あるのじゃ」
「……! 何ですか!?」
意を決したように口を開くイナリを見て、エリスは肩を掴んで嬉しそうに反応する。
「……アルベルトにな、銀貨を取られてしまったのじゃ」
「……はい???」
正面にいるエリスはもちろん、このパーティの中では一番事情を理解しているであろうリズすら含む、一同が困惑する。
「その……騙されてな……異様に高い食べ物をそうと知らずに渡されてな……半分以上食べ終わったところで金銭を要求してきたのじゃ……。あ、ちょっと涙出てきたかもしれんのじゃ……」
イナリは、一連の出来事を思い出していたら、次第に悔しさを思い出して、視界が潤んできた。
「ちょっと私、ギルド長のところに行ってきます」
「え、ちょ、ちょっと?」
何か覚悟を決めたような表情でエリスが受付の方……いや、厳密には事務室の方だろうか。そちらへと歩いて行った。流石に何かを察知したのか、エリックもそれを追いかけていく。
「こんな流れになるとは微塵も思わなかったわ……」
その二人をディルが見送り、一言呟く。
「まあいいか。とりあえず。お前は生贄とか、何か事件に巻き込まれているわけではないんだな?」
「うむ……ぐすっ……」
「……まあ、なんだ。事情はよく分からんが、大変だったな?」
「……うむ……」
「すごいねイナリちゃん。何て言うか、よく乗り切ったね……」
リズのこのコメントは、果たしてアルベルトの一件だけでなく、ここまでのやり取りの事も含んでいるだろう。
「とりあえず一回座ろ?はい、これ、ハンカチ使って」
リズはイナリの背中をさすりながら近くの椅子へと誘導し、イナリが落ち着くまで宥め続けた。ディルも特に何も言わずに近くで立ち続けていた。
「ふう……情けないところを見せたのじゃ。もう大丈夫じゃ」
「そう?ならよかった」
しばらくして気分も落ち着いてくる。既にギルドの人気は疎らになっている。
「……それにしてもあいつら、大丈夫か……?」
ディルがギルドの奥へと入っていったエリスとエリックを心配する。
「……ちょっと見に行ってみる?」
「そうじゃな。我を騙したあやつが裁かれている様子を眺めに行くとするかの!」
「……こいつもうちょっと落ち着いた方が良いんじゃねえかって気がしてきた」
「……リズもちょっと、そう思う」
意気揚々としてギルドの奥へと進むイナリに、微妙な面持ちで二人が続く。
それを受付や事務員に止められるかと思っていたが、むしろ早くいけといった雰囲気が滲み出ている。
「……えっと、あやつらの場所はどこじゃ?」
「こっちだよ」
「前から思ってたんだが、こいつ結構何もわからないまま行動に移りがちだよな。危なっかしいことこの上ない……」
「余計なお世話じゃ」
リズに先導されてギルド長の部屋へと入る。扉が若干他の部屋と比べて豪華なのがイナリの鼻につく。
「――大体ですね。あなたはギルド長なのですからそんな適当な事ではダメだといつもリーゼさんから言われていましたよね?それなのに値段も告げずに適当にとった高級パンをイナリさんに渡して、それで全額請求するというのは一体どういうことですか?せめて確認するくらいはしなければなりませんよね?もし払えなかったらどうするつもりだったのですか?」
「エ、エリス、その辺でどうにか……」
「エリックさんは黙っていてください!」
「はい」
扉を開けると地獄が待っていた。
「……地獄じゃ」
それなりにいい歳の大男が若い神官に叱られている様子は何とも言えない哀愁が漂う。こうなった原因はイナリにもあるのだが、それはそれとして思っていたより気の毒な感じになっている。
「の、のうエリスよ。我はもう大丈夫じゃ。その辺にしてくれて良いのじゃ……」
「あ、イナリさん。落ち着いたのですね、良かったです」
声を掛けられてイナリに気が付いたエリスが振り返る。
「ギルド長の話だと、騙したつもりじゃなくて、正当な取引だったそうです。……全然正当ではないですけど」
「本来は『払えないのか?しょうがねえなあ』って言って奢ってやるつもりだったんだ……」
「などと供述しています」
「そ、そうか……」
もはやイナリの中にギルド長に対する怒りの感情は無かった。
「で、ではそろそろ帰ろうではないか。我は疲れたのじゃ」
「それは深夜に家を出て外を歩いていたからですか?」
エリスが先ほどアルベルトに詰め寄っていた時の冷たい視線がイナリに降りかかる。
「ヒエッ……」
「ちょっと、イナリさんからも話を聞かせてもらいますね」
その後小一時間、ギルド室からイナリ達が出てくることは無かった。
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