第47話 留守番
「よし、これでいいかな」
エリックが、イナリのパーティ加入書のパーティ名欄とリーダー署名欄にペンを走らせて、紙を眺めて呟いた。
結局、イナリが最初に日本語で書いたものは、ギルドが管理する上で非常に不都合であるということで、本人署名のみイナリが記入することとなったのだ。
「リーゼさん、お願いします」
エリックがリーゼに紙を手渡す。
「はい。確かに受理しました。これで手続きは終了となります。お疲れさまでした」
リーゼは紙を受け取りそう告げると受付カウンターの方へと戻っていった。
「さて、これでイナリちゃんは正式にうちのパーティに加入できたわけだ。改めて、よろしくね」
「うむ。まあ、よろしくの」
「今度、歓迎会やりましょうね」
「そんな余裕があればいいんだがな。あまり水を差すようなことを言いたくはないんだが、そろそろ依頼を受けないとマズくないか?最後に依頼受けたのって三日くらい前だろ?間が開きすぎると鈍るぞ」
「はあ、相変わらず意識のお高いことで。折角イナリさんがパーティに入ったという節目なのにそんなことでは台無しですよ。ねえ、イナリさん?」
「まあ確かに、神であるこの我を無下にするとはいただけないのじゃ。馳走を望むのじゃ」
「いや、流石に今回はディルの言う通りじゃないかな。流石に間が開きすぎてる気がするよ?というか、今は魔王の話でそれどころじゃないと思うんだよね」
リズがエリスとイナリに対して反論する。特に、後ろの一言はイナリの方を見て、若干強調してである。
「……そ、そうじゃな。そんな気がしてきたかもしれないのじゃ」
「えぇ、そんな……私の作戦が……」
「なんの作戦かは聞かないでおくのじゃ。どうせ碌な事じゃないと我の勘が言っておる」
「で、エリック、何か受けられそうな依頼はあるのか?」
「ああ、その話をし忘れてた。明日、街に近い辺りの魔の森の魔物を掃討する作戦の参加者を募集してたんだ。早朝からなんだけど、それに行くのはどうだろう。危険手当もあるから、報酬もそれなりだよ」
「なるほどな。まあ準備は全員出来てるだろうから、良いんじゃないか」
「貯金や備蓄は大丈夫だと思いますが、よく考えたら今後魔王の影響で物価が上がる可能性もありますよね。歓迎会が見送りになるのは残念ですが、受けられるうちに受けておきましょうか……」
「そうじゃな、魔王の影響でな。大変じゃよなー!」
「というか、イナリちゃんはどうするの?」
魔王というワードに過敏になり、事情を知るものが見れば白々しいとしか評価できないリアクションを取るイナリに対し、リズが問いかけた。
「む、我か?我は森の方の家に帰るには早すぎるし、お主らの家で待っておることにするのじゃ。待つのは得意じゃよ?なんせ我は相当長い間、同じ土地に留まってきたのじゃからな」
イナリが得意げに語ると、エリスがイナリの頭を撫でてくる。
「お前の自称神設定、たまに妙に設定が細かいよな……」
「は、はは。そ、そうだね」
イナリが神だのなんだのという度、リズはボロが出るのではないかとヒヤヒヤしている。しかし突然それを止めさせるというのも不自然なので、ただ変なことにならないように祈る事しかできない。
「そういうことならイナリちゃんには待っててもらおうかな。一応さっきハウスキーパーで登録したけど、別にそういう仕事はしなくても大丈夫だからね、ゆっくりしてていいよ」
「うむ、そうさせてもらうとするかの」
「じゃあ決まりだね。今日はさっさと帰って明日に備えようか」
エリックの声に従い、その日、イナリ達は家に帰って装備等を点検してすぐに就寝した。
そして翌日。
「むにゃ……んん……」
イナリが目を少し開き、寝返りをして窓の方を見る。外は明るく、日が差し込んでいる。おそらく、時間は昼前といったところか。
「……なんじゃ、あやつらはもうおらんのか……?」
本来、イナリはかなり起きる時間が遅いタイプで、活動開始は昼頃だった。
しかしここ最近は、リズに蹴られたり押されたりしてベッドから落とされて早朝に起きていた。今回はそのリズが依頼のために朝早くに起きたからか、そのようなことは無かったようだ。
「……起きるとするかの」
イナリが毛布をめくってリズのベッドから立つ。普段はリズの手によってぐちゃぐちゃになっている、毛布が今日は丁寧にかけられていた。きっとエリスがかけ直してくれたのだろう。
部屋を出てリビングへと行くが、誰の姿も見えない。
イナリが部屋を見回しながら歩いていくと、テーブルの上に書置きが残されていた。
「む、どれどれ……」
『本当はイナリさんを起こして色々と伝えるべきだったと思うのですが、どれだけ声をかけてもイナリさんはぐっすりと眠っていましたし、いつもリズさんに蹴り起されてるわけですから、たまにはゆっくりお休みください。というわけで、伝えるつもりだったことをここに書いていくことにします。
まず、イナリさんが起きたころには、既に私達は依頼に出向いていると思います。恐らく何事も無ければ明日には戻ると思いますが、今日一日はイナリさん一人になるでしょう。まだ来て間もないのに、いきなり一人にするのは申し訳ないと思いますが、冒険者の居住区画は治安のよいこの街の中でもさらに安全な部類の場所ですので、ご安心ください。
ついでに、リーゼさんにもイナリさんについて気をかけて頂けるようお願いするつもりです。今この書置きを書いている時点では何とも言えませんが、もしかしたら昼頃にイナリさんの様子を確認しに来てくれるかもしれませんね。もしそうでなくても、何かあった時はギルドに行けば力になってもらえると思います。
ですが、もし外に出るなら気を付けてくださいね。イナリさんはとてもかわいい子なので、もしかしたら悪い人に目をつけられてしまうかもしれません。そしたら私、あらゆる手段を使ってその不届き者を潰してしまうでしょう。
この手紙の横に、昨日買った狐の小銭入れを置いておきます。少しお金を入れてあるので、必要に応じて使ってください。あ、無駄使いはダメですからね!
最後に、キッチンの方に少しおやつを用意しておきました。好きな時に食べてください』
「……なんというか、すごいのう……」
明らかにエリスが書き残したと思われる手紙には、紙いっぱいにぎっちりと文字が書き込まれていた。特に「あらゆる手段を使って不届き者を潰す」という一文は異様な力強さを感じる。
イナリはひとまずそれは置いておいて、まずは手紙の横の狐の硬貨入れを手に取って中身を確認した。
「……これは……銅貨と銀貨、かの?」
中には銅のコインが五十枚と、銀のコインが一枚入っていた。しかしイナリは、ただでさえ人間の貨幣システムをまるで理解していない上に、世界すら違うのでそれがどの程度の価値を持つのかがまるで分からない。
ひとまず硬貨入れの中身を確認したイナリはそれをテーブルに戻し、キッチンへと向かった。
「これのことじゃな」
キッチンには、小皿の上に盛られたクッキーが置かれていた。イナリはそれを一つまみした。
「む、これは美味じゃな。後でゆっくり頂くとするかの」
さて、エリスの手紙によればもしかしたら昼頃にリーゼがこの家に来るかもしれないらしいが、それまでの間何をしようか。
イナリはもう一つクッキーをつまんで考えを練ることにした。
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