第46話 「エリックのパーティ」

「――ということで、説明は以上になります」


 イナリが現実逃避をしている間に、どうやらリーゼによる説明が一通り終わっていたらしい。


「何か質問はございますか?」


「……多分大丈夫じゃろ。わからないことがあったら都度聞くのじゃ」


「かしこまりました。ではパーティ加入登録用の書類をお持ちしますので、先ほどのテーブルでお待ちください」


「わかったのじゃ」


 リーゼの言葉に返事を返し、イナリはエリック達が待つテーブルへと向かう。


「イナリちゃん、大丈夫?途中から何にも話入ってきてなさそうだったんだけど」


 イナリの後を追うように歩いてきたリズがイナリに不安そうに尋ねる。


「だいじょーぶじゃ。ギルドの資料室や訓練場の使い方とかじゃろ?何だか色々言っておったが、要するに汚すなとか、迷惑をかけるなとか、そういう話じゃろ?」


「まあ、超要約されてるけど、大体あってるか……」


「というかよく考えたら我、戦闘要員ではないのじゃろ?なのに、何故依頼の受け方などが聞かされたのじゃ……?」


「パーティメンバーの代わりに依頼だけ確保するケースとかは結構あるから、やっぱり必要だよね。それにいつまでもパーティにいるとも限らないからね。一人でもその辺のシステムはわかっておかないとダメだよ」


「ぬ、パーティとやらはずっといるものではないのかや?」


「よくあるのは、中枢を担うようなメンバーが何かしらの理由で引退して解散するパターンかな。怪我とか加齢とか、あとは結婚とかもあるけど。後は少し前までは追放とかいうのが流行ってた時期があったかな……?何か、そういう物語が吟遊詩人の間でトレンドになって、それを聞いた人間関係に軋轢があったパーティのメンバーがそれに感化されたとかなんとか」


「なんじゃそれ。人間、本当に愚かじゃな……」


「でも多分、イナリちゃんの正体が割れたら追放どころじゃすまないと思うよ」


「……その辺はうまいことやるしかないのじゃ」


 二人は密かに秘密を隠し通す覚悟を決めたところで、先ほど食事をしていたテーブルに戻って席に着く。


 なぜかイナリはエリスの膝の上に乗せられるが、今に始まったことではないので、もはや誰一人として言及することすらしなくなった。


 そして間もなく、リーゼが再び受付カウンターの方から歩いてきて、イナリの冒険者登録に使った紙の半分ほどの紙とペンを差し出してきた。


「お待たせしました。こちらの紙にご記入ください」


「どれどれ……パーティ名と、リーダーと加入者の署名とな。意外と単純じゃの。ところでパーティ名は何じゃ?」


 ペンを持ったイナリは他のメンバーに向けて尋ねる。


「エリックのパーティだよ」


 そしてリズからわかりきったような返事が返ってきた。


「ふむ?それは知っておる。して、名前は何じゃ?」


「……このパーティの名前が『エリックのパーティ』なんだ。言いたい事はわかるぞ。俺も何度かこの名前をどうにかしないかって提案したからな」


 イナリが「何言ってんだこいつ」とでも言いたそうな顔をしたのを見て、ディルはそれに理解を示した。


 見たところ、エリック以外の面々はこのパーティ名に思うところがあるらしい。


「エリックよ、その、あまり我が言うべきではないのかもしれぬが……」


「いや、良いよ。皆が言いたいことは僕だってわかるんだ。でもさ……」


「でも、何じゃ?」


「いい名前が思いつかないし、恥ずかしいんだよ……」


「……ふむ??」


 エリックが項垂れて絞ったように声を出す。普段のしっかりした印象からはかけ離れている様子にイナリは首を傾げた。


「元々俺たちは寄せ集めというか、流れで結成したようなパーティだからな。そんなに長く組むつもりでもなかったし、こういう適当な名前でもいいと思ってたんだ。最初はな」


 エリックに代わってディルが語りだす。


「だが知っての通り、そのまま依頼をこなし続けてたら、等級が8のベテランパーティになっちまったわけだ。流石に格好がつかないってことでリーゼさんからも改名の打診が来てたわけだが、いざ決めようとしたらエリックがこのザマでな……」


「正直、私たちはそんな変なところでピュアな感じを出されると思いませんでしたので、結構困惑したんですよ」


 どうやらエリックがパーティ名を決めるのを渋っているために、「エリックのパーティ」なる無味無臭のパーティ名が生まれてしまったらしい。


「なんじゃそれ。ちなみに普通はどういった名前になるのじゃ?」


「パーティの人員構成によって方向性は色々ですが……例えば過去冒険者として活動していた勇者様が所属していたパーティの中に『閃光の英雄』というパーティがありましたね。こういった例からしても、『○○の○○』というのが一番鉄板でしょうか。あとは何とか騎士団とか、○○と仲間たちとかでしょうか……?」


「なんか、最後のだけ毛色が違う感じがしたのじゃが。そんな間抜けな名前で活動する者らがいるのかや……?」


「リズは『エリックと愉快な仲間たち』が良いと思うって何度か提案したんだけどなあ」


「ここにいたのじゃ……」


「リズのは論外として、僕は正直、仰々しいとでもいえばいいのかな、そういうのが好きじゃなくてね……」


「論外って何さ!?」


「ここにいるのはリズ以外全員、リズの案は無いと思っているだろうな」


「ひどい……」


 リズが帽子のつばを目元まで引っ張ってしくしくと泣く真似をしているが、ディルはそれを無視する。その様子はどことなく手慣れているようにも見える。


「でもイナリさんも入るわけですし、いい機会ですからいい加減名前を決めませんか?」


「うーん…………」


 エリスの提案にエリックはただただ唸る。


「ギルドとしても是非決めてほしいところです。複数パーティの合同作戦の時に『エリックのパーティ』って呼ぶの、結構苦しいのです」


「……わかった。じゃあ決めようか。今ここで……!」


「絶対、今はそんな決め台詞みたいなこと言う場面じゃないと思うんですけどね」


「まあいいさ。ようやくエリックが重い腰を上げたんだ。パパっと決めようぜ」


「そうだね、じゃあまず……名前ってどうやって決めるんだろう……」


「いや、俺たちに聞かれてもな。そういうのってセンスじゃないか?」


「そうそう、センスでパッと頭に浮かんだものがパーティ名でいいんだよ!」


「リズさんが言うと一気に説得力が失われますね」


「命名の重要さがよく判るというものじゃな」


 もし彼らが『エリックと愉快な仲間たち』であった場合、イナリはパーティに入る話をなかったことにして森に帰っていたかもしれない。


「例えば、そうだな……髪の色とかで何か着想を得たらどうだ?」


「色か。うーん……」


 エリックのパーティの面々はそれぞれ髪の色が違う。エリックが青、リズが赤、ディルが黒でエリスが白、あるいは銀である。そこにイナリが入ると小麦色も加わる。


「……前から思ってたし、イナリちゃんが加わったらもっと良くなるけど、色のバランスが結構いいよね。染料だったら、混ぜて大体の色が作れそう」


「なるほど、良いですね。そこからいい感じに拝借して虹色とでもしましょう」


「……じゃあ、『虹色旅団』でどうだろう?」


「良いですね!私は良いと思いますよ!」


「俺も良いと思うぞ。ただ、旅、するのか……?割と長いことここで活動してるよな」


「そこはまあ……。騎士団じゃなくても騎士団名乗ったりしてるパーティもあるし、大目に見てほしいかな」


「リズの案も良かったと思うんだけど、エリック兄さんが言うならそれでいいよー」


「お主の命名に対する謎の自信は一体何なのじゃ……」


「よし、じゃあ決定!僕たちは『エリックのパーティ』改め『虹色旅団』として活動しよう!」


「無事決まったようで何よりです。追加の書類も持ってきますので、先にイナリさんのパーティ加入手続き書に記入をしておいてください」


 リーゼが再び受付カウンター裏の事務室へと向かっていった。


「では書くとするかの。えーっと、パーティ名が『虹色旅団』で、我の名が『イナリ』っと……。ふふふ。どうじゃ?我の字は芸術に匹敵する程じゃろ?」


「イナリさん、これ何語ですか?多分綺麗な字なのだと思うんですけど、読めないです……」


「……あっ」


 エリスの指摘によって気が付いたが、イナリはまたも自分の書く字とこの世界の字が違うことを失念していた。


「……これ、我の名はともかく、パーティ名が読めないのはちとマズいじゃろか」


「うーん、もしかしたら書き直しかもしれませんね……」

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