第45話 説明を受けよう

 応接室での話が終わったのち、冒険者証を発行するとのことでしばらく待ち時間が発生するようであった。そのため、イナリ達はギルド内の酒場で少々遅めの昼食をとっていた。


 今回は変なメニューは踏まずに済んだ。イナリが食べているのはここでのランチとしては定番らしい、何かの肉のステーキとパンである。


 メニュー曰く、今日は「ヒイデリボアの肉」らしいが、イナリにはそれが何かわからない以上、「何かの肉」でしかないのである。味付けはハーブ系である。例に漏れずイナリが見たことのない草なので、これまた「多分ハーブかな?」くらいの感覚で認識している。


「ぐっ……硬いのじゃ……!噛み切れぬ……!」


 肉は鉄板の上に乗っていて、ジュージューと音を立てている。肉質が硬いのもあるが、そこに加えて熱いのも相まって全然食べ進めることができないのだ。


 その事実が周りに察せられないように、イナリは一旦パンを手に取って齧りながら、チラリと周りの様子を窺った。


 見たところ、左隣に座るリズや、テーブルの向かい側に座っているエリックやディルといった面々は普通に肉を噛み切っているようである。イナリはまともに食べられないのは自分だけかと、若干の焦りを感じ始めた。


 というか、エリックやディルといった男性陣はともかく、リズは何故そんなに豪快に食べられるのだろうか。


 時計回りに視線を運んだイナリは、そのままの流れで右隣のエリスの様子も窺おうと目を向けた。そして、エリスの青い瞳と目が合った。


「イナリさん、肉、切りましょうか?」


 エリスが鉄板の肉を指さしながら、小声で尋ねてきた。


「……頼むのじゃ」


 イナリも小声で返事を返し、内心安堵した。


 エリスの手元の肉は一口大に切り分けられており、食器の持ち方もかなり丁寧であった。どうやらエリスは礼儀作法がかなりきっちりとしているタイプのようである。


 エリスが、イナリの肉が乗った鉄板を近くに寄せて切り分ける様子を眺めながら、ふとイナリは考えた。彼女は何故イナリが目線を向ける前からイナリの方を見ていたのだろうか?もしかしてずっと見られていたのでは……?


「イナリさん、切れましたよ。はいどうぞ」


「か、感謝するのじゃ」


「どうかなさいましたか?」


「んや、何でもないのじゃ。我の考えすぎであろ」


 エリスの普段のイナリに対する態度は若干不審ではあるものの、流石に自分のために肉を切ってくれた人に対してそんな疑惑を持つものではない。


 まだ出会って一週間程度ではあるものの、彼女は普段から周りを気にかけていることはわかっている。きっと今回もその例に漏れない。そのはずだ。イナリは己の思考を振り払って、エリスが切り分けてくれた肉を食べ始めた。


 そして十数分後、一同が食事を終えたところで、受付の方からリーゼが歩いてきた。手には小さなカードを持っている。


「お待たせしました。冒険者カードを作成しましたので、ご確認ください。問題が無ければこれがそのまま身分証としてご利用いただけます」


「ふむ、どれどれ……」


 イナリはリーゼからカードを受け取り内容を確認する。




 冒険者証 発行地:メルモート

 名前:イナリ 年齢:記載なし 職業:ハウスキーパー

 性別:女 住所:メルモート冒険者居住地区A-3

 等級:1

 パーティ所属:無所属

 本人記入欄:記載なし

 備考:本人照会用装置使用不可。このカードを提示した者はブラストブルーベリーまたはそれに類するものを食べることにより本人確認とする。 メルモートギルド長 アルベルト




「……すげえ、わかっちゃいたが、ひでえ備考欄だ……」


「あやつの名前、アルベルトというのじゃな」


 ディルの感想をよそに、イナリもまた少しずれた感想を述べる。


「ところでこの、等級とは何じゃろうか」


「等級は十段階で分類されるもので、簡単に言うと、実力の目安のようなものです。依頼の達成数や実績を加味して上下します。余程の事をしない限り基本的に下がることはございませんが。後程ご説明いたしますが、依頼によっては最低等級が設定されるものもございます」


「ふむ……。ちなみに、お主らはいくつくらいなのじゃ?」


 イナリはふとエリック達に問いかける。


「えっと、確かみんな8くらいだよね?」


 イナリの質問を受けて、エリックが他のメンバーに確認するように問いかけると、全員がそれに頷いた。


「それってお主ら、相当な実力があるのでは……?」


「まあ、結構長いことやってるのもあるけど、皆結構すごい人だからね」


「そ、そうなのじゃな……」


 リズは以前学校に赴いた時に注目されていたし、エリックも普段からギルドなどで忙しそうにしていた辺り、ベテランであっても頷ける。


 しかしディルはただの少し当たりが強いけど面倒見は意外といい人くらいの感覚で接していたし、エリスもまた、謎の尻尾大好き人間くらいの印象であったので、イナリは衝撃を受けた。


「……む?我はこやつらのパーティとやらに所属するはずじゃが、何故無所属となっておるのかや?」


「そちらは手続きが別途でありますので、現在は暫定的にそのように記載させていただいております」


「なるほどの。疑問点もそれ以外なしじゃ。問題ないのではないかの?まあ、しいて言うなら我の本当の職業は……むぐぐ」


「はいはい、イナリさんは無職じゃないですからね」


 イナリがもはや恒例となりつつある神主張を始めることを察知したエリスは、イナリを抱き寄せてそれを阻止した。


「……?えっと、問題ありませんか?」


「大丈夫ですよ。気にしないでください」


「そ、そうですか」


 イナリの発言に、何か不備があったのかと確認するリーゼに対し、エリスが答える。


「では、パーティ登録の手続きの前に、一度冒険者ギルドの依頼を受ける流れについて軽く説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


「それは大事じゃな。聞かせてもらうのじゃ」


「わかりました。ではまずは依頼掲示板の前に行きましょうか」


 リーゼの案内に、イナリは席を立って移動する。


 エリスはまだ少し残った肉を丁寧に食べており、エリックやディルも、駆け出し冒険者向けの説明のためにゾロゾロと連れ立ってもしょうがないだろうということで、リズだけがイナリに付いてきた。


「こちらが依頼掲示板です。基本的にはここに張られた紙をはがして、受付に提出することで依頼を受けることが出来ます」


 リーゼに案内されて来た掲示板には、まばらに紙が掲示されている。


「今は昼過ぎだから、ホットな依頼の殆どは取られちゃってるね。朝に来るとびっしりなんだよ」


「なるほどの……。ちょっと内容を見たいのじゃが、何か、台とかは無いじゃろうか?」


「こちらをどうぞ」


 イナリの質問にリーゼが脇に置いてあった小さな足場を運んできた。


 基本的に子供サイズの冒険者があまり想定されていないまま設計されたのか、上の方を見るにはイナリやリズには些か厳しかったのだ。


 イナリが台の上に登って掲示されている依頼を見る。


「どれどれ……『隣町までのポーション護送依頼』、『魔境化した村の調査並びに生存者の探索』、『脱走したマンドラゴラの捜索、生死問わず』、『急繁殖した雑草の除去』……ふむ……」


 きっと、少し前までのイナリなら「色々あるんだなあ」くらいの感想で済ませたかもしれないが、今は違った。


 ――半分以上、自分に原因の心当たりがある。


 イナリは自分が立っている台の隣にいるリズを見た。そして事情を知るリズもまたイナリに微妙な表情で視線を返した。


「こちらの掲示は基本ギルドや住人からの依頼で、受ける人数等に制限がありますが、この隣の掲示は常時依頼という扱いで、いつでも受けることが可能です」


 リーゼが次の解説へと移ったので、イナリは逃げるようにそちらへ移動し、また内容を確認した。


 『薬草の納品 状態による報酬変動あり』

 『樹侵食の厄災に関する情報 銀貨一枚から』

 『魔の森周辺の新種植物並びに生物の素材の納品 銀貨一枚から』


「………」


「イナリちゃん、大丈夫?汗がヤバいよ……」


「のうリズよ。この、樹侵食の厄災に関する情報、『実はこれ、我じゃよー!』って言ったら、いくらくらいになるじゃろか?ものすごい額になると思わぬか?」


「イナリちゃん、落ち着いて。現実逃避しないで」

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