第44話 冒険者登録(再)

「以前話した通りです。イナリちゃんは魔力登録も血判もできないようなので、何かそれに代わる本人確認手段を決めたうえで冒険者に登録して頂きたく」


「まあ、聞いていた通りだな。しかし、本当にどちらもできないとは思って無くてな。実は考えていないのだ。ハッハッハ!」


「………」


 ギルド長は爆笑しているが、本人以外は全く笑っておらず、一同は真顔でその様子を眺める。


 最初の登場時の威厳のようなものは既に消し飛んだと言っても良いだろう。


「まあ、なんだ。ただ怠けていたとか、そういうわけではない。本当にそんなことが起こるとは思ってなかったんだ」


「……だからエリックさんが前々から相談していたのでは?」


 言い訳を始めるギルド長にリーゼは冷たい視線を向けながら指摘する。


「んなこと言ったって、魔力の無い奴なんてこれまで聞いたことが無いんだ。そういうケース自体がそもそもマニュアルに記載されていないからな。それで魔力登録式が確立する前の方法でやろうとしたらそれも無理ときた。想像できるか?皮膚が硬いことで有名な龍人族だって問題なく血判で登録できてたのに、こんな何の変哲もない狐っ子がそれ以上に硬いって?そんなの予想できるわけないだろ?」


 指摘を受けたギルド長はさらに言い訳を重ねていく。しかし結局のところ別の方法を考えていなかった事実には変わりないのだが。


「なんか、こやつの性格は何となくわかった感じがするのじゃ」


「まあ、見ての通りだ。見た目に反して中身はメチャクチャ雑だ。これが無けりゃ俺も尊敬できるんだがな……」


 イナリの呟きにディルが頷いた。


「というか、何だ。ずっと疑問に思っていたんだが、実は針が怖くて嘘をついてるとか、そういう線はないのか?子供だし、そういうこともあるだろう」


「何と失礼な!我は確かに針をしかと刺して、そして折れたのじゃ!」


「ギルド長。何ならイナリさんは近くにいた冒険者から剣を借りて手に突き下ろしています。そのうえで無傷でした。ついでに若干刃が欠けていたので弁償もしています」


「……本当か?信じられんな……」


 イナリとエリックの主張が信じられないギルド長は椅子の背もたれにもたれかかった。


「私が目の前で確認していたので事実です」


 リーゼも二人の主張を後押しする。


「そうか……。エリックから聞いてはいたものの、当人を前にするとどうしても信じきれなかったのだ。すまないな」


「……まあ、気持ちはわかりますけどね」


「それで、本題なんだが……。何か本人にしかできないことや、本人しか知らないことなどはあるか?特例として、本人であることを証明できる手段が確立できれば、ギルドカードに俺がその旨を記載することで登録することが出来ると思うぞ」


「なんじゃ、しっかり方法があるのではないか」


「今思いついたんだ。他のギルドには事後報告でもなんとかなるだろう」


「一気に不安になってきたのじゃ」


「ギルド長の発言には少々問題がありますが、ともあれギルド長が一筆したためるという行為はかなり重大な意味を持つものですので、少なくともイナリさんに問題が発生するという可能性は非常に低いです。問題は、何を本人であることを証明する手段とするかですが……」


「ふーむ、何かあったじゃろうか……」


「私、イナリさんの尻尾くらいしか思いつかないですね……。このモフモフ具合はオンリーワンですよ……」


「エリス、一回イナリちゃんの尻尾から離れた方が良いと思うんだ」


 エリスとエリックの会話をよそに、ディルが何か思いついたように手を上げる。


「一つアイデアがあるんだが、ブラストブルーベリー食わせたらいいんじゃないか?」


「何?そんなことをしたらこの子が死んでしまうぞ!?」


「ディルさん、流石に冗談にしてもどうかと……」


「ああいや、ギルド長、こいつ、ブラストブルーベリー食えるんですよ」


「……本当か……?」


 ギルド長とリーゼはディルの提案に困惑し、他のパーティメンバーの顔を見る。そしてイナリ本人を含む全員が頷いたのを見てさらに困惑した。


「もしそれが本当なら、恐らくそんな芸当が出来るのは君だけだろうし、証明手段としては問題ないだろうが……。君、ブラストブルーベリーがどんなものかちゃんと知っているか?」


「ええっと、何か投げたら爆発するのは前見たのじゃ、あんなものを口にしていたとは思わなかったのじゃ」


「……あれを食べた生物はドラゴンだろうがただでは済まないはずなのだが……?」


「ちなみにイナリさんは『虹色の悪魔』も食べてます。『別に言うほどおいしくなかった』だそうです」


「よく今まで生きてきたな……」


 エリスによる補足情報にギルド長はドン引きした。


 ウィルディアも同じように引いていたが、やはりイナリの食事の内容の一部は世間一般的に見て異常であったらしい。本人は美味しく頂いていたし、何ならブラストブルーベリーに至っては積極的に食べに行っていたのだが。


「まあ、本人がそれでいいのであれば、そう書くが……本当にいいのか?」


「問題ないのじゃ」


「そうか……」


「では改めて登録用の書類をご用意いたしますね」


 リーゼが手に抱えていた紙をテーブルの上に取り出した。どうやら以前書いたものをそのまま保管していたらしく、名前欄など大体の事項は記入済みになっている。


「イナリさんの登録手続きに関しては本人確認周りの問題だけでしたので、内容だけ確認して頂いたら今すぐにでも発行作業に移れます」


「名前、年齢、住所……ふむ。まあ見たところ問題は……いや、あるのう」


「何か問題がございましたか?」


「我の……職業じゃ!」


 イナリは書類の職種欄を指さして声をあげた。


「あ、一応そこはあとからでも変更できますよ?」


「ダメじゃ!我が一度でも『無職』などという称号を得た暁には、我が無価値な者であるかのように思われてしまう!!」


「なんだこの子、結構こだわり強いんだな……」


 ギルド長は切羽詰まって自身の職の変更を訴えるイナリを見て呟いた。


「でも、イナリお前、実際何ができるんだ?正直モンスター相手に逃げ回ってる姿しか想像できねえんだが」


「うーん、リズもちょっと、イナリちゃんが戦うのは向いてないかなって思うよ。頑丈さなら多分冒険者中どころか全生物中最強クラスだと思うんだけど、それ以外はちょっと……ね?」


「先ほど軽く提案したのですが、荷物持ちやハウスキーパーといった仕事はいかがでしょうか?」


「確かにその辺が良いだろうね、イナリちゃん、どうかな?」


 エリスの言葉にエリックが頷き、イナリに確認する。


「はう……き……?」


「ええっと、ハウスキーパーっていうのは、簡単に言うと家の掃除とかをする感じの役職だね」


「冒険者なのに、その、ハウスキーパー?とやらをするのかや?」


「裏方事務も立派な職業だからね。どうかな、できそうかな?」


「じゃあそれで行くのじゃ」


「もしかして無職以外なら割と何でもよかった?」


「そそそそ、そんなことは無いのじゃ!」


「そうだったんだ……」


 会話を聞いていたリーゼはサラサラと書類にペンを走らせた。

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