第43話 強者特有のオーラみたいなやつ
イナリ達が家に戻ると、リビングにいたエリックが立ち上がって三人を出迎えた。奥にはディルの姿も見える。
「おかえり三人とも。……イナリちゃんはどうしてそんなに悲しそうな顔をしているんだい?」
「ちょっと、現実を見てしまったというべきか。まあ、気にせんで良いのじゃ……」
「そ、そっか……」
「途中から全然喋らなくなっちゃって、どんどん尻尾と耳が下がっていってたんだよね……」
イナリは自身の強みがことごとく空回っている現状を認識して意気消沈していた。
先にリズやエリスとの会話で挙がったように、毒が平気であるという特性は、摂取したものが毒かどうか判別できない以上、自身以外には大してメリットが無い。
そして、イナリは家に戻るまでに黙々と考えていたが、自身の持つ能力も、現状ではかなり微妙であると言わざるをえないと気づいてしまった。
不可視術は自身が発動してるかどうかが、実際に人前に出るまで分からないという問題がある。姿を隠せているか確かめるには人前に出なければならないという、本末転倒な事態になっている。
そして風を操る能力はそもそも大して出番が無く、応用的に風刃として運用するぐらいしか用途が無い。なのに、発動するたびに、申請なしでは所持するだけで法に触れる果物を摂取しなければならない。
尤も、この能力は地球に居た時点で換気や扇風機代わり、スギ花粉とかいう人間が生んだ兵器から身を守るために使ったりといった、あったら便利程度のものではあったのだが。
そしてイナリの本分ともいえる植物の成長を促進する権能は、今では魔王扱いされてしまう始末である。確かに成長力以外には弄れないし、常に発動し続ける融通の利かないものではあるが、とはいえ魔王扱いはいかがなものか。
(というか、魔法とかいう互換みたいなものがあるのなら、我のいる意味とは……?)
イナリはかなりマイナス方向に思考が及んでおり、ついに非情な現実に気づいてしまったのである。
「……我は、この世界では無価値じゃ……」
「ちょっと、本当に大丈夫?」
まだイナリを保護してから一週間も経っていないとはいえ、イナリのへこみ具合が異様であることはエリックも察せられたので、心配の声をかける。どうやら話の風向きが怪しいのを感じ取ったのか、ディルも近くへと歩いてきた。
「大丈夫ですよ、イナリさんがどうなっても私が養ってあげますからね。なのでちょっと尻尾をですね、こう……いいですか?」
そしてそこに付けこもうとする神官が一人。
「いや、『いいですか?』じゃねえだろ」
話半分で聞いていただけだが、明らかに不審な言動をするエリスに対し、ディルは指摘せずにはいられなかった。
「我もちょっとそれは考えさせてほしいのじゃ……」
「くっ、なかなか手強いですね……」
「本当に神官かこの人」
「リズとしては、イナリちゃんが何もできてないっていう状況がちょっと受け入れがたいんじゃないかなと思うんだよね。だから職に就いたりすれば多分改善されると思うんだけど……」
本来は神官として困っている人を導くべきエリスが言うはずのセリフをリズが代わって言う。
「イナリさん、何かやりたい仕事とかありますか?それか得意こととかでもいいのですけど」
「人間の事はわからんのじゃ……無価値で申し訳ないのじゃ……」
「イナリさん、大丈夫ですよ……。わ、ふわふわですね……」
しょんぼりとするイナリをエリスが包容する。が、エリスの目的が何かはもはやわかりきったことであった。
「……ダメだこりゃ……」
リズが思わずこぼした言葉は、果たしてイナリに対してか、エリスに対してだろうか。あるいは両方かもしれないが。
「まあ俺らも冒険者しか碌にやったことない以上、料理人になりたいとか、錬金術師になりたいとか言われても困るっちゃあ困るんだが」
「そういえば、結局イナリちゃんについての調査はどうだったんだい?」
「ああ、その話なんだけど―」
リズはディルとエリックに、イナリの体の頑丈さなどに関する話をした。当然、魔王だの神だのということは伏せている。
「なるほどな。そうなると正規の方法での登録は無理そうじゃないか。流石にギルマスに相談するしかないと思うが」
「それがいいと思うよ。流石に身分証無しで暮らすのは色々と問題があるし」
「じゃあ、早速だけどギルドに行こうか。一応、イナリちゃんに関してギルド長に軽く話してはいて、もしダメそうだったら別の方法を検討してくれないか頼んでおいたんだ」
「マジか、流石だな」
「まあ、ほぼ毎日ギルドに通っては情報収集したりしてるからね。これぐらいの事ならどうってことないよ」
「おーい、そこで抱き合ってる自称神とダメ神官、出かけるぞー」
「……はっ!?いけません、私としたことが我を失っていました。尻尾の魔力、おそるべしですね。イナリさん、今度こそ冒険者登録しに行くみたいですよ!無職脱却しに行きましょう!」
「……そ、そうじゃ!わ、我は無職などではないのじゃからな!」
「何というか、マジで単純で助かるな……」
時刻は昼過ぎ。イナリ達がギルドに入ると、今日も三つある受付の内一つだけが開いていた。そして前と変わらず、そこにはリーゼの姿があった。しかし前回と違うのは、他の冒険者と思われる人々の姿が見えないことであった。
「何というか、前と比べて実に静かではなかろうか?」
「昼間は大抵皆依頼を受けて出払ってるからね。人が少ないんだ」
「……というか、お主らは仕事しておるのか?我が見た限りそういった様子は見られなかったと思うのじゃが。もしかして無職かや?」
「ちょっと嬉しそうに言うのはやめろ。俺たちは基本的にデカい依頼をこなしていくタイプなんだ。だからまあ、当然忙しい時もあるが、暇な時もあるんだよ」
「と言っても、普通そんな大きな依頼が頻繁に掲示されることは無いから、そこまで難しくない依頼で予定をギチギチに詰めることもあるけどね」
「ふむ、なるほどの……」
イナリは内心彼らも無職と呼べる人間である可能性に賭けてテンションを上げたが、当然そんなことは無かったので冷静になった。
エリックが受付に向かって歩いていくので、全員がそれに続く。
「こんにちはリーゼさん、改めてイナリちゃんの登録の話がしたいんだけど、問題ないかな?」
「こんにちは、エリックさんと、パーティの皆さん。それにイナリさんもですね。登録に関してのお話ですね。正規の手段での登録は可能そうですか?」
「それが、ちょっと無理そうだから、ギルド長と話をしたいんだ」
「かしこまりました。奥の応接室へどうぞ」
「……予定の確認とか、無いんだ?」
「今はこの街の周辺は危険だということで、貴族様などの方々は近づかないようにしているようです。なのでここに来るのは街長もとい領主様くらいで、予定の管理が非常に容易なのです」
「あー、まあそれもそうだね」
リズは、隣を歩くイナリがわずかに震えたのを見逃さなかった。
「今ギルド長を呼んでまいりますので、こちらでお待ちください」
リーゼが一同を事務室の内部にある応接室へと案内し、着席を促すと退席した。
そして一分も経たないうちに再び扉が開き、一人の男性が入ってきた。年齢は四、五十代と言ったところか。以前イナリが、エリックとディルにギルド長について尋ねた際に返ってきた返答の通り、確かに独特のオーラがある。
「なんか強そうなのが来たのじゃ……」
その印象をイナリは小学生レベルの語彙力で形容した。
「君がエリックが言っていた例の子か。ふむ……。見たところ変なところは無いが」
「あの、ギルド長、初対面の子に対してそう言った言動は控えた方がよろしいかと?」
「ああ、悪いな、初対面の相手を観察するのは俺の癖になっていてな。現役を退いた今も抜けないんだ」
リーゼの指摘にギルド長が軽く謝罪すると、彼は席に着いて手を組んで口を開いた。
「それじゃ、話を聞こうじゃないか」
別に悪いことをしたわけではないのに威圧感のようなものを感じ、イナリは既に帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。
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