第42話 強みが裏目

「ところで、結局イナリさんを冒険者ギルドに登録する手立ては見つかりましたか?」


 キツネの装飾がついた財布を買って雑貨屋を出たときに、ふとエリスが尋ねる。


「あー、そういえば、もとはと言えばイナリちゃんを学校に連れて行った理由ってそれだったんだよね……」


 リズはイナリに関する情報を聞いて、そのインパクトによって元の目的を完全に失念していた。


「結論から言うと、魔力の登録は無理そうだね、説明は難しいからできないけれど。それに、血判による登録も相当難しいんじゃないかな……。多分普通の人なら死んじゃうようなことしないとイナリちゃんなら余裕で耐えられちゃうと思うんだよね、肉体的には」


「……肉体的には、ですか?」


「イナリちゃん、体は魔法にも物理にもものすごい耐久力を持ってるんだけど、魔法によるダメージについては痛覚は普通っぽいの。つまり、イナリちゃんに血判のために出血させるだけでも、多分ドラゴン討伐用の兵器みたいな相当オーバーパワーな道具を用意しなくちゃいけないし、大抵そういうのには魔法による強化がされてたりするから、イナリちゃんが耐えられるかというと……」


「なるほど、精神的には相当大変でしょうね。というか、何で冒険者登録する手続きの話で兵器なんてワードが出るんですかね……?」


「それはリズもよくわからない……」


「……二人して我を見ても何も答えられることは無いのじゃが」


 リズとエリスが不思議そうにイナリを見るが、見られたところで何も心当たりがない以上、知りませんとしか言いようがないのだ。


「まあ、あれかの。我が神じゃからってことで解決じゃ」


「だんだんそのフレーズ、便利ワードみたいに使い始めてませんか?」


 イナリは今までと同じように自身が神であることは主張していくが、そこに居合わせることになるリズは冷や汗ものだ。


 うっかり肯定してもいけないし、かといって事実を知っている以上、変なリアクションもできない。残念ながらリズには演技の才能は無いので、棒読みでツッコんだりしようものなら怪しまれてしまう事だろう。


「ま、まあ、登録方法についてはわからなかったというか、解決できなかったから、ギルドの方でいい感じの特例を出してもらうしかなさそうだね。それで、もしそうなったらの話だけど、イナリちゃんの適職は多分これだなっていうのがあるんだよね」


「む、聞かせるのじゃ。無職などと言う不名誉な称号をつけられてはたまらんのでな」


「タンクとか、そういう感じの役回り。理由は簡単。硬いから!」


「タンクとは、何じゃ」


「ええっと、つまり、敵の攻撃を受ける役?」


「リズさん、それは難しいと思います。まずイナリさんのぷにぷにボディでは、その役目を全うできるだけの防具が着られないのではないでしょうか。大抵、重装になりますよね?」


「……その、体で受け止めてもらう感じで……」


「想像してください。リズさんと同年代の女の子が最前線でモンスターの攻撃を受け続け、そこに後ろから魔法やらで私達が攻撃する様子を……」


「ダメだ、完全に新人冒険者を騙して裏でヤバいことするパーティみたいな絵面が生まれてしまった……」


「ようわからんが、酷いことを言われていることはわかるのじゃ。というか、不可視術を使えば暗殺とか、そういう役回りが出来るのではなかろうか?」


「イナリさんに暗殺なんて吹き込んだのは……ディルさんですかね。あんな人の言葉を聞いちゃダメですよ。それにそれは基本的に秘匿する意向でしたよね?その術抜きでどうやってそういった役回りをするのか説明できないことには難しいのではないでしょうか」


「むむ、そういえばそうじゃったな……」


「うーん、やっぱり無職で登録するしかないかあ」


「ほ、他に何か無いのかや?豊穣神とかどうじゃ??」


「だから神なんて職業は無いのですよ。現実、見ましょう?」


「嫌じゃ!無職になどなりとうないのじゃ!!」


「ちょ、街中であんまりそんなこと叫ばない方がいいって……」


「わ、わかりましたから、落ち着いてください。あ、皆さんすみません、お騒がせしてます……」


 イナリの迫真の叫びが周囲の買い物客や商人の注目を集めてしまったので、特に問題が無いことを示すようにエリスは周囲に謝った。


「ほとんどの場合は冒険者になる際に職業として書くことは無いものですが、荷物持ちとか、裏方事務系の職業もあります。そういったところでイナリさんに適性がありそうなものを考えましょう」


「……思ったのじゃが、適当書いちゃダメなのじゃろうか?」


「……冒険者となった人の職業はしっかりギルド側で記録されるので、その情報をもとに個人依頼が斡旋されたりすることがあるのです。あるいは他のパーティの穴埋めで出張したりとかもあります」


 エリスは若干声を冷ややかにしてイナリに告げる。その様子はどことなくイナリとの初対面の頃を思わせる。


「つまりですね、例えばイナリさんが剣を使えないのに剣士と登録した場合、他のパーティが剣士を募集したらそこに放り込まれうるということです。どうですか?何とかなりそうだと思いますか?」


「わ、悪かったのじゃ。なんか怖いからやめてほしいのじゃ」


「全くもう……。冒険者登録時のルールとして職業を偽装することは禁則事項ですから、恐らく今言ったようなことは起こりませんが、法に触れるような変なことは考えない方が良いですよ」


「わかったのじゃ……。うう、人間社会は難しいのう……」


 エリスがいつものような穏やかな雰囲気に戻って諭されたので、イナリは耳をぺたりと下げて反省の意を示した。


「……イナリちゃん、一応危険物持ち込みで一回法に触れてるよね」


「……確かにそうですね」


「それは知らなかった故、勘弁してほしいのじゃ」


「まあ普通に食べてたものが危険物って言われても困るもんね。なんというか、毒がわからないっていうのも大変なことがあるんだねえ」


「正直、イナリさんは毒見とか絶対しちゃいけない人ですよね」


「む、何故じゃ?毒がわからなくて大変なことなどあるじゃろうか」


「今度冒険者ギルドの依頼掲示板を見てみてほしいのですが、稀に毒見の依頼っていうのがあるのですよ。ハイリスクハイリターンの依頼なので、普通は受ける人はいないですし、依頼者側もダメ元で出しているようなものなのですが……」


「イナリちゃんが毒見しても、毒の有無なんて見分けようがないから、イナリちゃんが無事だったのを確認して食べたら中毒を起こす、なんてことが起こり得るってことだね」


「なるほど、そういうことじゃったか。確かに毒なんぞ気にせず生きてきたからの。判別は不可能と言ってよいな」


「でしょ?だから大変だなって思ったの」


「それにしても、今のところイナリさんの強みって、ほぼ全部裏目に出てませんか?」


「何というか、報われないと言えばいいのかな。大変だね、本当に……」


「やめるのじゃ。変な同情はかえって惨めになるからやめるのじゃ」

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