第48話 リーゼ来訪
「あ、庭に茶の木とブラストブルーベリーを植えねばならぬな」
後で食べるつもりのクッキーを十個近くつまんだところで、ふと思い出したイナリが呟く。
イナリが家から持ってきたものを植えるタイミングを逃しており、そのまま部屋の隅に置いたままなのだ。ちょうど一人で時間もあるのだから、今のタイミングで植えておくことにした。
「えーっと、確かこの辺に……」
イナリはリズのベッドの隅の箱の中から苗と実を取り出した。イナリの権能の影響で枯れたりすることが無いので、若干扱いが杜撰でも問題ない。
本人にも詳しい理屈はわかっていないが、地面から切り離した状態でも植物の形が完全に保たれていれば、成長こそしないが、劣化することもなくなるのだ。
苗木と実を持って家の庭へと出る。ここ数日の間、イナリは何度かディルが庭の雑草を刈り取っている姿を見ており、その甲斐あって、最初にイナリがここに来た時の雑草だらけの庭ではなくなっている。
彼曰く、「今までの倍くらい手入れの作業量が増えた気がする」だそうである。これを聞いた時、イナリは言葉に詰まってしまったものである。
「さて、どこに植えるかの。誰かが植えても良いととれるようなことは言っておったし、文句は言われぬじゃろうが」
この家の庭はそれなりに広いが、見たところ、庭の隅に少し花が植えられている鉢があるだけで、何かを育てているというわけでは無いらしい。
なので、イナリは日当たりのいい場所を適当に見繕い、手で軽く土を掘ってブラストブルーベリーを埋めていった。
そして茶の木を植えようかとまた掘り始めたところで、外から誰かがやってくるのが見えた。
「あやつは……リーゼとか言ったかの。エリスに言われて来たのじゃな」
ギルドの職員であるリーゼは、どうやらエリスの頼みを承諾してくれたらしい。
彼女が庭で土を弄っているイナリに気づかずに家の玄関の方へと向かっていき、戸を叩いた。
「イナリさん。エリスさんに頼まれて様子を見に来ました。いらっしゃいますか?」
「ここじゃよここ。よく来たのじゃ、歓迎するのじゃ」
「あ、そちらにいらっしゃったのですね、これは失礼を……。それで、今は何をなさっているのですか?」
リーゼが庭でしゃがみ込んで作業をしているイナリの方へと歩み寄り、手元を見て尋ねてきた。
「これはの、茶の木を植えているのじゃ」
「茶……お茶ですか。個人で茶の木を栽培するというのは中々珍しいですね」
「む、そうかの。ああでも、確かにあまり栽培する者はおらんかったのじゃ」
「大体は商会や商店から取り寄せするものですし、殆どは貴族向けの嗜好品ですからね」
「ふむ……。今度お茶を淹れてやるのじゃ。我の淹れるお茶は神の領域じゃよ。文字通りにの。ふふっ」
「そ、そうですか。楽しみにしておきます」
「ともあれ、ひとまずこれで作業は終わるからの。しばし待たれよ」
植えた茶の木の周りに土をしっかりとかぶせ、軽く何度か土を叩いて作業を終えたイナリはリーゼを家に招き入れた。
「空き家でない状態のパーティハウスに入るのは久しぶりです。ところでご飯はもう食べられましたか?まだなら何かお作りしますよ」
「む、それは助かるのじゃ。あ、エリスが置いていったお菓子もあるのじゃ。少しくらいなら分けてやらんでもないのじゃ」
「あら、それは嬉しいです、ありがとうございます。では先に何か作りましょうか。ええっと、エリスさんから聞いた話だと、ここが食品の保管場所ですかね……」
リーゼがキッチンに置かれている棚の中を確認する。
「うーん、あまり勝手に色々と使ってしまうのは申し訳ないですし、シンプルに焼いた肉とサラダでも大丈夫ですか?」
「その辺は任せるのじゃ。我は基本そのまま食べる以外したことが無いからの」
「あら、それは大変ですね……。もしよろしければ一緒に作りませんか?今後イナリさんが料理を作らないといけない場面も出てくると思いますし」
「うーむ、我に出来るじゃろうか。この前、ディルの手伝いで野菜を切るくらいしかしたことないのじゃ」
「大丈夫ですよ。簡単なことからでも、経験を積むことが大事なのです」
「確かに一理あるのじゃ」
「ではひとまず、イナリさんには野菜と肉を切っていただいてもよろしいですか?」
「わかったのじゃ」
イナリは、リーゼの頼みに返事を返し、渡された野菜を手に持って風刃で細切れにした。
「わあ、イナリさん結構器用なことをなさいますね。……大丈夫ですか?ちょっと疲れてます?」
「まあ副作用みたいなものじゃからの、気にせんで良いのじゃ」
この世界に来てからというもの、イナリは風刃を頻繁に使っているので、発動に伴って訪れる反動には慣れてきている。しかし慣れているというだけで、どれだけ頑張ってもこの反動が無くなることは無いだろう。
「それに、これを食べれば回復できるからの」
「それって……!?」
イナリが袖から取り出したブラストブルーベリーを見て、リーゼは防御の構えを取る。しかしそんなことはお構いなしに、イナリはそれを口に放り込んだ。
「あ、そうだ。イナリさんはそれを食べられるんでしたか。大丈夫ですか?すごい音がしてますけど……」
「平気じゃよ。最初に食べたときはびっくりしたがの、慣れたらこれも楽しみの一つというか、そんな感じになっているのじゃ。で、これで我の疲れもばっちり回復というわけじゃ」
「すごいですね……。その情報、錬金術師辺りに売り込んだりしたら、何らかの形で利益が出せるかもしれませんね」
「ふむ?そういうものなのかや」
「そうです。物だけでなく情報にも値段はつくのですよ。あ、この肉もお願いしていいですか?」
「わかったのじゃ」
リーゼが肉を手渡してきたので、イナリが風刃を使って野菜と同様に適当な大きさに切った。
「なんといいますか、便利ですね……」
「そう思うかの?リズはこの十倍くらい便利じゃよ……」
イナリは魔法を使って色々な事をできる少女の事を思い出して気落ちした。
イナリが肉と野菜を切った後は、リーゼがイナリに調理魔道具の使い方を説明しながらステーキを作っていった。
そして現在、二人はテーブルにそれらを並べて食事をしている。
「お主に聞きたいのじゃが、我は人間の街に来たばかりで色々と疎くての、色々と教えてほしいのじゃ」
「それは構いませんが、他の方は教えて下さらなかったのですか?」
「あいや、なんというかの、恐らく教えるまでもない次元の話じゃて、少々聞きづらくての……」
エリックはいつもギルドかどこかへ赴いているし、エリスも定期的に教会に行ったり、何かの書類を書いていて忙しそうである。
それに、何となくイナリが何かを頼むと、全てを捨ててでもそちらを優先してきそうで、本能的に危険を感じている。
現状、地上においてはイナリについて一番よくわかっているリズは、一を聞くと百くらいになって返ってくるので聞くのが億劫になってしまった。そしてディルは何か嫌だ。
そうして勘案した結果、今、この機会にリーゼに色々と教えてもらうのが一番良さそうだと考えた。
「なるほど、何となくですが事情は理解しました。どういったことがわからないか教えていただけますか?」
「そうじゃなあ……」
イナリはリーゼに何を聞くか考え始めた。
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