第38話 仮説 ※別視点

<ウィルディア視点>


 普段使いしている斜め掛けの鞄を身に着け、この街で一番大きく、白い建築デザインが存在感を放つ教会へと来た。


 小規模な支部はこの街に何か所か設置されており、何なら魔法学校の校舎内にも小規模な出張所があるが、私のイナリ君に関する仮説を確かなものにするためには、この本部とでもいうべき教会に来る必要があった。


 私は普段自室もとい研究室に籠りがちなので少々日差しが強く感じるが、背に腹は代えられないのだ。


 教会の入り口をくぐり、手が空いていそうな様子の神官を一人捕まえる。


「神官殿、私は魔法学校で教員兼研究者をしているウィルディアという者だ。用件についてだが、何でもいいので何か聖属性の魔法を発動しているところを見せてほしいのだが、可能だろうか?」


「わかりました、少々お待ちください。本日の予定を確認してまいります」


 教会は、主に破邪魔法や回復魔法といった聖属性の魔法を、ある程度の料金を払うことによってかけてもらうことが出来る。


 しかし、基本的には予約が必要である。緊急で魔法を使う必要が発生した場合に備えて控えている術師の神官もいるが、そういった者に予約なしで魔法の発動を依頼する場合は若干割高になる。


 今回の私のような飛び入りで、しかもただ見たいだけのケースの場合は、予定を確認して手が空いているかどうかなどを勘案する必要があるのだろう。


 少し待っていると、奥から予定を確認しに行った神官が戻ってきた。


「ウィルディア様、お待たせいたしました。申し訳ありませんが、現在魔の森の環境変化に伴い、警戒態勢に入っておりまして、緊急の患者等に備え、魔法を見るためだけに発動をすることはできません。その代わり、この後回復魔法を受ける方が教会に訪れますので、その方の承諾が得られればウィルディア様に同席して頂くことは可能ですが、それでもよろしいでしょうか?」


「わかった。それで頼む」


「かしこまりました。承諾が得られた場合にはお呼びいたしますので、椅子に掛けてお待ちください」


「わかった。すまない、手間をかける」




 広間の椅子で座って待っていると、先ほどの神官が再びこちらに来た。果たして承諾は得られただろうか。


「お待たせいたしました。依頼者様の承諾が得られましたので、同席頂けます。こちらにどうぞ」


 待っている間、もし承諾が得られなかったらどうするかを考えていたが、杞憂で終わったらしく、内心安堵した。


 教会の奥の儀式場の一室へと移動し、その端で静かに様子を眺める。


 今回の依頼者は男性で、体つきが良いところを見ると、兵士か冒険者辺りだろうか。上半身を脱ぎ、術者に対して背を向けると、彼の腰から背中にかけて大きな傷がついているのが見て取れた。


「すごい傷ですね。原因をお伺いしても?」


 術者が彼の傷を見て尋ねる。恐らく、今話題の魔の森で確認されたらしい特殊な魔物辺りにやられたのだろう。


「ああ、魔の森に呑まれた村の救助の依頼だったんだが、道中であった熊にな……」


「それは大変でしたね……。傷の状態からすると中程度の回復魔法が良いと思いますが、それでよろしいでしょうか?」


「ああ、それで頼む」


 術者が魔法の発動を開始する。基本的には規模や効果が大きいものほど多くの人数が要求されるが、今回は中位なので二人で発動するようだ。


 私は聖魔法については門外漢なので詳細なところは言えないが、聖女や素質に長けた例外を除き、基本的に一人で行使できる回復魔法は擦り傷や打撲、それに致命傷の応急処置辺りが限界らしい。


 通説では、そこから人数が増えていくほど治癒力が高まっていくとされている。


 最終的には身体欠損や死者蘇生なんかも何とかなるという噂も囁かれているが、そこまで行くと推定でかかる費用も尋常ではなく、都市伝説のようなものであるというのが一般的な認識である。


 それに、身体欠損の修復はともかく、死者蘇生は倫理的な問題も伴うだろう。


 そんなことはさておき、私は目の前の儀式の様子をじっくりと眺めた。


 術者の詠唱と共に白い光が依頼者の男性を包み、次第に傷が癒えていく。そして詠唱が終わるとその光も収まる。


「以上で儀式は終了となります。何か体に違和感はありますか?」


「いや、問題ない。感謝する」


「神官殿、それに依頼者殿。私の急な申し出を受けてくれて感謝する。では私はこれにて失礼する」


 術者と依頼者の会話が終わったところで、案内してくれた神官と依頼者に軽く声をかけて私は退席した。


 これで一つ、私の中の仮説は恐らく正しいことが分かった。


 イナリ君の体に流れている力は、神の力で間違いないだろう。


 聖魔法というものは、詠唱を行い神に力を分けてもらうよう呼びかけ、その力をもってして回復や破邪、結界の展開などを行うというものだ。


 聖魔法はそう何度も見る機会のあるものではないので仮説でしかなかったが、先ほど見た力と、イナリ君の体に流れる力の質はほぼ同質の物であったと確信した。


 私やリズ君はもはや息をするように他人の魔力の流れを見ることが出来るが、非常に高等な技術であり、これが出来る者はほんの一握りである。


 イナリ君の異常性について気が付き、それが神の力であるとわかっているのは今のところ私だけだろう。


 ……あの様子からするとイナリ君本人もあまりよくわかっていなそうだから、本当に、文字通り私だけだろう。


 リズ君はイナリ君の異常性には気づいていたが、聖魔法との結びつきまでには至らなかったらしい。この点リズ君はまだまだ未熟といったところか。


「……しかし、参ったな……」


 教会の出口へと足を運びながら、誰もいない廊下で思わず呟いてしまった。


 私はこの爆弾のような情報をどうすればよいのだろうか?


 イナリ君本人は先ほど神を自称していたわけだし、「実はあなた,、神の力があるんですよ!」と告げたところで「まあ神ですからね」と返ってきて終わるだけであろう。それはまあ、思うところが無いわけではないが、問題ない。


 しかし、問題はリズ君にもそれを告げていいものかということだ。あの様子だと、イナリ君は周りに神だと吹聴していそうだが、あまりにも堂々としすぎていて、ただの少々イタい子供扱いされているのだろう。


 そこに私が、イナリ君は本当に神でしたと告げたらどうなるか。イナリ君の身が危なくなるか、私の頭がおかしくなったと思われて休暇を取ることを勧められるかのどちらかだろうか。


 何にせよ、どう転んでもあまり好ましい事態ではないだろう。


「……これは考えるだけ無駄かもしれないな……」


 イナリ君に神の力があるということは、本人にのみ告げて、あとは本人に委ねれば問題ないだろう。


 あわよくば、たまに学校に赴いてもらって、神の力について研究させてもらうことができないだろうか。そしたら飛躍的に魔術研究は進むことだろう。


 未来について考えるのはこの辺にしておいて、私はもう一つの問題についても考えなくてはならない。


 それは、イナリ君の力が循環していなかったということについてだ。


 本来、生物の中に流れる魔力は循環している。しかし、イナリ君の力は見た限りでは一方通行で、それも上から下にかけて流れ続けていたように見えた。


 何かウィンドカッターのようなものを撃っていた時には手の辺りに力が流れていた辺り、何もしていない間も常にどこかに力が流れているとみるべきだろう。


「しかし、一体どこに……?」


 こればかりはもう一度本人を意識して見る必要があるだろうか。


 明日再び来るイナリ君とリズ君に何を、どのように伝えるかを考えながら、私は学校へと戻っていった。

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